14、いつまでも聞いていたい声

(そんなところだろうと思った)


 顔を見合わせて頷きあう二人を見て、俺は理解しつつも次になんというべきか考えを巡らせる。


「正直、私もそんなところだろうとは思っていた。だが、はな本人からすれば『そんなこと』では済まされなかった。だから今に至る。華、今の話を聞いて納得したか? 明日から、学校で普通にしゃべれそうか?」


 横にいた高嶺たかみね(の姿をした虎門こもん)に問いかけると、彼は顎に手をやって黙考するしぐさを見せる。ここでは高嶺の意図に反しない返答が求められる。虎門の高嶺に対する理解度が問われるのだ。


「……たくさんの人に、わたしの声について色々言われて、また高校でも同じことが起きるんじゃないかって怖いんです」


 長い沈黙ののちに、虎門はゆっくり口に出した。前に座る二人は何とも言い難い表情で顔を見合わせている。


「私は、今のクラスで同じことは起きないだろうと思っている。華の声は魅力的だし、今のところ妙な噂を立てようとする人も見かけないからね。でも華にとっては気軽に片づけられる問題じゃないんだ。今の話でわかっただろう。華にとって、それくらいの禍根を残す出来事だったんだ」


 俺がじっと正面の二人を見据えると、めいめいが居心地が悪そうに身体をすくませた。


「ごめん、なさい。本当に軽い気持ちだったんだけど、高嶺さんにとってはそうじゃなかったんだね」

「ウチからも、ごめんね。華ちゃん、繊細な性格なんだって話が広まってから気づいた。でも、高校に入ってからも変わってないだなんて、ゆきちゃんから聞くまで知らなかった。高校で同じような噂をする人が現れるかもしれないけど、あんまり気にする必要はないと思う」


 心の中で同感だと思いつつ、高嶺は今の話で納得するだろうかと考える。


「わたしは、確かに強い人間ではありません」


 どう返答しようか考えていると、隣から虎門が言葉を発した。話を振られていない限りは口を開かない方針だったはずなのに。どういう風の吹き回しか。彼のほうをみやると、虎門は伏せがちだった目を正面の二人にしっかりと向けていた。


「でも、今ではわたしを見守ってくれる人、助けてくれる人がいます。なので、その人たちを頼りにさせてもらって、少しずつ、話せるようになっていきたいと思います。中学時代のことについて、二人を責めるつもりはありません。でも、お話がきけて良かったです。今日はわざわざ来ていただき、ありがとうございました」


 深々と頭を下げる高嶺を見て、正面の二人は顔を見合わせる。


「今は私が華と同じクラスだ。同じようなことがもし起こったら、私たちが守る。だから華はもう心配する必要はない」


 高嶺……いや虎門の背中に手をやり、ぽんぽんと叩く。やや困惑顔だった前の二人の表情が苦笑いへと変わる。


七海ななみさんと高嶺さんが組んだら、最強って感じだね。もうそうなったら、色々いう女子は出てこないでしょ。うちらが言えたことじゃないけどさ」

「本当に、ごめんね。でも、高校で気にすることはないからね。これも、誰が言ってるんだっていう話だけど」


「わかってもらえればいいんだ」


 これ以上話しても謝罪合戦になりそうだと思った俺は、虎門から手を離して背中をソファに深くつける。


「私が二人を呼んだ目的は以上だ。後私と華はご飯を食べていくつもりだが、一緒に食べるか」


「遠慮しておく。高嶺さんからすれば、うちらはいじめの加害者に近しい存在でしょ。そんな人とご飯一緒に食べたくないって。行くよ。はい、これうちらの会計分ね」

「うん。じゃあね、ゆきちゃん、華ちゃん」


 長髪女子に促されて、ツインテールの女子が席を立つ。二人がそそくさと店を出ていくのを視界に収めてから、俺はわざとらしく後ろに向かって声を出した。


「そろそろ、いいんじゃないか?」


 ほどなくして、俺の前には俺の姿をした七海、虎門の前には虎門の姿をした高嶺が座る。七海はにやりと口角を上げた。白い歯がきらりと光る。


並木なみきは、なかなかいい役者になれそうじゃないか。あれは私が聞いていても私に思える」


「一応一緒に暮らしているんだ。多少はな」


 明らかに面白がっている雰囲気の七海を軽くいなすと、隣で虎門が頭を下げているのが視界に入る。


「……悪い。高嶺の意志を確認せずに、二人を許してしまった。一応俺なりに高嶺ならどういうかを考えて発言したつもりだが、身勝手だったな」


「そんなことはありません。頭を上げてください」


 高嶺が両手を差し出し、虎門の肩をつかむ。そんなオーバーリアクションをすると思っていなかった俺は驚いたが、それは虎門も同じらしい。目をぱちくりさせつつ顔をあげると、高嶺は柔らかい微笑みを浮かべていた。


「お三方の力が無かったら、わたしは今でも中学時代のことを引きずっていたと思います。でも、竹内くんと並木くんの言葉を聞いて、わたしはひとりじゃないんだと思うことができました。支えてくれる人たちがいるなら、きっと大丈夫だって」


「ならよかった。黙っているだけじゃ、何も変わらないからな」


「でも、わたしは弱い人間なので。最初は上手く話せないかもしれません」


「それでもいいじゃないか。華が前向きに、言葉を発してみようと思えたことが進歩だよ」


 相槌を打ちつつ、七海は高嶺の肩をぽんと叩く。力が強かったのか高嶺の肩が大きく跳ねたが、彼女は小さく頷く。


「はい。七海さん、竹内くん、並木くん、三人がわたしのために動いてくれたことが嬉しいんです。今日は本当に、ありがとうございました」


 再度深々と頭を下げる高嶺が顔をあげた時、今まで見たことがないほどすっきりした表情をしていた。俺と虎門は目線をかわして頷きあう。


(やってみて、よかった)


 その後俺たちは、ファミレスでささやかな祝勝会を開いたのだった。

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