第3話 抜け出してみようか


 ―前回までのあらすじ―



 神様のくしゃみ(雷)が当たって異世界へ転生した私。

 その体はなんと救国の聖女のものだった!?

 しかも気が付いた時にはもう、神殿しんでんに連れられていて……。

 私いったいどうなっちゃうの~!?




「いや、普通に考えて頭おかしいよね」


 夜、一人でツッコミを入れる。

 だってどう考えてもおかしいところだらけ。


 今は神殿? というところにいるらしい。

『ベルタード教』の総本山そうほんざんだといっていたけど……。


「“教”ってことは、やっぱり宗教……だよね?」


 宗教……。宗教かぁ。


 お盆や正月。クリスマスやバレンタイン、ハロウィン……。

 いろんな宗教的イベントが常に身近にはあったわけだけど。


「正直、絶対的に信じている訳ではないしなぁ……」


 私にはこれといった信仰はなかった。

 だからそんな私が聖女だなんて言われても。


「ないないない。ありえない」


 詐欺さぎだと言われたほうが、まだ納得する。


「って、ん? 詐欺?」


 異世界に転生するなんてハチャメチャな出来事にのまれていたけれど……。


 よくよく考えれば、信用できない宗教の総本山にいるって……相当やばくない?


 だってこっちに来てからの記憶が曖昧あいまいだし。

 誘拐ゆうかいされた可能性もなくはないわけで。



 改めてここの人達のことを思い出してみる。


 ・遠巻きに観察する様な視線を向けてくる

 ・詳しい状況を教えてくれない

 ・オーロラの男の人は、常に穏やかな笑みをたたえている


「……」


 うーん。


 うん、ダメだ。

 やばい匂いがぷんぷんしやがるぜ。


 「危ない人は笑顔で近づいてくるものよ」ってばあちゃん言ってた。

 あと「おだてるのが上手い、顔の良い人には注意しなさい」とも。


(オーロラの人、どっちも当てはまるんですが……)


 もしかして、女の子に「聖女」だとか言ってやばいことをさせる宗教とか……?

 だとしたら……


「……よ、よかった~! 本名いわなくて」


 名前聞かれたとき「エメシア・ブロンティ」と名乗った過去の自分、グッジョブ!


 まああの天使のようなあの人に「これやって♡」と言われたら、誰でも「はい、よろこんでー!」と答えてしまうだろう。


 それだけの魔性さをはらんでいた。


 なにかを言われる前に撤退てったいするしかないな。


 よし。

 そうと分かれば、とりあえずここから抜け出そう。



 私は機を見計らって抜け出した。


 拍子抜けするほどあっという間に外にでることができた。

 見張りとか門兵とかもいない。


 まあ見つからないに越したことはないから好都合だけど。



 神殿は街の高い場所に建っていた。


 長い階段の下には街灯りが見える。

 険しい山の中とか孤島ことうとかではなくて助かった。


(聖女とか救国とかいうから文明が発達してないのかと思ったけど……意外とちゃんとした街ね)


 石畳の街だった。

 電気の明かりではない。

 ランプや蝋燭ろうそくなどの火が、街を照らしていて幻想げんそう的だ。


「治安はそれなりに良さそうだけど……」


 警戒しながらも石段を降りきった私は身を隠せそうな場所を探しつつ歩く。


 街がどんな感じなのか。

 あの神殿がどういうところなのか。

 何か分かるような手がかりがあればいいけれど……。


 しばらく歩いていると大通りのような場所に出た。

 あまり明るくない。もう寝ているのかも。


 でも探せば人はいそうだ。


「……まあいたとしてもしゃべりかけるなんてできないんだけど」


 何故なら私はコミュ障だから!

 人に道を尋ねるなんてできるわけない。


『アッ、ココ、ド、アッ、ゴー、ドウ?』


 これは過去の私の道を尋ねた時の発言である。


 案の定外国人だと思われて「アイキャントスピークイングリッシュ」と言われてしまったけれど。


 ……同じ日本人だっつーの。



 まあそう言う訳で。

 私にとって人にしゃべりかけるのが、いかにハードルの高いことか分かってもらえただろう。


 なので路地裏ろじうらに身を隠して様子を伺うことにした。


 ……。

 静かな夜だ。


「……よく考えれば、こんな時間にまともな人が出歩いている訳ないよね」


 と言っても、神殿に戻るつもりもない。


 どこか雨風をしのげるところ、探そうかな。

 そう思い立ち上がった。



「お~う姉ちゃん一人か~い?」

「なら俺らと遊ばねぇ?」

「ひょおおお!!!!」


 心臓がひゅんとした。


 背後から近づいて来た気配に気が付くのが遅れてしまったのだ。

 慌てて振り返る。


 にやけ面のおじさんが二人、酒に酔った足どりでこちらを見ていた。


「おーおー。めちゃくちゃアタリじゃねーか!」

「ひっく。そうだなぁ……可愛がってやるからこっちこいや」


 男達はにやにやと舐める様に下から視線を這わしてきた。

 ゆっくりと目線があがり、ばちりと目が合う。


「ん?」

「なあこいつ」

「ああお前もそう思う?」


 そんな呟きが聞こえると男達はより一層笑みを深めた。

 嫌な予感しかしない。


「ついてんな~。まさかこんなところで金目きんめの女に会えるなんてよぉ」

「ああ。こいつを売りゃあ、さっき負けた分なんてチャラにできるぜ!」


 私は反射的に走り出した。

 一目散に来た道を駆け戻る。


「あっ! おい待て!」


 男達は声を上げて追ってきている。

 けれど後ろを振り返っている余裕などない。


 それに……。


(金目? 金目がどうのって言ってた? それより売るって……)


 もしかしなくても人身売買とかそういうことがある世界線ですか。そうですか。


 前言撤回ぜんげんてっかい

 全然治安よくないわ、この世界。


「まてやっ! まて……。って、足早っ!」


 ――ピューン。


 脱兎のごとく。

 駆ける駆ける!!


