閑話 転生したら現代社会にもあいつらが居た件


 目が覚めると、そこには見慣れた城の天井で布団の上、では無かった。



 乱雑に積まれた書類の束とノートパソコンが目に入る。眠っていた体勢も椅子に座ったまま、テーブルに突っ伏して寝ていたようだ。


 おかしいな、昨日は確かに子供たちを寝かしつけてみつも寝かしつけて、ヘトヘトの状態で自分の布団にようやく潜り込んだはずなのに。と思っていると後頭部に何か堅いものが叩きつけられる。


 

「昼休み明け早々に昼寝の延長戦とは良いご身分だな、浜中君」


 後頭部をさすりながら振り返ると怒りを押し殺したような表情の上司、朝倉課長がそこに立っている。


「そんなキミへプレゼントだ! 今日中にこの資料をまとめておくように」

「ふぇっ!?」


 そう言って先程俺の後頭部にヒットしたファイルをスッと目の前に差し出される。そのファイルはチラッと見ただけでも結構な厚さがあり、それをまとめる仕事に専念したとして定時内には終わらない事は大体予測できた。


「ちなみに残業代なら出ないからな」


 眼鏡の位置を片手で治しながら朝倉課長が言う。壁に掛けられた時計を見るとなんと午後2時過ぎ。つまり1時間近くの昼寝について目は瞑っておいてやるから、その分はちゃんと勤労で返せという事なのだろう。これを優しいと取るか厳しいと取るかは、難しい所だ。



「いやぁ見事な怒られっぷりだったなぁ寿ひさし。こっちは皆笑いを抑えるのに必死だったぜ」


 朝倉課長が去った瞬間、通路を挟んで背中合わせの席にいる同期のヤスがニヤニヤしながら飛んでくる。


「こっちは笑い事じゃないよ。内容的にコレ全部イチから打ち込み直して印刷掛けてだろ?どう見ても終わり19時コースじゃん」

「まあそんぐらいのペナルティが妥当じゃないのかな」

「そこ二人、私語は謹んでちゃんと仕事に集中」


 今度は係長のノブ先輩から怒られる。

 

 ヤスから実は従兄弟だと聞いているけど性格は全然違う。どちらかと言ったら朝倉課長の方が近い『ミニ朝倉』だ。ヤスと3人だけの飲みの席で酔いに任せてそう揶揄したら『おいおい、俺をあんな堅物と一緒にしないでくれ』って苦笑していたけど。

 仕事のオンオフはちゃんと使い分けるタイプなんだろうな。



 その後、分からない部分はノブ先輩にアドバイスを貰いつつヤスからも多少は手伝ってもらって資料がまとまり、印刷を掛け始めたのが午後4時半。

 あとはコレを全部目を通して誤字脱字など無いかチェックしてファイリングして、大体6時くらいに終われるかどうか、って所だな。昼寝1時間に対してサービス残業1時間弱、お咎めなしだと思えばプラマイゼロって感じか。


「おぉ~浜中君頑張っとるねぇ」

「武田部長! 社に戻られた所ですか?お疲れ様です」


 大型コピー機の前で声を掛けてきたのは第一営業部の武田部長。第二営業部の北条部長と何かと対立しながらも、その二人が屋台骨となってこの足利商事を支えている。そんな社内では重要人物の営業部長だが、何故か総務で課長補佐どころか主任でしかない俺の事を色々と気にかけてくれる。


「ホントは3時くらいには戻ってきて色々と片づけたい仕事もあったのだが、新人ではプレゼンに手間取ってしまってね。中途半端にこんな時間になってしまったよ、まったく」

「それは何と言ったらいいか……ご愁傷様です」

「入ったばかりの新人では無くて君のような人材が営業部ウチに来てくれれば助かるんだが」

「それ、北条部長も同じ事言ってましたよ?営業部ってよっぽど大変なんですね」

 

 遠巻きに話をはぐらかしながら営業部へのスカウトをやんわりとお断りする。俺みたいに草食系の、我先にと自分を売り込むタイプでも無い人間に営業なんて出来るとは到底思えないし、ノルマと睨めっこして胃が痛い思いをするような部署より今の総務あたりの方が性に合ってるんだ。それに……


