第36話 聖木のネックレス


 華やかに飾り付けられた街道。

 辺りから立ち上る湯気ゆげ

 おいしそうな香り。


 夜の街は、楽しそうな声で溢れていた。



 お祭りが、始まったのだ。



 その熱気に対して、今にも死にそうな空気を発する人が一人。

 私だ。


 だって……。


「ずいぶんと賑わっていますね」

「ああ。皆楽しそうだ」


 右には第二王子、左には教皇様。


 二人とも、当たり前の顔でついて来た。

 それは分かっていたし、いい。


 問題なのは……。


(距離が近いのよ……)


 がっちりと脇を固める様に引っ付いている。

 肩と肩が触れ合う距離なのだ。


 そりゃあ、死にそうにもなるというものだ。


(確かに人も多いし、広がっていたら迷惑になるけどさ。こんな近いと、嫌でも意識しちゃうじゃない!?)


 触れ合う肩からはほのかに温もりが伝わってくる。

 それが余計に思考をさまたげるのだ。


 祭りに出てきて数分だが、既に帰りたい。


(変にドキドキする。なんだこれ)


 息が浅くなり、自分の心音で脳が揺れている。


 びっくりした時のドキドキではない。

 怖い時のドキドキとも違う。


 初めての感覚に戸惑とまどいを隠せない。


 先ほどから、何もしゃべれないでいる。

 そのせいで、微妙な空気が流れていた。




(……動悸どうき、息切れ、きつけに)


 頭の中では有名なコマーシャルのフレーズが流れた。

 もしかしたら使い時なのかもしれない。




 ◇


 広場についた。


 なんだかやぐら? のようなものが建てられていて、その周りで皆思い思いに踊ったり歌ったりしている。

 体感的には盆踊ぼんおどりだ。


「あ! 聖女様!! 来てくれたんだね!!」


 広場の奥からジュリアが駆けてきた。

 その声で周りの人たちも、私が来たことに気が付いたようだ。


 一気に視線が集まってしまった。



「聖女様!! こちらをどうぞ!!」

「聖女様!! 今日もおきれいですね~!」

「聖女様~! お加減がよくなってよかったです~!!」


「ど、どうも」


 街の人たちは、随分と好意的だ。

 アッという間に人だかりになってしまった。


 教皇様と第二王子がいるから、民との距離は少し離れているけれど。

 それでもこんな風に囲まれたらパニックを起こしそうだ。



 おろおろとしていると、腰に小さな衝撃しょうげきが走った。

 みれば、ジュリアが抱き着いている。



「えへへ。来てくれて嬉しいな! ねえ、聖女様。こっちこっち!」

「う、うん」



 ジュリアは私の手を引っ張って広場の奥へとすすんで行く。


 あっという間に人をかき分けて、やがて一つの屋台でたち止まった。


 そこには木の彫り物や、葉っぱを使ったアクセサリーがおかれている。

 工芸品のような味があった。



「ねえ聖女様。聖木せいぼくの言い伝えって知っている?」

「言い伝え?」

「うん。聖木はね、傷つけちゃいけないんだけど、落ち葉とか枝とか、自然に落ちたものなら使っていいの。持っておくと、邪気じゃきから守ってもらえるって言い伝えがあるんだ!」


 神社のお守りのようなものだろうか。

 なるほど。どの世界でも神聖なものにすがりたくなるのは変わらないのだろう。



「だから、はい! これをどうぞ!」

「え?」


 手に箱が乗せられる。

 開けて開けて、とせがまれたのであけると、中には木の葉を象ったネックレスが入っていた。


 透かし彫りのように細かい細工がしてあり、表面は磨き上げられ美しい。


「これね、パパと一緒に頑張って作ったんだ! あたしのパパは聖木の工芸士だから!」

「作ったの!? って工芸士?」

「そう! 心を込めて作ったよ! 工芸士っていうのは、聖木のアクセサリーを作って売ることが許されている人のことだよ! これはね、あたしたちからの気持ちなの! 聖女様は世界のために戦ってくださっているから、せめて出来ることがしたくて……」

「ジュリア……」


 ジュリアははにかんで頬を染めた。

 胸がジーンとする。


「ありがとう。大切にするね……!」


 少しだけ泣きそうになりながら、ネックレスを包み込む。

 ほんのり、暖かい。


 ジュリアたちの気持ちが入っているからだろうか。


 これだけ暖かい気持ちにさせてくれるのだから、これからも頑張ろう。

 そう思った。



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