大久保、メンタルクリニック

 週一回、毎週金曜日と決まっているクリニックのカウンセリングをモリヤは三回休み、一ヶ月ぶりに榊と顔を合わせた。やつれ、目の下に濃い隈をつくって、喪服のような黒のワンピースで現れたモリヤを、榊は痛ましそうに見た。

「お久しぶりです。色々、大変なことが続いたと聞いているけど……」

 彼女の妹は体調不良で寝付いていたのに、突如失踪したという。モリヤは辛うじてそれとわかる程度に頷いた。

「最近は、どうですか。眠れている?」

「…………」

「食欲は?」

「…………」

「……つらかったら、無理して何かを話す必要はないよ。でも、もし何かあったら、何でも言ってください。ああ、久しぶりに箱庭でも作ってみる?」

 何を聞いても押し黙るばかりで埒があかなかった頃のモリヤに、榊は数回箱庭療法も取り入れたことがあった。モリヤは俯いたまま、眠っているのかと疑うほど長く黙していたが、頷いて立ち上がった。

 作業室の流し台で水を汲み、青い箱の中の砂場にあける。水はすぐにしみこんだ。モリヤは何度も何度も水を汲んで、砂場にあけた。水が溜まると、人形や動物や木、家といった玩具には目もくれずに、砂を高く盛り始める。

「……あの、全然関係ない話なんですが」

「うん、何でも話して」

「先生、D’ARCって知ってます?」

「熱心にではないけれど、聴いていたよ」

「私が、D’ARCのギタリストの守屋ユヅルの隠し子だって言ったら、信じてくれますか」

 モリヤは砂を集めては盛り続ける。箱庭には川と、小高い丘ができた。

「……私が六歳のときに死んだ実の母がまだ生きてるとき、急に、あんたの本当のお父さんは今のあの人――現在の義父のことです――じゃないんだよ、って言い出して。びっくりして、じゃあ私の本当のお父さんは誰なの、って訊いたら、母はTVの画面を指差した。それが守屋ユヅルだった。まだバンドが売れない頃に、一夜の遊びで妊娠してしまった、って。

 私は一時期、父に会うためにD’ARCのライヴに通ってた。この人が私の本当のお父さんか、って思うだけで幸せだった。でも、それをうっかり人に話してしまってからは、遠くから父を見ることも出来なくなりました。信じてもらえるどころか、頭のおかしい子って後ろ指をさされちゃって。

 ……たぶん私は守屋ユヅルの娘なんかじゃないんでしょうね。ユヅルの子を孕みたいという母の妄想に、今でも振り回されているんでしょう。私、ほんとに気が狂ったのかも知れない。もう、どこまでが妄想で、どこまでが現実なのか、判断できない」

 丘の上に十字架ののった墓石が置かれた。

「だけどそうなら、妹を殺したのも妄想なのかな。きっと妄想ですよね」

「高村さん、君」

「……妹を殺したんです。いいえ、死なせるよりももっと惨いことをした」

 堰を切ったように、モリヤは語り始めた。

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