「武田部長、こちらにいらっしゃいましたか。社内レイアウトの件ですが、第一営業部はこのような感じでどうでしょうか?」

「おお、長岡くんか。どれどれ……ウチがこんな感じにするとして、第二営業部はどんな感じだね?」

「第二営業部は横の連携を強調されてましたのでこのようなランドスケープ型にしました」


 我が総務のエース、長岡 景子先輩。俺より数年早い入社で、これまでも総務部内でも社内の色々な部署に関わる大きな案件を見事にこなしてきた憧れの先輩だ。おまけにキリっとした美人で愛想も良く後輩の面倒見も良い。こんな人の下に居たらそりゃ誰だって別の部署になんて行きたいとは思わないだろう。

 

「ほうほう、これでウチと対比を計ってきたか。うむ、良い。すごく良いぞ長岡君」


 図面を見てそう言いながら空いている方の手はちゃっかりと長岡先輩の尻を撫でまわす武田部長。いやコレ俺しか見てないけど、どう考えてもセクハラよね?ここは毅然とした態度で注意した方が良いのだろうかと思っていると


「部長、こういう事は誰も見ていない所でお願いします」

「おお、そうだったな。浜中君が見ていたんだった。失敬失敬」

「ひゃあんっ」


 何をどうしたのか、長岡先輩にあられもない声を出させてから


「じゃあ第一営業部のレイアウトの件は7時にいつもの店でな」


 と言い残して武田部長は去っていった。去り行く背中を見送って一呼吸置いてから先輩の方を見ると、これまでにないくらい真っ赤な顔をしながら


「今ココで見た事と聞いたことは無かった事にするのよ、いいわね」


 と早口の小声で耳元にそう言われてしまった。本人にそう言われた以上はどうにもならないが、どうも腑に落ちない。誰も見ていない所で、って事は人の目が無ければOKなのか?いやそんな……俺の長岡先輩に限って……



 そうして釈然としない気分のまま自分の席に印刷した紙の束を抱えて戻るとピコン! とポケットのスマホが鳴った。開いてみると通話アプリにメッセージが1件。同期入社の小春からだ。


『さっきコピー機の所で長岡先輩にとんでもない声出させてたの、アンタでしょ?見たわよ』


 というメッセージと共に怒ったポーズのキャラクターのスタンプが送られてくる。いや、本人には他言無用と言われてるけどこのままじゃ俺がセクハラの犯人扱いされてしまうし、なんて返すのが正解だ?


『あ、いやコレにはちゃんと事情があって』

『どんな事情よ!?仕事終わったらいつもの店でじっくり取り調べるから覚悟しときなさい』

『とりあえずまだ仕事中だし、今晩は北条部長に呼び出されてるから』

『またそんな嘘ばっかりついて!どうせ一目散に退社して私から逃げようって魂胆でしょ?逃がさないわよ』


 と、いつもの感じで気になる事の取り調べモードに入る小春。その後は『必ずホシを挙げる!』というセリフの書かれたくノ一風のキャラクタースタンプが何回も連打され、その間じゅう俺のスマホがピコンピコンと鳴り続ける。


「浜中くぅん、君はホントに働く気があるのかね!? 」


 それを見た朝倉課長が青筋を立てて俺の椅子の斜め後ろに仁王立ちしているのが見える。ヤバい、これ俺が仕事サボってる風にしか見えないじゃねえか。

 と思ったが鳴り続けるスマホとブチ切れた課長のどちらを鎮めたら良いか考えて冷や汗がダラダラと流れているところで


 


「寿四郎、朝よ。なんかうなされてたけど、イヤな夢でも見たの?」


 光の声で目が覚めると、そこには良く見知った城の天井があった。



 よかった、ただの夢か。たまーに現代に戻りたいとも思うけど、あんな現代ならやっぱり俺はこの時代の方が性に合ってるみたいだ。


___________________

エイプリルフールなので特別編で

現代に逆転生させてみました。

本編は4月4日あたりに再開予定です。

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