第153話 必殺!蹴鞠兵法!

前回のあら寿司

 岐阜で信長の旧臣たちと戦う寿四郎と並行して、信長には付かない中立勢力へ協力の働きかけに向かった寿四郎の息子・寿輝と寿真。紀伊と伊賀の国衆に大和の南側に陣取る旧松永家の切支丹勢力を味方にした一行は北大和に居る親織田勢力の筒井家と戦う事になった。


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 天正6年(1578年)8月。


 旧松永久秀まつながひさひで家臣の高山家に協力して我々は北大和を支配する筒井家と戦う事になった。


 こちらの軍は駿河から率いてきた兵2千と紀伊の国衆が千、そこに高山どのの兵3千が加わり6千。それに対する筒井順慶つついじゅんけいの率いる軍勢は1万、と聞いていたのだが……


「どう見ても多いぞ! あれだと1万5千は居るのではないか!?」

「ええ、大体それぐらいは居りますな」


 慌てる私に多羅尾が冷静に応える。大軍の頭上には【仏敵滅殺】と書かれた旗が幾つも掲げられていた。どうやら直前になって旧本願寺の勢力を取り込んだ敵軍はその数を増やしていたようだ。これは高山家が切支丹である事への反発を利用したのだろうか。

 


「となれば我らの3倍近い兵力ではないか! こんなものどうやって勝てと……」

「おやおや? これがあの寿四郎の息子の発言とは情けない」


 そう言って大げさに嘆きながら目の前に現れたのは、白塗りお歯黒で白地に金の刺繡が入った羽織を付けた若い男。どう見ても戦いの場に相応しい服装ではない。


「失礼だがそちらの御仁は?」

「余は偉大なる今川義元が孫、今川義真よしざねである!」

「おお! という事は京に蹴鞠王として名を馳せる、あの氏真殿のご子息か!」

 

 怪訝そうな顔で尋ねた高山【ダリヨ】友照が名乗りを聞いて納得する。氏真さまが京の都ではそのように有名だったとは知らなかった。


「兵の得手不得手を見極め、兵力で優る相手であっても弱点を突き、力を削いで互角以上の勝負に持ち込む。それが策と言うものだ。ジュテール、よく見ておけよ!」


 なんだか高山家から勝手につけられた異名をさらに脚色されている感が否めないが。


 ただ、それだけ自信たっぷりに言うからには何かの秘策があるのだろう。そう期待して味方と敵の軍勢を交互に見る。だが敵味方共に睨み合った状態のまま、一向に動きがない……策とやらは何処に行ったのだろう?


 

「ふむ……まだ機が熟しておらぬか。ならばそれまで少し昔話をしてやろう」

 

 慌てる様子もなく腕を組んで、まるで歴戦の兵が遠い日を懐かしむように目を閉じる義真さま。まだそんな歳でも無いだろうに。

 

「そなたの父・寿四郎は我ら武士では思いもよらぬような奇策を幾つも用いて、今川家に巣食い我が父・氏真を傀儡にしようとした小原鎮実おばらしげざねの軍勢を駿府から殲滅したと聞く。それも武士など殆ど居ない海賊衆や落ち武者の類の郎党で、だ。余はその話を幼少の頃より父に聞かされ、心が躍ったものだ」


 その話を父の家臣からは聞いたことはあったが、直接、父に訊いた覚えはない。私も幼少の頃はその話をして欲しいとせがんだものだが『皆の助けで結果的にそうなっただけだ』としか言ってくれなかった。


 

「そして……今の余ならば同じ事が、いやそれ以上が出来る、と。それを今より見せてやろう」


 そう言い放って軍配を向けた敵側の方を見ると、何やら騒がしく小競り合いが起きている様子だ。そして数百と思われる集団がバラバラにこちら側へと向かってくる。


「急げ! このような強欲坊主の軍団に手柄をすべて持っていかれてたまるものか!」

「者ども、本願寺の好きにさせてはならぬぞ! 我らも急げ!」


 色違いの旗を持った集団の大将は口々にそのような事を叫びながら迫ってくる。


「ふふ、伊賀者に紛れ込んでもらってな。本願寺には『筒井は全てを自分の手柄として戦のあとで本願寺を厄介払いするつもりだ』と、筒井の兵には『本願寺に謀反の企みあり』と吹聴してもらったのだ」


 なるほど、それで敵は統率を乱しながら我先にとこちらに詰めかけているわけか。


「早速に打ち払ってくれようぞ!」

「待たれよダリヨ殿! 順慶坊主は慎重かつ狡猾な男。もっと引きつけて陣中深くに誘い込まねば逃げられよう」


 逸る高山勢を制止して機を計る。確かに敵の大将である筒井順慶は日和見順慶などと呼ばれ、状況に応じて援軍の協力を得て、勝てると踏んだ戦にしか挑まない男だと聞いている。ここで迎撃してこちらの優勢を示せば早い段階で本隊だけ撤退されてしまう可能性はある。


