第9話 成長の証


 エストさんによる特訓を開始してから半年が経過した。


 その流れは初日からずっと変わらない。


 まずエストさんとの手合わせで、自分自身を限界まで追い込む。

 立っているのもやっとの状態になってからが魔術訓練の本番だ。


 特訓初日で魔力の解放をやってのけた俺。

 次にエストさんから教わったことは、それとは真逆で、魔力が外へ放出するのをピッタリと遮断する方法だ。


 魔力の放出を止めればいいのだから、ただ自然体でいればいいじゃんと思いきや、ことはそう簡単じゃない。


 エストさんの説明を思い出す。


「魔力はいわば生命エネルギーの一種。そもそもこの世界に生きるすべての生命には、大なり小なり魔力が宿っている。魔力の解放に至らぬものは無意識に微弱な魔力を常に垂れ流している状態だ。魔力の遮断はその状態とは似て非なる。文字通り、魔力の一切を自身の内側に留め、外への放出を一切絶つ状態を指す」


 つまり、魔力の解放がスイッチのオンなら、魔力の遮断はスイッチのオフということ。

 魔力の解放と遮断は、すべての魔法の基本となる重要技術だ。


 ちなみにエストさんによると、普通、魔術師を志す者は半年くらいかけてこの基本技術をみっちりと仕込まれるらしい。


 一方、俺はというと……


「できちゃいました」


 魔力の遮断も一日でアッサリできてしまった。


「エストさん……またオレ何かやっちゃいました……?」

「浮かれちゃダメ」 ポカッ。

「いてっ」


 エストさんに後頭部を杖で小突かれた。


「でもまあ……常人ではありえないことをやってのけたのは事実。そのことは誇っていい」

「はい! ありがとうございます!」


 どうやら俺には魔法の才能があるらしい。

 超一流の魔法使いのお墨付きをいただけた。


 魔法の才能は血筋やら体質やらが大きく影響を及ぼすらしいので、こればっかりはリグレットの肉体様々だ。奴にもちょっとは感謝しないといけない。



 こうして魔法の基本を習得した後、いよいよ本格的な魔法訓練へ進んでいく。

 エストさんの手ほどきを受けて、様々な魔法を訓練していった。


 火の魔法、水の魔法、土の魔法、風の魔法。

 闇の魔法に光の魔法。


 各属性に基づき基礎魔法から順番にじっくりと学んでいく。

 もちろん魔力の解放と遮断は、基礎トレ感覚で毎日欠かさずに行う。


 実践だけじゃなくて理論を学ぶことも欠かさない。

 夜、政務が終わってから寝るまでの時間はフラジール城の書物室にこもって、蔵書されている魔術書に片っ端から目を通す。

 

 分からないことはすぐにエストさんに質問。

 同じ質問をしつこいくらいに繰り返す。


 エストさんは嫌な顔一つせず、俺の質問に丁寧に答えてくれた。

 いつもクールで冷たい印象がある彼女だけど、実のところ面倒見がよくてお人好しだった。


 それに彼女の指導は厳しいけれど、決して理不尽ではない。

 丁寧で合理的だ。

 俺はいつしかエストさんを心の底から尊敬し、「師匠」と呼び慕うようになっていった。


 尊敬できる師匠の指導の下、黙々と魔法訓練を続ける。


 正しい理論を知識として獲得する。

 知識に基づき精緻なイメージを頭の中で構築していく。

 そのイメージを具現化するに足る魔力を出力する。

 

 正しい形に向けてひたすら反復練習だ。


 繰り返されるトライ&エラー。

 失敗。失敗。失敗。失敗。

 途方もない試行錯誤の果てに手に入れることができるたった一度の成功。


 そこで立ち止まっちゃいけない。

 その成功体験を身体に染み込ませる。


 そのために何度も、何度も繰り返す。



「魔法! めちゃくちゃ楽しい!!」



 魔法の特訓は楽しかった。

 できないことができていくのは楽しかった。

 昨日の自分より、ほんの少しだけ今日の自分が強くなっていくのは嬉しかった。

 自分の努力をエストさんに認めてもらうのが嬉しかった。


 俺は充実した日々を送っていた。


***


 そしてとある朝。

 いつものように早朝の訓練場で、俺はエストさんに向かい合う。


「師匠、今日もよろしくお願いします!」


 一礼をしてから木短剣を構える俺。

 いつものルーティンに基づいて、魔術訓練の前の手合わせが始まると思いきや……


。今日の訓練は少し趣向を変えてみようか」

「え?」


 突然の提案。

 目を丸くして問い返す俺に向かって、エストさんが言う。

 

「わたしと実戦形式で戦う」

 

 そう言いながら、エストさんはおもむろに杖を構えた。


「戦うって……魔法アリで?」

「魔法だけじゃない。今日はその木剣じゃなくて、真剣を使っていい」

「は……!?」


 魔法の使用あり。武器は本物を使う。

 文字どおり、実戦。


「師匠、マジですか」


 戸惑う俺を前に、エストさんは涼し気な顔で言葉を続ける。


「リグ。君は強くなった。私が教えた魔法技術のことごとくを、信じられないスピードで習得してくれた。もう一人前の魔術師といってもいい。だから来月、私は君に最終試練を課そうと思っている」

