劣等⑦
「はてさて! まずはお好きなデスクにお掛け下さい」
田沼さんの部屋は最上階、とはいかないまでもかなりの高層階にあり、エレベーターで上がるのに、それなりに時間を要した。
実際に部屋に入ると、予想通りというか、期待通りというか……。
眩しいまでに光沢が施されたフローリング、吹き抜けの高い天井。
リビングに入ってすぐ目に入る、足元から天井近くまで続くパノラマウィンドウには、普段観光スポットの展望台でしかお目にかかれない景色が広がっていた。
何をとってもワンランク上感があり、まさに『人生の勝者』に相応しい。
とは言え、それ以外これといったインテリアのようなものはなく、どうにも殺風景で生活感はあまり感じられない。
この部屋の情報からでは、謎多き彼女の人物像を割り出すのは難しそうだ。
そういったところは非常に彼女らしく、おかしな種類の安心感すら覚える。
いずれにせよ、彼女がこの高みから毎日俺たちを見下ろしている、ということは紛れもない事実だろう。
まぁ、ここまでは大方の予想通りだ。
ただ一つを除いては……。
「何でこんなにPCがあるんすか……」
「今後の事業拡大を見据えて、です」
「見据えて、って……。軽く20台くらいはあるように見えるんですけど……」
部屋のリビング部分には、一般家庭として見るには不釣り合いな数のPCと、それを置くデスクが陳列していて、色々とミスマッチさを感じざるを得ない。
もはや、ここがメインオフィスとすら思えてくる。
というか、そうとしか見えない。
「もう完全にあっちのオフィスは目くらましなんですね……。大丈夫ですか?脱税とかしてないですよね?」
「さぁ! これから忙しくなりますよ〜。まずはPCを立ち上げてくださーい!」
田沼さんは俺の質問を華麗にすり抜け、高齢者向けPC教室の講師ばりの指示をする。
不安は募るばかりだ。
「あの……、一応聞きますけど、本当にコレ3人でやるんですか?」
「当然です! 偏りを防ぐ上で、避けては通れない過程です!」
長いエレベーターでの時間、ある程度の流れは聞いた。
まず提供先は『推定潜在境遇ポイント』なる、偏見に塗れたデータをもとに決定されるのだが、その対象というのがまた相当にエグい。
それも当然だ。
対象は、戸籍を持った日本国民全員。
1億3000万の中から一人を選ぶともなれば、自然と気も遠くなる。
ある程度までは選考AIが自動的に絞り込んでくれるようだが、そこから先は文字通り、手作業ということらしい。
各データを読み込み、相応しいと思える提供先を5人にまで絞り込んでいく。
その中から担当者が、最終的な提供先を決める、というのが大筋の流れのようだ。
「山片さんの総合点は、33点。対になる境遇エリアは、『F−』です」
対になる境遇エリアというのは、提供先を決める上で、各『推定潜在境遇ポイント』を元に、ランク分けを行ったものだ。
『A+』を頂点に、一点合計値が下がるごとに『A』『A−』『B+』『B』『B−』といった具合にランクは下がっていき、上に行けば行くほど、一般的には恵まれた境遇にいることを表す。
まぁ要するに、高ランク帯の人間は、鑑定値の高い不幸の提供先となり、手痛いしっぺ返しを食らう可能性が高い、ということだ。
フリ姉の場合、合計値が33点なので、『F−』にいる人間が対象なのだが、元々この辺りはボリュームゾーンと呼ばれるランク帯らしく、このエリアだけでも相当な人数になるようだ。
「……率直な疑問なんですけど、『F−』ってそんなに恵まれてるんですかね?」
「さぁ? どうなんでしょうね。まぁ飽くまで、機械的に決めたものですので。そんな曖昧性を回避して公平性を担保する上でも、我々の直接介入は必要不可欠なのですよ」
「介入も、何も……。こんなの、俺たちのためのシステムじゃないですか……」
「おっ! 就業一日目にして、『俺たち』とは! 当事者意識はプロとしての第一歩ですからね。素晴らしい限りです!」
「いや、だからそういうこと言ってるんじゃなくて……」
またも煙に巻かれた。
こうなってしまえば、もう軌道修正は不可能だろう。
「ねぇねぇ、早いトコやっちゃいましょうよー! チサさーん!」
俺の向かいのデスクに腰を下ろした新井は、田沼さんを急かす。
「はい。そうですね。選考する人数ですが、『F−』帯が約600万人ということで……、一人当たり200万人、で良いでしょうか?」
「うぇ〜、吐きそー」
「平然と言わないで下さいよ……。ソレ、現実的な数字なんですか?」
「何をおっしゃいますか! あなたたちが来る前は、鑑定から提供までの全ての過程を私一人でこなしていたんですよ? そう考えれば、今が如何に恵まれていることか!」
確かにそうだった……。
この一連の作業を、今まで田沼さん一人でやっていたと考えると、中々に壮絶だ。
「ご安心下さい。1万人程度までは選考AIで弾いても、問題ありません」
「それでも一人3000人以上、か……。まぁ、仕事ですからね。やりますよ」
俺がそう言うと、田沼さんはまた満足そうに笑った。
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