第8話 お一人様パレード



「終わりました。聖女様、どうぞ、入ってきてください」


 患者部屋の教皇様から声を掛けられた。

 見れば患者さんもおとなしくなっているし、モヤも出ていなかった。


「な、治ったんですか?」


「いいえ。私の力はあくまで一時的なもの。まだこの人の中には瘴気しょうきが宿ったままです。ただ少し、広がろうとする瘴気を結界の力で抑え込んだに過ぎません」


 よく見れば患者さんの肌にもうっすらとあざが残っている。

 教皇様のいうように、まだ体内に瘴気があるのだろう。


「瘴気を完全に消すには『浄化』しかない。聖女であるあなたにだけ許された、そのお力だけなのです」

「私に……」


「大丈夫。暴れる段階からは回復させました。漏れ出ていた瘴気も今はありません。万が一、何かあっても私が守りますから」


 教皇様は真剣なまなざしで私をみている。

 とはいっても。


(教皇様のような力が自分にあるとは到底思えないんですが!)


 この大注目の中、注目の集まる場所に行くなんて、処刑に等しい。


 勝手に期待されて、何もできなかったら勝手に落胆されるやつじゃないか。

 正直、近づきたくない。


(……でも)


 患者さんの顔を見る。

 先ほどよりだいぶマシではあるけれど、今も青白いまま眠っている。


(苦しんでいるのを見ちゃってるしなぁ)


 さすがに見て見ぬふりはしたくない。


 私にだけできることがあるかもしれない、というのならなおさら。


 私は息を吐きだした。

 震える足に力を入れて、おずおずと結界をまたぐ。



 重たい空気が肌を刺した。

 明らかに外と違う、ドロッとした空気だ。


(……瘴気、の影響なのかな?)


 患者さんのところまで足を進める。


 赤黒いうずのようなものが、患者さんのお腹辺りに集まっているのが見えた。


 体の表面にあるというよりは、なんだか透けて見えるような……。


(これが瘴気?)


 その渦の周りには見覚えのある黄色の膜が張っていた。

 恐らく教皇様の結界の力だろう。


 少し考える。

 何かができるとしたら、触れてみる以外にないだろう。


 そう思い、震えながらも手を伸ばした。



 ――パアアアア



「!!?」


 途端とたん


 なぜかが金色に光り出した。


 シリアスな雰囲気ふんいきに似合わないほどピッカピカ。


 例えるなら、そう。

 一人エレクトリックなパレード状態。



「オア……ァ……」


 これにはさすがに死んだ(メンタルが)。


 なにこれ、公開処刑?


 もちろん呪文も唱えてないし、祈りもしていない。

 ただ患者さんに触れただけだ。


 それなのに――。


(どういうことだってばよ……)


 予想外過ぎて、完全に思考放棄ほうき


 だって人生で発光することなんてなくない?

 そんな想定していないのよ。こっちとしては。



 だからそのままピカピカすること、数分。

 気が付けば私の前に、1輪の光のつぼみが浮いていた。



 なんだか、バチバチと音を上げ始めたのだけど……。

 いや、というか。

 ものすごくピリピリするんですけど……。


 あれ? もしかしてやばいヤツじゃない?


「なななな、なにこれなにこれ!! どうしよう!? どうする!?」


 こんなの、明らかに何かが起こる前ブレじゃないか。


「聖女様! 落ち着いて!」

「ひ、ひ、ふー!?」

「たぶん違うと思います!」


 テンパる私をよそに、蕾は周りの光を取り込んでいく。

 そして……


 ――稲妻いなづまの花を咲かせた


「!!」


 バチバチという音が部屋に響き


 ――カッ


 辺りを一層照らした。


 まぶしくて、思わず目をつぶる。

 一体何が起きたのだろうか。


 数秒後、恐る恐る目を開く。


 いつの間にか光は消えて、花もどこにも見当たらない。


「な、な、なに、が……」


 もはや呆然とする頭。


 そこに追い打ちをかける事が起こった。


「う……あれ、俺……?」


 なんと、患者さんが目を覚ましたのだ。

 私は再び、思考停止した。



「瘴気が……消えている」

「え?」


 テキパキと患者さんの様子を見ていた教皇様から声が漏れた。

 その言葉に部屋の外が一気に沸き立った。


「えっ、えっ?」


 一人だけ空気に乗れずきょろきょろ。

 なんだ。何がおこった。


 もはやお祭り騒ぎになった教会内。

 私はただ一人おろおろとするしかできなかった。


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