vs09 兄と妹

図書館で一人、大量の本を読んでいると前の席に人が座って、スッと紅茶の入ったカップを向けてくる。

見上げると、そこには同学年となった2歳年上の兄、ギルベルトがいた。

「お兄様⁉」

「大声を出すなんて、珍しいな。…少しは休め。」

いつもすれ違うだけで挨拶さえしない兄が珍しい…。

「ありがとうございます。けれど、本を開いたまま飲食をしてはいけませんのよ?」

そう言うと、ギルベルトはくすくす笑う。

「リュミらしいな。ほら、本を避けて」

「あ、はい…」

こんな風に笑う姿も、気を遣う姿も初めて見た。

「お忙しいお兄様が、お珍しいではありませんか。わたくしに構われるなど」

そう言うと、ギルベルトの方が目を丸くする。

「〝お忙しい〟のはお前だろう? いつも食事の時は無言だし、すぐに自室に帰るし、すれ違えば一礼して去っていって」

「それはお兄様の方ですわ!」

そう言い合って、お互いにどちらだったかと思い返してみる。

が、自分の主張が正しいという結論しか出なかった。

「…もうやめよう。冷めない内にお飲み。疲れを取るベリー酒を入れてあるんだ」

「まあ、お酒はわたくし…」

「ベリー酒は子供の飲む物だよ」

そう言ってギルベルトはくすくすと笑った。

それを知らなかったマリミエドはカアッと頬を赤らめて恥ずかしがりながらも、素直に認める。

「…お恥ずかしいですわ…そんなお酒があるなんて知らなくて…」

そう言うと頭をポンポンと撫でられる。

「リュミは偉いんだな。知らない事を〝知らない〟と言える。俺だったら、そっぽを向いて誤魔化すのに」

「あら、お兄様は意地っ張りでいらっしゃいますの? 知らない事を知ったかぶりしては、正しい情報を知る機会さえ失ってしまいますわ。己のプライド如きで、国を左右する判断さえ見誤ってしまっては一大事で………」

言い掛けてマリミエドはハッと口元を押さえる。

今のこの考え方は、〝王太子妃教育〟による物。

「いえ、あの…」

なんと誤魔化していいものか分からずにいると、ギルベルトは悲しげに苦笑して妹を見る。

「…辛そうだな」

「えっ⁈」

「小さな頃から勉強しかさせて貰えずに、そんな重そうな首輪まで掛けられて」

ギルベルトは〝天使の涙〟が国の首輪に見えてそう言った。

「首輪だなんて…お兄様、そういう表現はなりませんわ」

「リュミ、勉強もいいが休むのも大事だ。ほら、そろそろ日が暮れてしまうよ、帰ろう」

「あ…けれど、まだわたくし…」

「本は明日だ!」

そう言いギルベルトはマリミエドと腕を掴んで立たせ、無理矢理歩かせた。

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