三十二話 聞きたくない

 お昼を食べ終わって僕たちは、集合時間までにまだ時間があったからその辺をプラプラしていた。


「まだ、一日あるけど。また来ような、京都」


「うん、今度はもっと色んなとこ行こうよ」


「ああ、そうだな」


 僕たちはまた手を繋いで歩き出す。交差点で信号待ちをしていると、としくんが他校の女子生徒二人に声をかけられた。


「あれ? 俊幸じゃん、何でいんの?」


「あっ! ほんとだ! 東京に行ったんじゃないの〜」


「――――陸、行こう」


「あっ……う、うん」


 ちょうどその時に、信号が青になったから走り出した。その後もその女子生徒からは、何度も呼ばれていたけど彼はガン無視だった。


 しばらく走った後に、公園に立ち寄った。そこで僕が肩で息をしていると、不意に彼に抱きしめられた。


「と、としくん! 皆んな見てる」


「……ちょっとだけ、こうさせて」


「わ、分かった」


 よく分からないけど、彼の様子がおかしいのは一目瞭然だった。そのため、僕は彼が落ち着いたのを見計らって近くのベンチまで連れて行った。


 そして僕は近くに自販機を見つけたから、買いに行こうとしたら今にも泣きそうな顔をしている彼に制服の裾を掴まれた。


「としくん……」


「陸……ここにいて」


「うん、分かったよ。どこにも行かないから」


 僕は落ち込んでいる彼の隣に腰掛けて、静かに彼の手を恥ずかしかったけど俗に言う恋人繋ぎをした。


 すると彼は静かに僕の肩に自分の頭を乗っけてきたから、僕は黙って彼が落ち着くのを待った。


 しばらくすると、彼はぽつりぽつりと弱々しくどこか遠くを見つめて話し始めた。


「陸……俺はさ、ほんとズルいやつなんだよ」


「えっ? それって、どういう」


「やっと見つけたし〜」


「俊幸、逃げることないじゃん」


 僕がそう聞くと彼は何かを言いかけたが、それはさっきの女子生徒二人に遮られてしまった。本気で嫌そうな表情をする彼を見て、何やら不穏な空気を感じた。


「ちっ……陸、行くぞ」


「えっ……あ、うん」


 よく分からなかったが、彼は再び僕を手を引いて歩き出そうした。すると、今度はその二人の女子生徒の言葉で僕の頭は真っ白になってしまった。


「逃げんなよ。元カノとして、話がしたいだけじゃん」


「そうだし〜聞いてあげなよ〜」


 彼女……どういうこと? だって、今まで彼女いたことないって言ってたじゃん。それって、僕に嘘ついてたってこと。


 でも今だって何か、言おうとしてくれてた。信じたいし、疑いたくない……だけど、家族に合わせてくれないし。


 ご両親までとは行かなくても、弟くんぐらいいいと思うのに……。二人は何やら言い争っていたが、僕には何も聞こえなかった。


 というよりも聞きたくなくて、体が拒んでいるのが分かった。これ以上聞きたくも、見たくもなくて気がつくとその場から走ってしまった。


 当てもなく土地勘もなく、バッグを置いてきてしまった。その為、誰にも連絡することすらできない。


 僕は公園のトイレ脇のところで、一人俯いてしゃがみ込んでしまった。前にも同じようなことあったっけ。


 あの時はすぐに彼が駆けつけてきてくれたから、何とかなったけど今回はどうだろ。そんなことを考えている時点で、僕はもう彼なしじゃ生きていけないような気がする。


 でも彼はどうなんだろう……。僕がいなくても何でも器用にこなせるし、誰とでも仲良くなれるでしょ。


 僕がそんなことを考えていると、不意に名前を呼ばれてみてみるとそこには欠伸をしている新田くんがいた。


「空雅くん……」


「陸、どうした? 俊幸は一緒じゃないのか」


「実は……」


 僕は立ち上がって自分でも理解していない頭で、新田くんに今起きた出来事を伝えた。自分でもとても、支離滅裂で意味が分からなかった。


 それでも新田くんは何も言わずに、真面目に聞いてくれた。僕は自分の瞳から、自然と溢れてしまっている雫を拭いながら……。


 そうしたら、真面目な表情を浮かべたままの新田くんに質問された。僕は少し戸惑いながら、真っ直ぐに目を見て答えた。


「陸は、俊幸が好きか」


「えっ? うん、好き……だけど、分からないんだよ……僕は、彼しかいないのに……彼は僕以外にもできるでしょ」


 本当はそんなこと考えたくもないし……知りたくもないし、見たくもない……だって、元カノがいたってことだけを知っただけでこんなに苦しいのだから。


 息が詰まって苦しくて、深呼吸もうまくいかない……。僕がそう思っていると、新田くんに思いもよらないことを言われた。


「俺じゃダメか……俺は、陸が好きだ」


「えっ……」


「ま、初恋ってやつだな。でも、今は」


 新田くんが言っていたことに、僕の脳は処理が追いつかずに呆然としていた。それから、何か続けて言おうとしたみたいだったけど遮られてしまった。


 なぜかというと、鬼の形相をしたとしくんに殴られてしまったからだ。そのまま、新田くんの胸ぐらを掴んで怒鳴りつけていた。


「空雅、てめー! いい加減にしろよ!」


「いい加減にするのは、てめーの方だろ! 俊幸!」


「あっ? なんだと!」


「お前いつまで、陸にだけいい格好するつもり何だよ」


 僕は二人の会話の意味がよく分からずに、呆然と立ち尽くしてしまった。そこで僕はようやく我に返ってとりあえず喧嘩を止めることにした。


「えっと! とにかく、よく分からないけど喧嘩はやめて!」


「つっ……陸がそう言うなら」


「俊幸、てめー本気で殴りやがって」


 とりあえず、僕は口が切れている新田くんにハンカチを渡した。すると、ハンカチをとしくんは受け取って新田くんの口元を拭いていた。


「おいっ! いてーだろ」


「悪かったな……殴って」


「はあ……少しは考えて、行動しろ」


「陸が絡むことは、全て無理だ」


「はっきり言うんだな」


 彼の発言と新田くんの発言が、どういうことなのかは僕には分からなかった、ただ一つだけ、はっきりしているのは……。


 僕はとしくんが僕と話している時と、だいぶ雰囲気が違うことに何だが胸がざわついてしまった。


 それと同時に僕は色んな感情が入り混じってしまって、どうすればいいのか分からずにいた。


 そんな様子の僕に気がついたのか、としくんは僕を見て優しく微笑んで声をかけてくれた。


「陸、元カノって言っていたが。別に好きで付き合ったわけじゃない。それに、三日も持たなかったからな」


「三日!?」


「ああ、なぜなら」


「ゴホンッ! 俺の存在、忘れないでくれないか」


 彼が真剣な表情で話してくれよとしたが、新田くんの咳払いで我に返った。あっ……新田くんのこと完全に忘れていた。


 完全に僕たち二人だけの空間になっていた。彼も僕と同じことを考えていたようで、あっ……と全く同じ瞬間に声を出していた。


「ったく、お前らは似たもの同士だな」


「そんなはっきり言われると、照れるな」


「うん、恥ずかしい」


「……まあ、いいや。陸、俺が告白したのは忘れてないよな」

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