第10話

「俺のせいや」


「私のせいよ」


 宿屋に戻った二人は、同じベッドに腰掛けていた。


「……。トカゲ、知っとんのか」

「えぇ…。右手の人差し指……。アイツ等の言う……討伐証明よね」


 ファムが膝の上で手を握りしめる。


「私はっ……トカゲに狙われているの……。私のせいでっ、私のせいでーっ!」


 膝の上で握りしめた両手に、大粒の涙が落ちる。


「ちゃうぞ。十中八九、俺が蒔いた種や」


 シドは、正面を向いたまま話し出す。


「俺はな、……殺し屋やったんや。トカゲのな」


「少し長くなる。聞いてくれるか?」


「…………ええ」




「言うてへんかったな」


 シドが右手を広げると、五指に五色の炎が灯った。


意思の力ご都合主義。俺のギフトや。俺のやりたいと思った事が全部出来る」


 炎が消えて、手を合わせる。広げた掌の間には、水球が浮かんでいる。パンっと手を合わせると水球は霧散して消えた。


「……。再生能力とかじゃなかったの?」


「まぁ隕石群を落とすとかはムリやけど、大概の事は出来んねん。正直、首輪の誓約もどうとでも出来んねんで」


「……えっ!?」


「……んで、殺し屋になった。金が沢山あたるんや。ウハウハやで。主にトカゲからの依頼を受けてたんや。証拠は何一つ残してない。何でも出来るからな」


「17ぐらいから二年間ぐらいか。沢山殺した。クズやろ? ……誰も俺が大量殺人犯なん知らへんねんで?」


「孤児院にな、セイラっちゅーのがおんねん。7歳ぐらいやな。ちょっとオドオドしてんの

やけど、可愛いいんやで? 俺に良く懐いててな。一緒に寝る言うねん」


「…………セイラの両親は俺が殺した。その両親は何やら悪どい事やってたみたいやけど、関係あらへん。セイラにとったら良い両親やったやろうし、それを引き裂いたのは俺や。……孤児が、孤児を作ったんや。アホやろ? 調子に乗ってて考えてへんかった。そこまでクズな事してると思うてへんかった。そこから依頼は受けへんようになった……」


「依頼を受けへんようになってからも、トカゲからの接触は何度もあった。全部突っぱねてたんや。でも、あちらさんも我慢出来ひんようになった……。それで今回の事件や。…………俺やろ! 俺を狙ってこいや! ううっ…………俺を殺せばええやろがー!!」



〈ぎゅっ〉

 ファムが、シドの頭を抱きしめる。

シドの頭を優しく撫でながら。



「……私の話も聞いてくれる? 地上に降りてから……数千年は経っているわね。魔物も人も、数えきれない程殺したわ。あなたの殺した数の何倍で効かないでしょうね……。襲ってきたとか関係ないわ。私も大量殺人犯よ。それこそ何人も孤児を作ってしまったでしょうね……。あなた以上に私はクズよ」


 幼子を、あやす様に。大事な物が壊れない様に。


「人の命は軽いわ。スラム街の道端で、子供が死んでいても誰も何もしない……。冒険者が帰って来ない事なんて日常茶飯事よね。それでもスラムの子達は生きなきゃならない。冒険者の妻も子も生きていかなきゃならない。……生きる事を諦めたらそのまま死ぬわ」


 涙でファムの胸元が濡れていく。でもそんな事はどうでもいい。


「残された者が死ねば、死んだ者は永遠に浮かばれないわ。生きる事で死んだ人の想いが生きるのよ。間違えてしまったなら、残された人を助ける……。それが償いよ」


「たぶん、シドだけのせいじゃないわ。私もトカゲに追われている……サヴァの森で奴らを見たはずよ」


「……。あぁ四人組だ。……殺したよ」


「ありがとう。そいつらは私を監視していたんだと思うわ。私は生まれ落ちるまで、数十年の時が必要なの。その間は硬質な魔法壁で覆われていて手出しが出来ない……。私が生まれ落ちたら、連絡を走らせる手筈になっていたハズよ」


「……ヤツらの目的は?」


「私の身体よ」


「!?」


「不老不死とは言わないけれど、私は何度でも生まれ変わるわ」


 シドの目を見て告げる。


「メフィス」


「トカゲを組織して、操っている人間よ。最早、人間かどうかさえも怪しいけどね」


「あいつは、その身体が朽ちる前に、間脳を移植して生き永らえているのよ。今のあいつは男か女かすらわからない……。もう五百年くらいは狙われているわ」


「……。その力があっても退けられへんのか?」



「あなただから言うわ。レイは闇属性の障壁で弾き返されるわ。少しは障壁を削れるけど、一度の戦闘で打てて数発……。植物魔法は攻撃の手段が無いの。そして、蓄積の鎖には、もう一つ機能があるの。【絶対防御】貯めた魔力を奪われない為ね。この身に危険が、迫ると自動的に展開される」


「今までは、滞在するのも危険な場所で生まれ変わっていたから捕らわれなかった。でも、奴らの勢力圏内で捕まば、研究されて、いつかは身体を乗っ取られてしまうかもしれない……」


「ずっと独り。全てに怯えて籠っていた……。死んでもまた最初から……。でも、あなたに会えて生きていたいって思えたの。あなたが私の全て……」


 ファムの目の瞳孔が開く。真っ直ぐ前を見ているが、どこを見ているのかさえわからない。


「あなたを傷つけたトカゲを許さない。私はクズよ。トカゲに家族が居ようと、どんな事情を持つ者が居ようと……全員殺すわ」


 シドが俯き、拳を握りしめる。

床には、赤いシミがじわじわと広がっていく。


「それと、シド。覚えておいて。あなたの大切な人が亡くなって、死にたい程の気持ちになっても、命を投げ打ったりなんかしないで。あなたは知らず知らずのうちに、他の人の大切な人にもなっているの。同じ思いをさせてはいけないわ。歯を食いしばって生きる。それが亡くなった人に返せる恩よ」


「……あぁ……。ありがとう……ありがとうファム」


 そのまま、二人は身を寄せ合い、

いつの間にか眠りについていた。

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