こうめ と すずめ

ちょこっと

第1話

 むかしむかーしのお話しじゃ。

 山の神様や物の怪が、人と深く繋がっておった頃。


 あるところに、小梅という貧乏人の娘がおった。


 小梅のおる村は、山に囲まれた貧しい小さな村であった。


 両親も、生まれた時には何人か居た兄姉達も、次々に流行り病や怪我で亡くなってしもうた。

 とうとう、村で唯一の若い娘っ子となってしもうた小梅。

 厳しい生活ながら、爺様と婆様に育てられて、野に咲く雛菊のように愛らしさを持つ、心の優しいおなごへと育っていった。



 ある雨の日のこと。

 小梅が飯炊きをしていると、軒先で雨宿りしている雀が一羽おった。チュンチュンか細いあんよで地面を飛び跳ね、歩く雀。

 飯焚きの匂いにつられたか、竈の側へ寄って来た。


 アワやヒエで粥を作っておった小梅は、焦げ付かんようおたまで鍋を掻き混ぜとった。

 その穀物のおこぼれに与ろうと、小梅の足元へ寄ってきた雀がようよう愛らしく囀ってみせよる。


 そんな可愛い仕草に、小梅は台所にある瓶の一つへ近寄ると、木蓋を開けて一つまみのヒエを手のひらに乗せた。

 しっかりと瓶の木蓋を被せてから、雀へ向かってしゃがみ込み、そっと手を差し出す小梅。


「すずめさん、すずめさん、うちにゃあ良い物はなーんにもねぇだが、おらの飯なら分けてやろ」


 小梅の掌から雀が美味そうに飯を啄む姿は、なんとも心温まるものだった。

 けども婆様に見つかったら折檻されてしまいそうだと、食い終わるとすぐにまた雀を軒下へと出してやった。


 しとしと降る雨音に混じって、礼でも言っているのか、チュンチュン愛らしい囀りが止まず聞こえてくる。


「ええ、ええ。もうええよ。分かったから。またお腹がすいたら、こそっとおいで。こそっとだで」


 そう、ちっちゃな声で話す小梅の言葉が分かったのか、それきり雀は囀るのを止めた。そうして、小梅が一人でおる時に、ふらっと一羽の雀が訪れる様になった。




 何度かそんな日が過ぎた、ある朝。


 急に、爺様に連れられて山の奥へと上って行く事になった小梅。


 じい様の手伝いで山に入る事はあっても、こげな奥まで来た事ねぇ。そう、内心では訝しむ小梅だったが、素直に爺様の後を続いて足を進めていく。



 あんれ、あっちに見えるんはなんの木の実じゃろうか、随分奥に来たけんど、この辺りにゃあようけ木の実が生っちゅうねぇ。帰りに婆様へいっぱい持って帰りてぇなぁ。



 無邪気な様子で目に入る山の果樹を見ては、にこにこしとった。


 もう随分と歩き続けて、日はとっくにてっぺんまで登っている。朝から歩き続けてお腹もだいぶん減ってきた。

 棒のようになってきた足をなんとか動かし続けて、小梅は爺様の背中を見上げる。すると、ようやく爺様が足を止めた。


 少し開けた場所で、腰かけるのにおあつらえ向きの切り株があった。そこへ小梅を座らせて、向かい合うようにして爺様はしゃがみ込んだ。

 小梅のつぶらな目を愛おしそうに悲しそうに、正面から見やる。


「小梅、おらが山菜さ探してる間、おめぇはここで待ってろ。ええか、おらが迎えにくるまで、なんしても降りてきちゃあなんねぇぞ」


 真剣な顔の爺様は、噛んで含めるように小梅へ言い聞かせる。その言葉に、こっくりと頷く小梅。

 無邪気な姿に、爺様の目から溢れそうになるものがあった。爺様はそれを誤魔化すように俯き、懐から一粒の干し柿を出して、小梅の手に乗せた。


「あんれ、爺様! こげな良い物、爺様が食べてくんろ」


 驚いた小梅は、ちっちゃな手のひらに乗せられた干し柿を爺様の口元へ持っていこうとする。

 それを、爺様は笑って止めると侘しそうな声音で言い聞かせた。


「ええんじゃ、小梅が食うてくれ。

 ほんに優しい良え子じゃ。なぁ、なぁ。

 ……ええか、ここなら近くに綺麗な小川もあるで、山菜も小梅に採れるもんがあるかもしれん」


 爺様は、自分が身に着けていた、藁蓑を小梅にかぶせてやった。

 小さな小梅の体を守る様に、しっかり藁実ので覆ってやった。

 少しくすぐったそうに笑う小梅。いつも通り、なんにも疑ってなどいない小梅。


「ええ子じゃ、ええ子じゃぁなぁ。

 小梅、必ず、儂が迎えに来るまで、降りてきちゃあなんねぇぞ」


「はい。爺様、気をつけて行ってくんろ」


 小梅は手の中の干し柿を大事そうに持って、笑顔で見送った。

 後ろ髪をひかれる思い出、振り返り振り返り、それでも確かに一歩一歩山を下りてった。




 それから、夜になって、藁蓑にくるまって寝た。

 朝がきても、爺様の迎えは来んかった。



 小梅は、少しずつ干し柿を齧っては小川の水を飲んで、食べられそうな物は無いかと木の実や茸を探して過ごしていた。

 両親も兄姉も亡くなって、それでも爺様と婆様が育ててくれたのだと、育ての親の言い付けを守って待つ小梅。



 爺様と婆様の言いつけは守らなきゃなんね。

 きっと、何かあって、戻っちゃあなんねえんだ。

 大丈夫、きっと、迎えに来てくれる。

 それまでの辛抱だ。



 そうして山をうろついていると、一人の若い男が小梅の前にあわられた。


「あれ、こんにちは」


 アケビを採っていた小梅は、手を止めて笑顔で挨拶をした。


 男は、身なりからして旅人なんかじゃあなく、小梅同様どこぞの貧乏村人のようだ。

 人懐っこい笑顔で、大きな体を屈めて挨拶をしてきた。


「やぁ、こんにちは。

 こげな所で、若い娘さんが一人、どうなさったんですか?」


「おらは、爺様から山で待つように言われましてな。

 迎えを待っとるところです」


 手にしてアケビを持ち上げて見せると、男もアケビ採りを手伝いながら、言葉を続ける。


「そうでしたか、こんな山の中で一人は大変でしょうに。

 近くに、小さいけんどおのれの山小屋があるんですが。

 良かったら、お迎えが来るまで、そこに居てはどうですか?」


 男の申し出は有り難かったが、見ず知らずの男の小屋へ上がりこむのも気が引ける。


「いんや、おら、この藁蓑さあればそこら辺でも寝られるで。

 ご親切に、どうも」


 そういって、やんわり断ろうとした小梅に、男は真剣な顔で諭すように話し出す。


「あの雲さ、見てくれませんか。

 ほら、黒っぽい雲が遠くに見えるでしょう?

 今の時期は、急な雨が降りやすい。夏の初めの雨の時期だ。

 今夜は雨になるで。

 雨の間だけでも、おのれの山小屋で雨宿りしていってくださいませんか」


 なぜこうも、と思わないでもなかったが、確かに遠くの空から黒くて重たそうな雲が近付いてきていた。


「へぇ、そんなら、少しだけご厄介になります」


 控えめに頷いた小梅に、男は大層嬉しそうな顔で山小屋へと案内してくれた。

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