チェンジ×チェンジ! ~クラスの男子ほぼ全員が隣の席の女子と入れ替わったので、俺は親友におせっかいを焼こうと思う~

水涸 木犀

1章 1-A総入れ替わり事件

1、はじまりは教育実習生

 終業後のホームルーム。俺は教科書を片付けつつ、ぼんやりと隣の席に視線を移した。

 このクラスには、男子たちの間でBIG4ビッグフォーと呼ばれている女子がいる。別にその四人で群れているとか、芸能ないしはスポーツの世界で有名だとかいうわけじゃない。


 クラスで一番胸が大きい女子、野口のぐち 月乃つきの

 クラスで一番尻が大きい女子、赤時あかとき 鳥子ちょうこ

 クラスで一番目が大きい女子、高嶺たかみね はな

 クラスで一番背が高い女子、七海ななみ ゆき。


 各々の「大きさ」が特筆すべきことであるからに、俺たちは彼女たちのことを陰でBIG4と呼称しているわけだ。入学して一か月だが、異性に対する評価はおおよそ決まっている。

 BIG4の四人が頭一つ抜きんでている。彼女らの隣の席になった男は運がいい、と。もっとも入学当初から決められていた席次はあいうえお順で、運も何もないのだが。


 俺の隣席は、七海ゆき。俺の名前が並木大河なみきたいがだから、同じ「な」から始まる者同士、隣になるのは必然だ。むろん他の男子からは羨ましがられる。なにしろ七海は長身――一七五センチある俺より気持ち高い気がするから、一八〇くらいあるかもしれない――なだけでなく、その背に合ったプロポーションの持ち主だ。上背があるからあまり巨乳には見えないが、少なくともDカップはあるだろうというのが専らのうわさだ。

 さらに目鼻立ちははっきりしており、明るい雰囲気を感じさせる。そして若干茶色がかった黒い短髪でさばさばした言動をとるので、近づきにくいということもない。入学当初から隣ということもあり、俺もBIG4の中では比較的話しやすいほうの女子だった。


(だからといって、付き合いたいとかいう欲求は毛頭ないんだけどな)


 俺は、高校生活で彼女をつくるつもりはない。高校時代に彼氏を作った姉たちが、お相手とのやり取りに夢中になった結果他のクラスメイトとの関係性がおろそかになり、破局したのちにクラスで孤立したという話をよく聞かされている。俺はたったひとりの女のために人間関係を犠牲にしたくはない。


 父母はそれをもったいないという。たしかに父母の時代は、彼女/彼氏をもつことが大いなる暇つぶしになったのかもしれない。しかし今は違う。スマホゲームやらネットサーフィンやらSNSやら、時間を消費するツールは山ほどある。わざわざ彼女をつくらなくたって、ひとりで楽しめることはたくさんあるのだ。


 ・・・


 確か、今日のホームルームでは教育実習生が紹介される予定になっている。大学附属と銘打っているこの高校では、毎年春(というか夏前)と秋の二回に分けて、系列の大学に所属する教育学部の学生、つまり教育実習生がやってくる。

 高校のOGでもある姉いわく、教育実習生は当たり外れが激しいので通常授業の息抜き要員程度に考えておいたほうが気が楽らしい。もっとも、入学してまだ一か月ともなれば、普通の授業にやっと慣れてきたくらいなのでそこまで息抜きを必要としてはいないのだが。


 俺がぼんやりと教卓の方を眺めていると、前の扉が開き眼鏡をかけた老齢のおじさんであるクラス担任――いまだに名前が覚えられない――と細身のスーツを着た人物が入ってきた。後ろを歩く人影が教育実習生なのは明白だが、黒い短髪で片目が隠れており、何だか若干中二病をこじらせている変人のようにも見える。


「あの人、男の人? それとも女の人かな?」

「さあな。しゃべればすぐわかるだろう」


 七海がひそひそと問いかけてくるのを軽くいなして、俺は教壇の中央に立った実習生を見る。胸があるようには見えないし、大きな目こそ印象的だが男性にも女性にもありえる顔立ちだ。七海が疑問を抱くのも無理はない。


「今日から1ーAの教育実習生としてついてくれる、漁火いさりび あおいさんです。漁火さん、自己紹介をお願いします」


 教壇の横に立っていたクラス担任がそう告げると、右手をさし出して漁火と紹介された実習生を示した。妙に芝居がかっているなと思いつつ視線を漁火に向けると、深くお辞儀をしている。


「1-Aの教育実習生として着任しました、漁火蒼です。魚をおびき寄せるためにたく火っていう意味の漁火に、草かんむりの蒼。担当は化学です。皆さん、宜しくお願いします」


 ややハスキーな声もまた中性的だったが、女きょうだいが多く結果的に異性の知り合いも少なくない俺にはすぐわかった。漁火蒼は女性だ。


(わざわざ七海に報告する必要は、ないか)


 隣の席をちらりと見やってから、視線を前に戻す。いつから持っていたのか、漁火は薄い緑色の液体が入った二リットルペットボトルを手にしていた。そして教壇の下から、小さな一オンスカップがたくさん詰まった袋を引っ張り出す。


「私の特技を紹介するには、これを飲んでもらうのが手っ取り早いので、突然ですが飲み物を配りますね。怪しいものは入っていませんし、むしろ飲んだら体調が回復して元気になります。前の席の人は、配るのを手伝ってもらえますか」


 いや、明らかに怪しいだろう。緑色の液体なんてメロンソーダくらいしか思いつかないが、漁火が化学の教育実習生というのを鑑みると自作した何らかの液体ということだろう。そんなものを本当に身体に入れていいのか。どんどん配られていく液体を睨みつけていると、後ろの席から軽快な声が響いた。


「はいはい、質問です! 飲むと元気になるってことでしたが、エナジードリンク的な成分が入ってるんですか? オレ、サッカー部なんであんまりドーピングっぽい成分が入っているなら飲みたくないんですけど」


 漁火がこちらに目をやる。横から担任が「野間のまくんです」と耳打ちしているのが聞こえた。


「ええっと、野間くん、ですね。スポーツの大会で支障になるような成分は入っていないから問題ありませんよ。ただ、疲れをとるだけです」

「じゃあ大丈夫だ。飲んでみまーす」


 俺の後ろで野間のま 瑠偉るいが着席するドサッという音が耳に届いた。こいつはクラスのムードメーカー的なところがある。彼が飲むといったら、皆多少の疑問はあれど彼に倣って飲む流れになる。


 案の定、しげしげ一オンスカップを眺めていた人も、口に含む準備をしていた。俺も目の前に配られたカップを手に取りにおいをかぐ。ほんの少しだけメロンソーダの香りがした。もしかしたら、本当にメロンソーダにちょっとだけ細工をしただけの飲み物で、身体に害はないのかもしれない。


 全員に液体がいきわたったところで、漁火が教室を見回す。


「では、皆さん飲んでみてください」


 その言葉と同時に、俺は操られたかのように手を動かし、カップの中の液体を口に含んだ。メロンソーダのような甘さの裏に少しだけ苦みを感じた。もともと一口ぶんしか注がれていなかったのであっという間に飲み干す。カップの回収に来たクラスメイトに渡しつつ、何となく身体が軽くなるような感覚を味わっていた。


(本当に、疲労をとるだけなのか?)


「確かに身体が軽くなった気がするわ。すごいですね漁火センセー」


 後ろから野間の声がする。漁火は少しうれしそうに頷くと、回収されたカップをビニール袋にしまった。


「効果を感じてもらえてよかったです。でも、本当の効能はこれからです」

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