ステガノグラフィによって世界に埋め込まれた旧約聖書と多言語対応について
楠樹 暖
とある公演にて
これから、ステガノグラフィによって世界に埋め込まれた旧約聖書の話をいたします。
ステガノグラフィとは情報隠蔽技術のことであり、単なる暗号化と違うのは見た目が普通の情報だということです。簡単な例で説明します。「縦読み」というものをご存じでしょうか? 横書きの何行かに及ぶ文章の先頭文字を縦に読むと言葉が浮かんでくるというものです。折句と呼ばれるその技術は古く日本から存在する技術であり、『伊勢物語』の東下りの段に登場する和歌が「かきつばた」になるというものが有名です(*1)。
からころも
きつつなれにし
つましあれば
はるばるきぬる
たびをしぞおもふ
かきつばたの例では文字に対して文字を埋め込むものですが、扱う情報は文字に限ったものではありません。画像に情報を埋め込むこと技術もあります。情報を埋め込まれた画像は人間の目には一見普通の画像に見えますが、コンピュータを使用し解析すれば情報を取り出すことができます。画像に情報を埋め込む技術は電子透かしとして利用されています。
透かしで一番分かりやすい例はお札だと思います。お札の真ん中の何も書かれていない真っ白な空間。これを光に当てて透かして見ると人物像が浮かび上がってきます。これは紙幣の暑さの濃淡により光の透過を変えるものです。
また隠れキリシタンの魔鏡も一見普通の鏡ですが、光を反射させて壁に映すとキリストや聖母マリアの像が現れるというものです。魔鏡の仕組みは、肉眼では分からないミクロン単位の凹凸で映し出す像を埋め込んでいます。
このステガノグラフィを使ったサービスが写真共有SNSステガノグラムです。ステガノグラムは写真を投稿するときにメッセージを埋め込むことが可能です。メッセージが埋め込まれた画像は一般に公開され、その画像から埋め込まれたメッセージを取得することができます。メッセージの埋め込み時には暗号化が行われるため、パスワードを知っている人間だけがメッセージを読むことができます。このステガノグラムサービスにより、一見何でもない普通の画像が特定の人にはメッセージを含んだ画像になるわけです。
ステガノグラムの技術を解説します。まず埋め込むメッセージを暗号化します。暗号化には公開鍵暗号のRSA暗号が使用されます。入力されたパスワードのハッシュ値をキーとして暗号化を行います。暗号化データは二進数に変換され0と1の並びになります。画像データの1ピクセルの下位一桁を暗号化データの値に置き換えます。1ピクセルはRGBの色に分解できます。赤、緑、青です。それぞれが0~255の段階で表現されます。下位一桁を書き換えるということは青色の情報を1だけ前後させるということです。たとえば青色が十六進で0x7Fの場合、二進数は01111111です。暗号化データが0だった場合、01111110となり、0x7Eとなるわけです。暗号化データが1だった場合は01111111と元の値と同じで変化はありません。このように画像の1ピクセルにメッセージの1ビット分の情報を埋めていくことになります。全メッセージを埋め込んだ場合、元の画像に比べて青色部分が若干薄かったり濃かったりしますが、ほとんど分からない、もしくはノイズと判断されてしまうのです。
図.ステガノグラフィ概略(https://github.com/kusunokidan/steganography/blob/main/outline.png)
メッセージが埋め込まれた画像からメッセージを取得するには同じ手順を逆に実行するだけです。画像データの下位1ビットを縦読みすれば埋め込まれたデータの取得ができます。データは暗号化されていますので復号にはパスワードが必要になります。
あるとき、気まぐれでメッセージが埋め込まれていない風景画像をステガノグラムに読み込ませました。通常ならメッセージは出てこない、もしくはでたらめな文字列が取得できると思われました。しかし、出てきたメッセージはちゃんとした文章でした。そのとき入力したパスワードはキリスト教の神聖四文字「YHWH」だったのです。取得された文章を検索するとそれは英語版の旧約聖書の一文でした。英語版のなかでも欽定訳聖書と呼ばれる King James Version でした。
その後、風景画の写真から旧約聖書の一文を取り出す作業を行いました。同じ場所を写した定点観測でも時間により埋め込まれているメッセージが異なります。
