4、作戦会議②
入れ替わりへの対応が見えてきたところで、俺は周囲を見渡す。特に気がかりなのは
そもそも虎門の隣の席は誰だったかと思い視線を移し、一瞬固まってしまう。そこには無表情の
高嶺華。目が大きいというやや弱い理由でBIG4入りしているが、四人の中で一番の美人であることはクラスの男子の意見の一致するところだ。印象的な瞳を筆頭にはっきりとした目鼻立ち。白くてすべすべの肌。大きすぎず、さりとて小さすぎない胸と尻。その姿はどこに行っても人目を引く。
しかも、彼女は無口なことで有名だ。俺も、彼女の声をちょっと思い出せないくらいだ。それが神秘性をより一層引き立てて、一部の男子から神格化されている。
クラスいちインパクトの強い女子と入れ替わってしまった虎門は、アンラッキーというほかない。いくら目立たぬように生活したいとしても、彼女の容姿でそれは無理な相談だろう。表情筋が死ぬのも理解できる。あの様子ではろくに話し合いも進んでいないに違いない。
虎門たちの様子を見ていると、改めて今の状況を作った
「漁火先生が許せないのかい?」
横から
「普通に考えて許せることじゃないだろう。男子同士で入れ替わるだけでもかなりの負担だ。ましてやそれがよく知らない男女間で起こった。俺たちは一応思春期だぞ。不埒なことを考える男子が現れたっておかしくない」
「例えば入れ替わったのをいいことに女子の身体を触ったり、とかな」
俺が曖昧にぼかしたことをストレートに指摘され、思わず七海を睨みつける。彼女はどこ吹く風という雰囲気で口角を上げていた。
「男からしても、自分の身体を女子が使っているっていうのは、いい気がしない。女子に限らず、よく知らない男子だったとしても嫌だけどな。ともかく、こんな理不尽なことが許されたら駄目だろ。さっき担任も七海もこの学校は実験目的にあると言っていたが、今起きている実験は度を超えている」
「なら、並木はどうする? 漁火先生の言葉が正しければ、一か月は元の姿に戻れないんだぞ」
七海の言葉に、俺は思考を巡らせた。
「考えることは大きく分けて二つある」
「ほう」
明らかに面白がっている雰囲気の七海に内心辟易しつつも、俺は言葉を続けた。
「まず、漁火の言葉が本当なのか本人に直接質す。一か月で確実に元に戻れるのか、十分間元の姿に戻れる条件に、例外はないのか。その辺りの前提が違うなら、また話が変わってくるからな。次に、漁火の目的が知りたい。知ったところで許せる気になるとは思えないが、入れ替わりが戻るまでの間、俺が納得して生活できるかどうかにかかわってくる。これだけ理不尽なことをしたんだ。理由を知る権利は俺たちにもあるだろう」
「確かにね。漁火先生が何で入れ替わりを起こしたのかは私も気になる」
七海は大きく頷いていた。
「私も協力しよう」
「いいのか?」
俺の考えを七海に話したのは自分の考えを整理するためであり、協力してほしいとか相談に乗ってほしいとか考えていたわけではない。しかし彼女は身を乗り出している。
「私は気になったことは自分で解決しないと気が済まない質でね。並木が言った話は確かに私も知りたい。それに、私たちはお互いの身体を貸している仲だ。なるべく一緒に行動する時間を増やした方が、いざという時元の姿に戻れるし便利だろう」
「確かに、そういう面もあるか」
彼女がこの件に強い興味を抱いているのは、先ほどからのリアクションからよくわかった。であるならば、漁火への追及に加担させることに抵抗はない。
「なら、明日の放課後にでも科学準備室に行って、問いただすか」
「今じゃなくていいのか?」
「少人数で聞きに行ったほうがいいだろう。その方が、大勢の前では言えない話も聞き出せる可能性がある」
「なるほど」
とりあえず今日の放課後――俺の家に七海と二人で行く――のみならず、明日の放課後の予定まで決まった。突然の入れ替わりの割には、今のところまずまず対処できているといえるだろう。俺も七海も異性と話すのに抵抗があるタイプではなくてよかった。
ほんの少しだけほっと一息ついていると、七海がおっと声をあげる。視線の先をたどると、虎門が高嶺の袖を引き、教室から出ていこうとしているところだった。
確かにホームルームは終わっているから、帰るのも部活に行くのも自由ではあるが、何をするにしてもまずは二人で今後の方針を決めてからにするべきだろう。先ほど様子を伺った限り、彼らの間に会話は無かった。ならば、虎門の姿になった高嶺はどうするつもりなのか。
「華にしては積極的だね。実は竹内に関心があったのか?」
「んなわけあるか。お互いほとんど話してなかっただろ。およそ、高嶺が人に聞かれないところで作戦会議をしたいとかなんだろう」
「高一男子の割には夢がないな、
「別に。俺は虎門のことはある程度わかるからな。高嶺の性格は知らんが、まあ似たり寄ったりなんじゃないか。高嶺は目立つけど、実際は目立ちたく無さそうな雰囲気出してるし」
俺の分析に、七海はふーんと声をあげる。
「割とクラスメイトのことを、しっかり見ているんだな」
「これぐらい普通だろ」
虎門は旧知の仲だし、高嶺はBIG4筆頭ということで男子同士の会話で話題に上ることが多い。ならばこの程度のことは考えるだろうと思うのだが、七海の考えは違うようだ。
「人に関心がない人間なら、たとえ知り合いとクラスメイトだったとしてもそこまで分析はしない。もっと並木について、知りたくなってきたな」
「勘弁してくれ」
俺は真顔で――他人の顔なので真顔が作れている自信はないが――答える。もっとも、同居するなどということになったら俺の姉たちが、七海にあることないこと吹き込むのは火を見るより明らかだ。俺の人となりはある程度知られるだろう。本当にたまったもんじゃない。
まあ、それでも別に構わないか、と開き直る気持ちも他方であった。別に俺は七海に気があるわけではないし、七海の知り合いとお近づきになりたいという思いもない。故に彼女にどう思われようと、知ったことではない。まあ極端にマイナス評価を受けて今後の学校生活がやりにくくなったら面倒だが、それさえなければ特段支障はないだろう。
今はむしろ、俺と七海の今後よりも、教室の外へ出ていった虎門と高嶺の様子のほうが気になっていた。教室の扉をじっと見つめていると、七海が椅子を引いて立ち上がった。
「並木。私たちも帰ろう。今日は部活をやれる感じじゃない。さっそく作戦を実行に移していこう」
「そうだな」
ともあれ、俺たち自身の課題を解決していかなければならないのは事実。七海に倣って席を立った俺は、自席の荷物を取り七海と並んで帰路につくのだった。
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