「っげほっごほぉ!! あ、ムリ。お腹いたっ」


「って、あれ。急に遅くなったぞ」

「お、おう。なんだか知らんが捕まえられそうだな!」


 悲しい。

 びっくりするほど体力がないのを忘れていた。


 全力疾走、もって10秒。


 こんなことならもっと体力つけておくんだった。


「あっ!」


 がくり。


 石畳に足を取られてしまった。

 体勢を保てずに転んでしまう。


「へへ、追いついたぜ~」

「うあああああ!!」


「随分足が早いみたいだが」

「いやあああ!!」


「捕まえちまえば」

「ぎょあああああ!!」


「どうしようもねーよな?」

「どうあああああ!!!」


「「いや、うるさっ」」


 キャパオーバーで叫ぶしかできない。

 振り払おうとしても強い力で腕を掴まれて叶わなかった。


 むしろぎりっと握られて、腕がきしむ音がした。


「っ!」

「ちょっと黙ってろよ。ていうか、恨むんならこんな時間に一人でうろついていた自分を恨むんだなぁ」


 男の一人が私に目線を合わせてそう告げた。


 終わった。

 さようなら私の異世界生活。


 諦めかけたその時――


「――全く、その通りですよ」


 凛とした声がした。


「――あ」


 男達の向こうにオーロラの輝きが見える。


「その方から手を離しなさい」

「ああ? なんだてめぇ」


「横取りしようってか? 一人で何ができんだよ優男やさおとこさんよ~! おい、先にこいつのしてからにしようぜ」

「おう。何だったらこのおきれいな兄さんも売っちまおうぜ!」


 男達はそう叫びながらオーロラへと向かっていく。

 オーロラは慌てた様子もなく微笑ほほえんでいた。


「やれやれ。困ったものだ」


 オーロラの彼はさほど困った様子もなくすっと腕を前に出す。


 ――ブオン


 そんな音が鳴り、黄色の薄い膜が男達を囲んだ。


「な、なんだぁ!?」

「対物結界ですよ。簡易的な奴ですが」


 男達は驚きの声を上げて膜を叩くがびくともしない。

 オーロラの彼は男達の傍を通り過ぎ、私の元にくると膝をついた。


「すみません、遅くなって。もう大丈夫ですよ」


 そう言ってポンと大きな手を頭に置かれ撫でられる。

 そのまま一緒に立ち上がると、服についた土を丁寧ていねいに払ってくれた。


 私はただぼうっと彼を見つめていた。

 月明かりに照らされたオーロラがきらりと光りを放ち美しい。


 それがなんだか、ひどく懐かしかった。

 まるで昔同じ光景を見たような……。


(なん、だろう?)


 もしかしたらエメシアちゃん本人の記憶かもしれない。


 私がこの体に入った時、元のエメシアちゃんの記憶が何も残っていなかった。

 けれど似た景色を見たら思い出すこともあるかもしれない。


 そんな奇妙な感覚を遮るように、怯えた男の声が響いた。



「結界……。白と紫の長髪……ま、まさか、神殿の」

「ふふ、ええ。そうですよ。こうみえて、教皇きょうこうをやっています」


 ――教皇。


 そうだ。


 自分が聖女だと言われた衝撃で忘れていたけど、彼は自分のことを教皇だと言っていた。


 確かその名は――


「セイラス・イル・フィエルテ?」

「正解です聖女様。覚えてくださっていたんですね」


 教皇様はにっこりと微笑むと男達に向きなおる。


「さて、あなたたちには二つの選択肢があります。一つはすぐにここから消えること。もう一つは……歯向かって結界に潰されることです」

「「っ!?」」


「その結界はあなた達では壊せない。もしも私がこう、『きゅっ』としたら……。わかりますよね?」

「「ひ、ひい!」」


 そうしている間にも結界はじりじりと男達に向かって縮んでいく。

 脅しではなく抵抗するつもりなら本当に「きゅっ」とするつもりなのだろう。


(こ、こっわ!!)


 思わず腕を抱いた。


 そんな可愛い擬音を使わないでほしい。

 「きゅっ」じゃなくて「めきゃっ」の間違いだ。


 というか、言っていることはものすごく物騒ぶっそうなのに、声は穏やかそのものなのが余計に怖い。

 脳がバクりそうだ。


「わ、分かった。すぐに消えるから! これ、解いてくれ!!」


 おじさんたちは私と同じように「こいつやべぇ」と思ったのだろう。

 結界を解かれるとすぐに逃げていった。


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