第15話 無詠唱魔法

 水魔法を用いて、ウィルの放ったすべての炎を相殺した俺は、短剣を構えて一気に彼女の元へ駆け出す。

 

 ガキンッ!

 再び、俺とウィルの刃が交差した。


「あはっ! キミ、魔法も使えるんだ!」

「ああ。どっちかっつーと、魔法の方が得意さ。"逆巻き渦巻き、爆ぜて千切れろ"──」

「――!?」

「《サイクロン》!」


 ごう、と音を立てて俺の手のひらからつむじ風が解き放たれる。


 だけど手応えはなかった。

 ウィルは俺の放ったサイクロンをギリギリのところで回避したらしい。

 

 つむじ風が闘技場の土を巻き上げて出来た砂埃の向こうで、間合いを取った彼女は不敵な笑みを浮かべて俺を見据えてくる。


「水だけじゃなくて、風魔法も使えるんだね」

「ああ。基本属性魔法は全部学んださ」

「すごいね! キミの魔法……詠唱のスピード、魔法の威力、ボクが戦った相手の中でもピカイチだよ!」

「そりゃどーも」

「でも……もう魔法は使わせないよ」


 ウィルはそう笑顔で言うなり、再びすごいスピードで間合いを詰めてきた。


「うぉ――!」


 ガキンッ! ガッ! キン! キィン!


 ショートソードによる連続攻撃。

 一撃一撃は軽いが、凄まじい速さだ。


「く、この! ぎ……!」


 なんとかカウンターを狙いたいが、避けたり受け流したりするだけで精一杯。

 

 俺は相手の猛進を押しのけるために魔法を試みる。

 しかし……


(詠唱するヒマがねえ!)


 ウィルの攻撃があまりに早すぎて詠唱の隙がない。


「まだまだ! こんなものじゃないよ!」


 その言葉どおり、ウィルの攻撃速度が更に上がる。

 魔法の詠唱どころか、彼女の攻撃をいなすのもしんどくなってきた。


「どんなにキミに魔法が優れていようと、詠唱できなければイミないよね? アハッ」


 ウィルは切り結びながら、楽しそうに言った。

 その表情を見て俺は確信する。

  

(コイツは詠唱タイプの魔法使いの弱点を理解して、的確にその弱みをついてきているな……!)


 魔法詠唱の最大の弱点はそのタイムラグだ。

 詠唱を持って魔法を発動する場合は、どんなに簡易な魔法であったとしても数秒間の時間がかかる。


 だから、詠唱型の魔術師相手には、そもそもということが有効な戦術の一つになり得る。

 

 第二回戦で俺がにやった戦法がコレだ。



 ウィルの強さの本質はスピードだ。

 そのスピードを活かした目にも止まらない連続攻撃で、相手の攻撃の出だしを止める。

 そのまま自分のペースに引きずり込んでしまう。


(自分の強みをよく理解しているってわけか……!)



 ――などと考えている間も、ウィルのラッシュ攻撃は続く。


 このままではジリ貧なのは間違いない。

 このスピードをどうにかしなければ、俺には勝ちの目はない。


 純粋な剣術の腕は残念ながら、相手の方がやや上手。

 特にスピードは大きく差をつけられてしまっている。


 となれば俺は起死回生の一手を魔法に頼るしかない。

 

 魔法の発動。

 それがこの戦いの勝利への絶対条件だ。

 

 だけど魔法の発動は相手のラッシュ攻撃に潰される。

 ならばどうすべきか?


 

「どうしたのかな? さっきから防戦一方になってるよ?」

「…………」

「もしかして……諦めちゃった?」

「いや? お前を倒すための作戦を練っているだけだ」

「あはっ、そうこなくっちゃ! ボクに着いてきてよね!」


 ウィルは嬉しそうに笑うと、いっそう激しい斬撃を放ってきた。

 ガキンッ!  キン! キィィン!

 火花が散り、刃が交差するたびに甲高い音が響く。


「あははっ! 楽しいね!」

「別に楽しく……ねえ!」


 ウィルは攻撃の手を緩めない。

 間合いゼロの超至近距離で手数を持って俺を押し込もうとしてくる。


 剣術の腕前で自分自身ウィルの有利を悟り、かつ相手に魔法を使わせるヒマを与えないためには、ゼロ距離でのラッシュ攻撃が最適解だと悟ったのだろう。


 

 事実、それは有効な戦術だった。

 

 

 

(詠唱ナシじゃ魔法を使えない。その思い込み、利用させてもらう――!)


 俺は意識を集中して、ウィルの連続攻撃にタイミングを合わせていく。

 相変わらず攻撃スピードは脅威的だが、さっきから一方的に攻撃を仕掛けていることで、それなりにスタミナも消費しているのだろう。

 ウィルの動きには僅かな乱れが生じ始めた。


 そして――


 (ここだ!)