またパスワードを「YHWH」ではなく、ヘブライ語の「יהוה」(右からヘブライ語アレフベートのユッド、ヘー、ヴァヴ、ヘー)にすると得られるメッセージはヘブライ語版の旧約聖書でした。元来、ヘブライ語の文字では母音の表記がありませんでした。現在ではニクダーと呼ばれる母音記号を日本語のルビのように付けることで正しい発音を示せるようになっています。ステガノグラフィで取得されたメッセージには母音記号はありません。この神聖四文字についてですが、聖書では〝あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない〟とされており、聖書中神聖四文字が出てきた場合は主を表す「アドナイ」と読み替えていました。そのため神聖四文字にアドナイ「אֲדֹנָי」の母音記号を追加したイェホヴァ「יְהֹוָה」という呼び方があります(*2)。このイェホヴァ「יְהֹוָה」をパスワードとした場合はメッセージの取得はできませんでした。これは、神の名前の読み方がイェホヴァではないということを示しています。
パスワードの指定は文字コードUTF-8で、欧米の文字だけではなく日本語でも可能です。日本語で神の名を指定する方法はいくつか候補がありました。「ヤハウェ」「エホバ」「ヤーベ」いずれもメッセージの取得はできませんでした。やはり神聖四文字でないといけないようです。そこで試したのが「YHWH」という全角文字のローマ字です。これは成功し、メッセージとして日本語の旧約聖書の一文が取得されました。この聖書は1955年発行の口語訳旧約聖書であることが確認されています。
取得されたメッセージを詳しく見ていくと、最初の三バイトが0xEF、0xBB、0xBFとなっています。これはBOM(Byte Order Mark)というバイト順マークで、メッセージがUTF-8であることを表しています(*3)。
では実際にこの場で試してみたいと思います。ステガノグラムのメッセージ取得部分を抜き出したオープンソースのプログラムがあります(*4)。このコードを見ても分かるように旧約聖書のテキストを埋め込むような処理も、ネットワーク越しに旧約聖書のテキストを持ってくるような処理はありません。この会場の写真をスマホで撮ります。同期によってノートパソコン上にコピーされました。この画像を指定してステガノグラフィのプログラムを実行します。パスワードは「YHWH」です。
出てきました。
〝そこで民は呼ばわり、祭司たちはラッパを吹き鳴らした。民はラッパの音を聞くと同時に、みな大声をあげて呼ばわったので、石がきはくずれ落ちた。そこで民はみな、すぐに上って町にはいり、町を攻め取った。 〟(*5)
これをキーワードに旧約聖書から検索します。――ヨシュア記第六章二十節ですね。
これからは仮説の話になるのですが、近い将来、旧約聖書だけでなく新約聖書のメッセージを読み取れる技術が確立するはずです。新約聖書マタイによる福音書第十六章十九節にこうあります。
〝わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。〟(*6)
おそらく新約聖書の暗号化は公開鍵方式の暗号化ではなく秘密鍵方式の暗号化であり、イエス・キリストがペテロに渡したとされる天国の鍵がその秘密鍵だと思われます。現実世界に埋め込まれた新約聖書の取得に関しては今後の課題といたします。
以上を持ちまして『ステガノグラフィによって世界に埋め込まれた旧約聖書と多言語対応について』の説明を終了いたします。この世界には既に神からのメッセージが埋め込まれており、神の計画に従い、人類はようやくそれを解読できる技術レベルにまで達したということがお分かりいただけたかと思います。それでは皆様に神のご加護のあらんことを。
(*1) IPUSIRON『暗号技術のすべて』翔泳社
(*2) 谷内意咲『今日からわかる聖書ヘブライ語』ミルトス
(*3) 矢野啓介『プログラマのための文字コード技術入門』技術評論社
(*4) steganography
https://github.com/kusunokidan/steganography
(*5) 口語訳旧約聖書(Wikisource)
https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E6%97%A7%E7%B4%84%E8%81%96%E6%9B%B8
(*6) 口語訳新約聖書(Wikisource)
https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E6%96%B0%E7%B4%84%E8%81%96%E6%9B%B8
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