第26話 曇りのち晴れ
前話までのあらすじ
主君である今川氏真の側近・小原鎮実の策略により戦場で死にかけ、愛する小春まで自分の身代わりに亡くしてしまった寿四郎。荒れ果てた生活を送っていたがそこに現れたのは……
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「寿四郎さま、こちらへお越しください」
空気の淀み切った俺の部屋に障子戸を開けて顔を出したのは……
「小春……」
小春、ではなく千秋だった。
一瞬見間違えてしまったのは、優しそうな笑みを浮かべて俺を迎え入れてくれそうな表情がそう錯覚させたんだ。
「その前に身支度をしないといけませんね。湯と手ぬぐいを持ってきますからお待ちを」
「千秋姉ぇ、持ってきてるよ」
「あらあら、雪菜。用意がいいわね」
「だってぇー寿四郎さま、すごく臭いんだもの。先に来てみたけど、廊下で気付いてすぐコレだなと思ったの」
そうか、そう思わせていたとしたら申し訳ない事をしたな。確かにこの世界には鏡はないがヒドい顔してヤバい臭いなんだろうな、俺。
それから二人に全身を濡らした手ぬぐいで拭いてもらって(大事な部分はさすがに自分で洗った)雪菜に小刀で髭をきれいに剃ってもらう。
出会ったときは小学生ぐらいだと思っていた雪菜も、いつの間にかこの時代に転生して初めて会った時の小春ぐらいの背になってる。時間が経つのはホントに早いな。もう何年も部屋に籠ってた気がするし。
ってか、今って何年だろう?まさかいつのまにか5年とか経ってない、よな?
そして奇麗に洗濯された紋付き袴みたいな服に袖を通すと大広間に三人で向かう。そこには魚兵衛兄と真冬・鈴夏、それから幼児と二人の赤ん坊が居た。幼児は多分、息子の寿壱で合ってると思うけど他は誰だろう?
「来たな、寿四郎。声を掛けるか迷ったんだが、さすがに元日くらいは家族全員で祝いたいと思ってな」
そっか、今日は元旦なのか。全然気づかなかった。魚兵衛兄に気を遣わせてしまってなんか申し訳ない。
「涼夏、三郎は良い子にしていてくれた?」
「大丈夫よ、でもそろそろ抱っこは替わりたいかな」
「ごめんなさいね、あなたも身重なのに」
ん?
よく見ると鈴夏のお腹が太ったのとは違う感じで少し大きくなって見える。
「涼夏のお腹の子は春には生まれる予定です。もちろん、寿四郎さまのお子ですよ」
そうだったんだな。でもそれをあんな状態の俺には言えずに、だから離れた所に行っていたのか。悪い事をした。
「お前が酷い落ち込み方だったから子供たちは別の家臣の家に行っててもらったんだけどな、こっちがお前と千秋の子、そんでこっちは真冬と俺の子だ。先月生まれたんだ」
そう言われてやっと思い出した。千秋は寿壱と次郎が生まれた頃に子を宿していたんだった。生まれる予定は夏だったはずだ。そう、俺が戦から帰って荒れていた頃。本当に不甲斐ないが、今までその事を完全に忘れていた。何というか、情けなさすぎてまた部屋に引っ込みたくなる。
実際足が無意識に後ろ側に向かって後ずさりを始める。
「あれだけの事があったのです。何もかも覚えていなくても仕方ありません。むしろ……私達では寿四郎さまを救ってあげられなかった事、私達も申し訳なく思っています」
俺の表情から気持ちを察したんだな、千秋。
そんな事、どうしようもなく不甲斐なかった俺の方が悪いのに。俺以外は誰も悩むようなことなど一つもなかったのに。
「本当に皆には迷惑を掛けたと思ってる。すまなかった」
俺は誠心誠意の謝意を込めて、床に額をこすりつけるように土下座した。そんなもの、パフォーマンスでしかないとも思ってはいるけれど、迷惑を掛けて申し訳ない気持ちを表現するには、今の俺にはこれ以外には方法が見つからなかった。
少しの間が開いた後、俺の両肩に大きな手が当てられる。顔を上げると、魚兵衛兄がまっすぐにこちらを見ていた。
「迷惑を掛け『た』って事はよ、もうお前は大丈夫だと思って良いんだよな?
過去の事は巻き戻せねえけど、これからの事はお前次第だし、お前の態度が原因で誰かを失ったわけじゃねえ! 大丈夫だ。顔を上げろ」
そう言ってにかっと口角を上げて笑顔を浮かべる。
「俺はさ、兄貴なのに面倒なのは御免だ、ってお前にこの家の当主を任せっきりにして好きなように過ごして済まなかったと思ってる。お前には兄貴らしいことを何にもしてやれなかったけど……たまにゃ役に立てるかもしれないから一つ、言わせてくれ。
海に出てりゃ雨の日もある。嵐が来て時化が続いてずーっと船を出せずに家に籠らなきゃいけない時期だってある。でもな、そのままずっと晴れの日が来ないって事は、絶対に無いんだ。
晴れの日はいつか絶対に来る。だからな、前を向くんだ。雨の日は腐って終わるんじゃなくて、晴れの日に備えて牙を研ぐみたいに道具を手入れしたり、身体を動かすようにする。そんで、晴れの日が来たら万全で漁に出るんだよ!
何だって、どんな事だって一緒じゃねえのかなぁ?
悪りぃ、何の参考にもならねぇ話だったら済まねえけど……何となくこの話を今、お前に聞いて欲しいなって思ったんだ」
雨の日があれば晴れの日もある。どんなに悪い天気の日が続いたって、永遠に続くわけじゃ無い。
何処かで聞いたような、何処にでもあるようなそんな話。なんだけど、今の俺にはそれが腑に落ちるような、気がした。自然と涙が溢れてくる。
「ありがとう、兄貴……」
「お! さっきより格段マシな表情になったじゃねえか! 良いぞ、それで良い!だからもう泣くなよ、辛気臭ぇのは終わりだ尾張!! 」
「二人とも、そろそろ食べ始めないとせっかくの料理が冷めてしまいますよ。それに……」
話が一段落したのを見越して真冬が口を挟む、と同時に
「あぎゃぁ!! あぎゃあ!! 」
「あぁやっぱり、浜太郎が起きてしまったわ。私に構わず皆さん先に召し上がってくださいな」
しまったしまった、小さい子供がいるトコでは赤子がすやすや寝てくれてる間に大人が食事を済まさないとだったな。忘れていた。
しっかし、いつの間にか真冬と魚兵衛兄くっついてたんだな。
その後、俺達は赤子二人を代わる代わる世話しながらも慎ましく元旦の一日を過ごした。寿壱は俺も小春の事もまだ何も認識していないようで不思議そうにぼーっとしていたが、発育は順調なようだ。若芽との間に生まれた次郎は若芽が甲斐に連れて帰ってしまったので消息は分からないが、元気に育って欲しい。そして三郎と、これから生まれてくる4番目の子。この子たちが大人になるその時に、胸を張っていられるような父親にならないと。
不甲斐ない姿は、もう、終わりだ。
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是非とも面白い作品に仕上げていきたいと
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