3章 聖女と魔術師

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 窓が一つもない部屋だった。


 まるで人目ひとめから隠されるように作られたその部屋は、暗い。


 唯一の光源といえば、ランタンのほのかな灯りだけ。

 集まった者達の顔を鮮明に浮かび上がらせるだけの力はない。


 うすぼんやりと浮かび上がるシルエット。

 かろうじて分かるのは、皆マントのフードを目深に被っているということだけだ。


「まさかあの聖女が本物だったとは……」

「ええ。とんだ誤算ごさんです。もろとも、事故にみせかけるつもりでしたのに……」

「あそこから落ちても無傷とは……」


 わずかに聞こえる声は、不穏ふおんな空気をはらんでいた。

 聖女に好意的な言葉はない。


「忌々しいですが、さすがは我らの障壁しょうへきとなる存在というべきでしょう。それに先の件では邪魔者を一網打尽にしようと欲をかいたのですから」

「聖女がいなかったとしても失敗していたのではないか?」

「第二王子のしぶとさは異常ですからな」

「だからわしは反対だったのだ」


「それで? どうするつもりだね」


 注目が集まった先には一人の男の姿。

 今回の計画を企てた当人のようだ。


 結局、計画は失敗に終わった。

 周りの人間はその責任を追及しようと、男が口を開くのを待った。



「ワタシの計画は完璧だったはずだ。苦労して準備もした。金目の女を魔物に襲わせ、力をたくわえる。ついでに目障めざわりな第二王子もいなくなる……はずだったのに」


 表情は分からないが、声からは不満と悔しさがにじみ出ている。


「……あの女が聖女だとは思わなかった。今まで出てきた金目の方が、よほど聖女らしいではないか」


 男は激高げきこうし、机を殴った。

 ドンという鈍い音が響く。


「言い訳かね。だからまだ早いのではないかといったではないか」

「貴殿はいつも動きが遅く足踏みしているだろう! 先の狩りでも神殿に後れをとった。聖女が未だ健在けんざいなのは、貴殿のせいではないか!」

「なんだと!?」


 会話からは決して仲が良いようには思えない。

 けれど上座かみざに座った一人が静かに手を上げると、一瞬にして静まり返った。


 一人だけ豪華ごうかなイスに座った人影は、どうやら彼らのリーダーらしい。


「まだこちらのことは気が付かれていないはず。慌てることはない」


 良く通る涼し気な声が部屋に響く。


「申し訳ありません。貴方様にもご協力いただいたというのに……」

「よろしい。これであの女が聖女だとはっきりしたではないか。むしろ好都合こうつごうというものです。聖女をにえにすれば、再び我らに力が戻るだろう」


 うっとりとした響きが部屋を満たした。


「あぁ……。ようやくだ。ようやく、我らの悲願ひがん成就じょうじゅする。……楽しみだ」


 その声は、集まった者達を同じ方向へ向かせるには十分なものだった。


「そうだ、再び罠にかけよう」

「いや、今後は浄化を施すのだろう。ならその先々で……」

「ならば、わたしはあちらを……」


 落ち着きを取り戻した者達は今後について声を上げ始める。


 リーダーの口元に歪んだ笑みが浮かんだ。


「全て利用してやれ。おびき出すのに子飼いを使ってもよい」

「「「っは!!」」」


 確かな悪意が生まれた。

 聖女を取り巻く環境が、激しく変わっていく。


 その足音は、すでに彼女たちに近づいていた。


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