伍拾陸-魔境
翌日の朝。修羅が泣きながら弥勒の足にしがみついていた。
「私もお供させて下さい!!!」
「ダメだ。普通にバレるだろ」
「あそこは二級以上の陰陽師がゴロゴロいるんだからね?“人間に似ているだけの妖怪”にとっては地獄と言っても過言ではないわ」
「そんなぁ……」
「露天風呂に入った後、ルカを連れて宇治スイーツでも食べに行けばいいじゃないか」
「そうそう。ほら、あの子も暇そうにしているし」
といい、窓の外を指さした。
ルカが露天風呂にプカプカ浮いて昼寝している。
「zzz」
この姿を見た者に、ルカは昨日暴れ回った怪鳥だと言っても決して信じないだろう。
それほどダラダラしている。
「ではルカが起きたら、スイーツ巡りにでも誘ってみますね」
「悪いな」
「上級陰陽師と鉢合わせないように気を付けるのよ」
「肝に銘じます」
弥勒と雫は旅館から出て、祇園行きのバスに乗った。
「弥勒はまだ運転免許を取らないの?」
「普通二輪はもう取れるが、普通車は高校を卒業しないと取れないぞ。年齢的に」
「言われてみれば確かに。バイクに乗るくらいなら新幹線で通った方がお得ね」
「ああ。金は全部砲雷が出してくれるからな」
また夜はルカに乗せてもらえばいいので、弥勒は当面の間運転免許を取らないかもしれない。
弥勒は窓の外を眺めている。
「少しずつ陰陽師の数が増えてきたな」
「祇園に近付いている証拠よ」
京都の祇園は陰陽師以外の一般人にも、観光地として人気だ。
現在夏休みなのでどれほど賑わっているのかなど言うまでもないだろう。
バスは若干開けた場所に出た。
「あの超巨大な建造物は、まさか……」
「安倍家の御屋敷よ。関係者以外立ち入り禁止だから、私たちは敷地の外から眺めることくらいしかできないけどね」
「“今は”な」
「ふふっ。そうね」
到着後、バスを降りた。
「バスの中からだとわかりにくかったが、かなりヤバいな」
「霊力がとっても濃いでしょ?ここが陰陽師の総本山よ!平伏しなさい!」
雫は背を仰け反らせてドヤった。
ここは霊力が日本一濃い場所だ。
弥勒には余裕だが、下級妖怪にとっては息苦しく物理的に近づけない魔境でもある。
一般人はそもそも霊力を感じないので普通に住んでいる上、観光にも訪れる。
「とりあえず何か食うか」
「あそこの串団子は絶品よ。行きましょう」
「おう」
食べ歩きをしながら安倍家の方へ向かっていると。
「すみません。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」
作り笑みを浮かべた二人組に声を掛けられた。
『誰だこいつ等』
『パトロール中の陰陽師よ。二人とも同じ格好をしているでしょ?』
『ほほう』
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。かなりお若いようですが、恐らく陰陽師の方ですよね?」
「はい」
「ではライセンスカードを確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「これですね」
弥勒はカードを手渡した。
陰陽師は一瞬顔を歪めたが、すぐに元の表情に戻した。
「砲雷の方でしたか。これは失礼しました」
「いえいえ」
「ちなみに何をしにいらっしゃったので?」
「観光ですね。祇園は日本の陰陽師達にとってあこがれの場所なので。もちろん僕も例外じゃないです」
「そうですか、そうですか。それでは引き続きお楽しみ下さいませ」
「ありがとうございました」
『祇園を褒めた途端、急に機嫌が良くなったぞ。チョロいな』
『砲雷の二文字を見た瞬間に顔を歪めたのにね』
『妖怪の種族間の仲が悪いのはわかるが、五大陰陽師家同士の仲が悪いのはマジで理解ができん』
『これでもマシな方っていうのが、これまた……』
『まったくだ』
安倍家が五大陰陽師家の中で最も格が高いことは明確なので、所属している陰陽師達は好かれていないにしてもリスペクトは十分にされているのだ。
また安倍晴明は他の陰陽師にとって神様のような存在なので、彼等だけは例外だ。
彼等であれば、全国津々浦々で歓迎されるだろう。
二人組のパトロールに絡まれてから約一時間後。
弥勒と雫は安倍家の正門近くまで来ていた。
祇園の中心地に堂々と聳え立つ屋敷の数々は、正門の外からでも十分に確認することができる。
「なるほど。これは一番だわ」
「大きいでしょ~。まぁ私も入ったことはないんだけどね」
「あの一番デカい建物が本屋敷だろうな」
「確か京都のホームページにも載っていたわね」
弥勒は目を細め、件の屋敷を凝視した。
すると窓から偶々顔を出したであろう一人の男と目が合った。
「……」
「弥勒、どうしたの?」
「いや、なんでもない。そろそろ帰ろう」
「え、来たばっかりなのに?」
「すまん」
雫は首を傾げた。
(何かあったのかしら?今は素直に帰った方が良さそうね)
二人は修羅とルカが待つ旅館に帰った。
その日の夜。
夕食を取り終え、現在四人で露天風呂に浸かっている。
「ふぅ〜。今日の夕食も絶品だったわね」
「ですね!特にあのノドグロの煮付けが最高でした!」
「カァ〜」
「俺は〆の雑炊が一番良かったな」
徐に天を見上げれば、今日も満天の星空が迎えてくれる。月が燦々と輝く。
その時、偶然流星が流れた。
弥勒は両目を漆黒に染めた。
「なぁ皆」
「なに~?」
「どうしたので?」
「カァ?」
三人は視線を星空から弥勒に移す。
弥勒……否、妖怪王空亡は再び口を開いた。
「そろそろ始めるか。《百鬼夜行》を」
王の大号令により、日本中の魑魅魍魎が今動き出す。
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