第26話 ダンジョン探索開始


「ゾディアークにとうちゃーく!」



 馬車に揺られて半日。目的地にたどり着いた俺たち。

 ウィルがダンジョンの入り口まで走り寄り、底なしに明るげな声を上げた。


 俺はそんなウィルの後を追うように入口に向かって歩み寄りながら、キョロキョロとあたりを見渡す。


 俺たちの目前に写るのはぼろぼろに朽ち果ててしまったかつての城壁だ。

 ゾディアークから人がいなくなった後、永い年月が経っていることがうかがえる。


 まだ昼間だというのに辺りは夜みたいに暗く、ひんやりと肌寒い。

 これは、周囲に立ち込める魔力が闇の属性を帯びていて、光を遮ると同時に周囲の熱を奪っているからだ。


 この場所一帯が濃い魔力を孕む闇属性のダンジョンと化してしまっていることが伺えた。


「よーし、それじゃあ早速探索を開始しよっか!?」


 ウィルがこちらを振り返って提案してくる。

 もう待ちきれないといわんばかりの様子だ。


「ウィル、ちょっと待つです」


 そんな彼女をステラさんが静止した。


「ゾディアークは初めて立ち入るダンジョンです。地図の用意もないのですから、慎重にマッピングをしないとです」


 ステラさんはそう言って手許の鞄を漁りながらマッピングの準備を始める。


「ステラさん、ちょっと待ってくれ」


 そんな彼女を今度は俺が呼び止めた。


「なんですか? リグレット様」

 

 ステラさんが不思議そうな顔で俺を見つめてくる。


「マッピングの必要はないよ。このダンジョンの構造は頭の中に叩き込んである。ちなみに生命の木の実が生えている場所は街の中央にあるゾディアーク城だ。そこまでの道案内は任せてくれ」

「え、ほんとですか?」


 俺は頷いてから、左手を宙に掲げ、とある魔法を詠唱した。


「“一条の光よ、この手に集え”――《スターライト》」


 詠唱と同時に俺の左手のひらから光の玉が現れる。

 その光球は宙にぽわんと浮かぶと、そのまま俺の頭上少し前方で留まった。

 あたりの暗闇が照らされて、視界が開ける。


 光属性魔法スターライト。


 その名のとおり、無から光を生み出す光属性の初級魔法の一つだ。

 初級魔法といえど、こうして松明たいまつ替わりに使用したり、あるいは閃光のように強い光を発して目くらましとして使用したりと、汎用性に優れた魔法である。


「さあ、行こう二人とも。俺についてきてくれ」


 こうして俺たち三人はゾディアーク内部へと足を踏み入れていった。


***


 ゾディアークはかつての王国の首都がまるごとダンジョン化した場所であり、その構造は城下街そのものである。

 

 正門をくぐってまず目に入ってくるのは石畳が敷かれた広場だ。

 おそらくかつてこの場所には大勢の人々や荷車が行き交っていたことだろう。

 しかし今はただ広いだけの空間が広がるのみで人の気配はない。城下街エリアだ。

 しかし当然ながら今は人っ子一人見当たらない。

 広場の周囲には大小様々な建物が並んでいるが、そのほとんどがボロボロに朽ち果てていた。


「リグレット、あの遠くに見えるのがゾディアーク城?」


 ウィルが指差す方向には大きな建造物が見える。


「ああ、そうだな。あれが目的地だ」

「じゃあ、この通りをまっすぐ進んでいけばいいのかな?」

「いや、裏道を迂回して進んでいく。こっちだ、俺に着いてきてくれ」


 俺はそう言うと、先陣を切って歩き出した。 

 

 ウィルの言うとおり、本来であれば正門から続く大通りをまっすぐ通っていけば、街の中央にあるゾディアーク城まで最短で辿り着くのだが、しかしダンジョン化した今の状況ではコトはそう簡単じゃない。

 あちこちで建物が倒壊して道を塞いでいたり、節目節目で凶悪なユニークモンスターが待ち伏せしていたりするからだ。


(ザコはともかく、強敵との戦闘はできるだけ回避して進んでいきたい。と戦う余力を残しておくためにも)


 裏路地のような細い道を脳内マップに従ってスタスタと先に進んでいく。


「そこの分岐は右だ。次も右。あ、この先は少し開けてるんだけど多分トラップが仕掛けられているから足元に注意して進んでくれ」


 

 そうしているうちに前方に映るゾディアーク城が徐々に大きく見えてきた。

 

「――どうやら間違いなく目的地に近づいているみたいですね。マッピングもナシに。リグレット様はゾディアークの中に入ったことがあるんですか?」


 俺の後からついてきているステラさんがそんな素朴な疑問を口にしてくる。

  

「いや、実際に入るのは初めてだよ。まあ、昔ダンジョンのマップを見たことがあるってところかな」

「そうなんですか。貴族さまなのにダンジョンの知識があるなんて珍しいですね」


 ステラさんが感心したように言葉を漏らす。


「貴族といっても俺は元々スラム暮らしの平民なんだ。ダンジョンに関する知識はそのときにちょっとね……」

「そうなのですね。どおりでリグレット様からは貴族さま特有の偉そうな感じが全然ないと思いました」

「だから、俺のことは呼び捨てで構わないよ。敬語を使う必要もない。同じ冒険者仲間なんだからさ」

「……わかりましたです。じゃあ、私のこともステラと呼んでくださいです」

「了解だ。ステラ」

 

 

 そんなやり取りをしていると、ふと前方から何かが動く音が聞こえた気がした。

 物音がした方向をスターライトで照らし、じっと目を凝らす。


 すると暗闇の先から複数の影がこちらに向かってくるのが見えた。


 その大きさは人サイズで、姿形も人のそれに近い。

 唸り声をあげながらヒタヒタとこちらににじり寄ってきている。


 あれは――グールだ。


 俺はすぐさま腰に差していたフィンブルを抜き放ち、戦闘態勢をとる。


「敵と遭遇エンカウント。準備はいいか二人とも?」


「うん!」

「はい」

 

 俺の言葉にウィルとステラさんが同時に返事をする。

 

「よし、それじゃあ――行くぞッ! 戦闘開始だ!」




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