「最終試練……?」



「来月――フラジールで年に一度の武芸大会、『獅子心祭ライオネル・ストライヴ』が開催される」



 獅子心祭ライオネル・ストライヴとは、武勇に秀で、戦いを愛した先王リチャードが興したフラジール城における武芸大会のことだ。

 毎年、トーナメント形式で催され、騎士階級の貴族の他、城仕えの衛兵や魔術師はもちろん、各地から腕自慢が武芸の腕を競い合う。


「最終試験の合格条件は――獅子心祭ライオネル・ストライヴで優勝すること」

「ゆ、優勝って……! 俺が?」


 思わず声が裏返る。

 だけどエストさんは当然といった表情でコクリと頷いた。


「……い、いや師匠! そんな簡単に言わないでくださいよ! 優勝なんて無理に決まってるでしょ!」


 フラジールではリチャード先王の崩御後、英雄としての神格化が進んでいて、それに伴い獅子心祭ライオネル・ストライヴの規模も拡大している。

 今ではフラジール城内にとどまらず、王都全体へと広がりを見せ、各地から腕自慢が集う一大イベントへと成長しているのだ。


 そんな武芸大会に、魔術を半年間かじっただけの俺が参加したところで、悲惨な結果になるのは火を見るよりも明らかだ。


「無理じゃないよ。リグは強い」

「え……」


 俺の弱気な言葉を、エストさんは冷静に否定する。

 彼女の表情はどこか優しげで、慈しむようであった。


 だけど次の瞬間――

 


「……ッ!?」

 

 

 彼女の全身から強烈な殺気が放たれた。

 全身に凍てつくような緊張感が走り、ザザッと鳥肌が立つ。


 このままここに居たら死ぬ!


 俺は思わず後ずさった。


「リグ、かかってきて。獅子心祭ライオネル・ストライヴでの優勝――無理かどうか私が判断する」

「ほ、本気なんですね……」

「もちろん。言っておくけど遠慮はいらない。私を殺すつもりで全力を出すこと。でないと意味がないから」


 エストさんはそう言って翡翠色の瞳をまっすぐ俺に向ける。


 彼女は凄まじい量の魔力を全身に纏っていた。

 これが千の魔法使いサウザンド・マギの迫力。

 さっきまでの彼女とはまるで別人だ。


(勝てるわけがねえ)


 最初に心に浮かんだのはそんなネガティブな思い。

 だってこれまでの手合わせで、俺はエストさんに勝つどころかただの一太刀だって浴びせたことがないのだ。


 だけど一方で。


(勝てるわけがない……けど。俺の力がどこまで通用するか試したい……気もする)


 半年間の特訓の成果をこの偉大な魔法使いにぶつけてみたい。

 そんな反骨心も胸の内に確かに存在した。


 相反する感情を胸に、俺は懐から短剣を取り出す。

 ゆっくりとした所作で半身に構えた。


「分かりました。師匠、全力で行かせていただきます」


 俺とエストさんは距離を取って、互いに剣と杖を構え合う。

 空気がピリピリと張り詰めていくのを肌で感じた。

 


 頭の中で、彼女に勝つための作戦を組み立てる。

 


(真っ向勝負を挑んでも力の差は歴然。敵いっこない。となれば、俺がとるべき手段はからめ手だ)


 実は一つだけ、エストさんにも話していないとってもおきの作戦があった。

 

 それは、転生者である俺だからこそ使える奥の手。


 これが実践で通用するのか試してみたい。

 頭の中で成功へのイメージを何度も思い描く。


 カタカタカタ……


 気がつくと短剣を持つ手が震えていた。

 だけどその震えは、多分恐怖じゃなくて高揚だった。



(半年間、俺は努力した。師匠は俺のことを強いと認めてくれた。その言葉を嘘にしないために――)


 深呼吸をひとつする。

 


(目にモノ見せてやるッ!!)



 俺は大地を蹴り、エストさんに向かって飛び出した。




***




 戦いはあっけなく決着がついた。


 俺は大の字に地面に倒れ、徐々に明るくなっていく夜明けの空を見つめていた。


「ハア、ハア……! クソっ、通用しなかった! チクショー! やっぱり師匠はすげー!」


 俺は思いっきり叫んだ。

 だけどそこに悔しさや怒りは微塵もない。

 全力を尽くした果ての爽快感だけが、胸いっぱいに広がっていた。


「リグ、そんなことはない」

「師匠……」


 エストさんがそんな俺を見下ろしながら声をかける。

 その顔は相変わらず涼しげだ。


「正直、想像以上だった。魔法の詠唱速度、種類、威力……どれをとっても魔法を習い始めて半年足らずの人間とは思えない。本当に強くなったね」


 エストさんはそう言って俺に手を差し出す。

 差し出されたその手を俺は掴んだ。



(手が、濡れてる……?)



 俺は上体を起こしてから、エストさんの顔を見上げる。

 よく見ると、その額から一筋の汗が伝っていた。



「最後に放ったリグの魔法――」



 エストさんが言葉を続ける。



「私が対応できたのは、予め防御魔法を展開していたから……いわば運が良かったからだ。私はリグの一撃を、予測することはできていなかったし、反応もできなかった。もし生身だったら……アレを防ぐことは叶わなかっただろう」

「えっ」


 予想外の反応に、俺は思わず目を見開く。


(俺の攻撃が通用しかけたってことか……? 師匠に……?)


 だけど、本当に驚いたのはその後だった。



 ギュッ――



「へっ!? えっ!?」


 自分の身体を包み込む柔らかい感触。

 エストさんに抱きしめられた。


 突然のことに、俺は戸惑いを隠せない。


「しししし、師匠!?」

「見事だリグ。君は私の自慢の弟子だ」


 混乱する俺に向かってエストさんは言った。

 その表情は今まで見た中でいちばん柔らかい。

 


「頑張ったね」

 


 師匠の華奢な身体から、ほのかに花のような香りがした。








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