「しかし、これでは……」

「大丈夫じゃ、高山勢、はま勢は迎撃態勢を整えたまま待機。策はすでに打ってある」


 そして敵の前線があと数十歩でこちらの前線に槍先が届くかどうかという所まで迫った時。


 数百丁と思われる鉄砲から一斉に弾が放たれる爆発音が味方の後方から鳴り響き、次の瞬間には色鮮やかな袈裟を着た者や馬に乗った者、つまり武者頭と思われる者たちだけがバタバタと倒れた。敵を目の前にして指示する者を失った敵兵たちはこちらに警戒しながらもちらほらと後ろを振り返る。


「今じゃ! 放てぇ!!」


 義真さまが軍配を上げると混乱しきった前線に数千の矢が放たれ、詰めかけた敵兵たちは前のめりに倒れていく。一連の迎撃により詰めかけた敵の前線は、そのほとんどを壊滅した……かに見えた。


「者ども、怯むでない! 仏敵滅殺! 死を恐れず進む者には加護、怯む者には天罰が下るぞ!」


 大鎧を着こんだ屈強の武将が放った一言を合図に、一度が怯んで勢いを失っていた敵兵たちは『仏敵滅殺!』を唱えながら倒れた前衛の屍を踏み越え、こちらに迫ってくる。先ほどの迎撃でその数を減らしているとはいえ、まだまだ敵の数は多い。


「義真どの! どうされるか!?」

「ジュテールどの、ここは我らが!」


 私の問いにダリヨ殿が応え、兵たちに合図を送る。すると先ほどまで前衛に居た南蛮弓クロスボウを構えた者たちが後ろへ下がり、代わりに南蛮胴を着込んで円柱盾ホプロンを構えた体躯の良い兵たちがズラリと並んだ。


「前衛! ここではね返せ! 一兵たりとも先へ進ませるな!」


 円形盾に敵兵たちの槍先がぶつかる無数の音が響き渡る。押し寄せる敵はおびただしい数で、まるでこちらを飲みこもうとする波のようだが、それらを屈強の兵たちがまさに積み上げられた土塁のようにびくともせずに押しとどめる。


「今じゃ! 寿三郎は左翼・紫の袈裟を着た坊官を、右近殿は左翼・馬に乗り黄の袈裟を着た坊官を、泰虎ヤスは正面の武者を狙え! 余も後に続く!」

「「「承知!」」」


 いつの間にか配下の用意した輿こしから軍配を振り上げた義真さまが叫び、それに合わせて三郎・ジュスト・泰虎どのが動く。それはさながら返す波間を突き抜ける三本の槍の如く、侍大将と思しき者たちをあっという間に捉えて突き崩した。


 指揮系統を失った敵の大群は混乱して統率が乱れ、拮抗していた前線が一気に敵方へと押し返される。その勢いの中心で輿から白馬に乗り換えた義真さまが、煌びやかな具足を着けた一団を伴って前へ前へ通し進んでいく。


「あとは袋のネズミを捕らえるだけよ! 付いて参れ、ジュテール!」


 そんな大将然とした格好で敵陣に突撃して大丈夫か? と思ったのだが、先を行く泰虎どのが鬼神の如き槍さばきで次々と目の前の敵を突き伏せているのを見て筒井家の軍勢はほとんどが戦意を喪失し、潰走していた。


 さすがは【井伊の鬼】と呼ばれる井伊直虎いいなおとらどのと【今川家いちの猛将】と恐れられる朝比奈泰朝あさひなやすともどのの息子だけある。



「ひいいいっ! 撤退じゃ! 我らが筒井城に籠り、信雄のぶかつどのと有楽斎うらくさいどのの援軍を待てば……」


 迫る泰虎を前に、部下を残して一目散に逃げだそうとする順慶だったが、そこに炸裂音が鳴り響き次の瞬間には腹から煙を上げて前のめりに倒れ込んだ。音の方角を見ると、黄色い袈裟に身を包み頭に白い布を巻いた男がまだ筒先から黒煙の上がる火縄銃を手にしている。


 雑賀孫一、あの男が本願寺の僧兵に紛れて近付いていたのか。


 

 その後、大将を失った筒井家の残党は完全に戦意を失い、我先にと逃げる中で多くの者が討ち取られた。北に残る筒井城・多聞山たもんやま城も守る兵たちが逃げ出した後だったため、大した戦も無く占拠されて大和を賭けた戦いは最後、あっけなく幕を閉じる。



「うむ、我ながら見事な勝利であった。ジュテールよ、しかと見ておったか?」

「ええ、鮮やかな勝利でした」


 最後まで呼び名を訂正してくれなかった部分を除けば。


「常に敵味方の得手不得手や動きを見て適材適所に味方を動かし、味方の被害を抑えて勝ちを得る。蹴鞠を兵法に用いればこうした事も可能となるのじゃ。寿三郎とともに余から学ぶと良い」

「は、はぁ……」


 それが本当かどうかは分からないが、こうして紀伊・大和・伊賀の3国を当家の味方に付ける事が出来たのはやはり大きい。あとは岐阜に居られる父上がどう動くか、だ。

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