 

 ウィルの放った右からの袈裟斬りを受け流すと同時に、俺は彼女の懐に飛び込む。

 俺が右手に持つ短剣に、ウィルの視線が吸い寄せられる。


 その瞬間を狙っていた。

 俺は左手のひらをウィルに向かって突き出す。



「え――?」



 キョトンとしたようなウィルの表情。

 俺はニヤリと笑い――ありったけの魔力を込める。


 次の瞬間、俺の手のひらから、つむじ風が生み出された。


 風魔法――《サイクロン》。


 完全に不意を突かれたウィルは、まともにその突風を食らう。

 

「あわわ――きゃあっ!」


 ウィルの悲鳴があがった。

 彼女の体はまるで風に舞う木の葉のように空高くに巻き上げられて、そのままグシャっと地面に叩きつけられる。


「ぐへ……ッ!」

 

 闘技場の壁際で苦悶の声を上げるウィル。

 俺は彼女の元へ駆け寄り、喉元に短剣を突きつけた。

 

「く……!」

「勝負あったな」


 ウィルの顔が悔しげに歪む。


「それともまだやるかい?」


 俺の問いかけに対して、彼女はギリっと奥歯を噛み締めた後――

 

「ううん……降参だよ。あはは、もう身体が動かないや」

「よしよし。お疲れさん」


 さっきまでの表情とは打って変わって晴れやかな顔でそう言った。

 そのままゴロンと大の字になって「はぁ……負けたぁ……」と大きく息を吐く。


 勝負アリ。

 その瞬間、アリーナの中が観衆達の大歓声に包まれた。

 

 俺は短剣をしまって、ウィルに手を貸してやる。

 ウィルは俺の手を掴んでヨロヨロと立ち上がると、そのまま俺の身体にもたれかかってきた。

 彼女の身体は華奢でとても軽かった。

 この細い身体のどこからあのエネルギーが生み出されていたんだろう。

 さっきまでの鬼神みたいな戦いぶりがウソみたいだ。


「あーあ、負けちゃったよ……悔しいなぁ」

「いや、お前も強かったよ。特にスピード。速すぎてマジあせった」

「あのまま手数で押し切れると思ったんだけどなぁ……最後の魔法はカンペキ予想外だったよ」

「ふふん、アレは俺の奥の手だ」


 俺は得意げに笑う。

 ウィルは俺の肩にもたれかかったまま、そんな俺の顔をまじまじと見つめてきた。


「ね、一個だけ教えてくれない?」

「なんだ?」

「最後の魔法……キミ、詠唱してなかったよね?」

「ああ」

「魔法陣を仕込んでたの?」

「イヤ。俺は今のところ詠唱一本だ」

「じゃあ……最後の魔法はどうやって……?」


 不思議そうな顔を浮かべるウィル。

 俺はフフンと鼻を鳴らしながら、得意げに答えた。


「アレは俺の必殺技だ」

「必殺技?」

「名付けるなら……そうだな、とでも言うか」


 自分で言った直後に気づいた。

 そのままやんけ。


 だけど、ウィルはくりくりの瞳を大きく見開く。


「無詠唱って……詠唱も魔法陣も無しに魔法を使ったってこと!?」

「まぁ、そうなるな」

「信じられない……そんなの聞いたことないよ」


 ウィルは驚いた様子で言葉を漏らす。

 無詠唱魔法はエストさんとの戦いにおいても俺のとっておきとして披露した技だ。

 エストさんも同じように驚いていた。


 この世界では無詠唱で魔法を放つのはとんでもないコトらしい。

 なぜ俺がそんな技を使えるのか。

 正直なところ自分でもよくわからない。


 魔法訓練の最中で色々と試しているうちに俺は詠唱ナシ、魔法陣ナシでも魔法を発動できることに気がついたのだ。


 おそらくだけど、俺が転生者であり【ジリリア】のゲーム知識を豊富に持っていることが関係しているのかもしれない。

 前世の俺は【ジリリア】に登場する魔法はすべてゲームプレイを通して発動済み。

 しかもジリリアの設定資料集には魔法理論やら各魔法の発動手順やらそういう設定も詳細に書かれていたので、それらも読み込んでカンペキに覚えてしまっていた。

 

 魔法発動にはイメージが最も重要になる。

 そのイメージ構築に、前世の俺が培った【ジリリア】原作知識がプラスに働いているといったところだろうか。


 

 とにかく、俺は【無詠唱魔法】という唯一無二の技術――ゲーム的に言うならばを手に入れたのだった。



「リグレット……キミって何者……?」

「しがない宮廷貴族だよ」


 俺は肩をすくめると、ウィルは目をキラキラ輝かせた。


「すごいすごい! キミってホントにすごいんだね!」

「ははは、ありがとう」

「世界は広いんだな~! この大会に出場できてホントによかった! キミみたいなライバルと出会えるなんて!」


 ウィルは興奮した様子で続ける。

 この様子なら怪我とかは大したことはなさそうだ。


 俺はウィルの背中を押して、アリーナの中央へ送り出す。

 そして、お互いに向き合った。


「リグレット、楽しかったよ! またやろッ?」

「いや、正直もうお前とは戦いたくない。無詠唱魔法奥の手の種がバレた以上、次戦ったら結果がどうなるかわからないからな」

「ぶーぶー、勝ち逃げは許さないよ!」


 軽口を交わしてから、どちらともなく握手。


 二人の健闘を称えるように観客席からは万雷の拍手が降り注ぐ。

 この会場にいる全員が俺とウィルの戦いに感動しているようだった。


 ……


 …………


 ………………



「おいッ! クソ野郎! 何負けてんだ!! てめえッ!」



 前言撤回。

 俺たちの戦いにケチをつけてくるヤツが、どうやら約1名いたようだ。


 ダメディスが顔を真っ赤にして、こちらに詰め寄ってきた。





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