第5話

 苔むした屋根、赤煉瓦の外壁。古びた中にも手入れが行き届いており、老舗の雰囲気を醸し出している。


 情緒も礼儀も何も無く、シドは勢いよくドアを開けた。


「おう、ババァ!」


「!?」


「どうしたババァ?  会いたくて……プルプル?」


 震える店主、ステラが俯いている。


「シド、あんたぁ……」

 

 ステラが、テーブルの脇に置いてあったナイフを握りしめる。


「ひいぃっ!?」


「ちょっと行ってくるって言って、何ヶ月も音沙汰無し! さっさと金返しな! 一体、いくらの借金があると思ってんだい! ええーっ!!」


 震える手で、2000エインを出すシド。


「これ! と、とりあえず! 今はコレしかだ、出せへんねん!!」


 光の速さで2000エインを奪う。誰も目で追う事は出来なかった。


「シケた額出してんじゃないよ……。あんた、ロブと子供達には顔見せたのかい」


「いや、まだや……まだです。これからです」


「そこのあんた。……女だね」


「『!?』」


「ちょっとばぁさん、この子は『ああん?』何でもないです」


「シド、あんたは孤児院に行ってきな。この子は私が預かるよ」


「いや、でも……」


「あんたは孤児院。この子は私が預かるよ」


 シドは、心配そうにファムを見つめる。


「……私は大丈夫、大丈夫よ」


「ほら、この子もこう言ってる。早くロブのとこに行きな。後で迎えにきておやり」


「……マジで?」


「マジデ。ほら早く行きな」


 シドが歩きながら、チラチラとこちらを振り返る。


「なんだいアイツ! あんたにベタ惚れだねぇ! 見てみなよ! なんて顔して振り返ってんだい! ひゃっひゃっひゃっ!」





 シドが小さくなり、見えなくなった頃、ステラは振り向いてファムの目を見る。


「アンタも、アイツに惚れてるね?」


「!? そ、そんな事……」


「アタシにゃわかるよ! さっきの心配そうな目。目を見りゃわかる」


「!? そんな目なんて『大丈夫、大丈夫! 伊達にこんな歳まで、生き永らえてないんだよ! アタシにゃわかる』」


《押しが強すぎるっ!?……否定してもムダね……》


「さて、ここに来たのは借金を返しに来たんだったね。借金の事、シドには詳しく聞いてるかい?」


「賭博の借金ですよね?」


「まぁそれもある。でもそれだけじゃ無い」


「?」


「アンタは、アイツの彼女かい?」


「違います」


 秒で否定。


「そうかい。でもアタシの勘ではくっつくと思うんだけどねぇ」


「くっつきません!!」


「まぁ老ぼれの戯言さ。でもシドの側には居たいんだろう?」


「まぁ……はぃ」


「ひゃっひゃっひゃっ!……アンタに伝えておきたい事がある。少し時間を貰うよ」


 ステラは、店先にクローズの看板を下げ、

ファムを中に招き入れる。




「ブラックでいいかい?」


「はい。ありがとうございます」


「アイツは、小さい頃からコーヒーの匂いが苦手でね。私がコーヒーを飲むと、苦い顔して逃げてくんだよ。コーヒー恐怖症?そんなのあんのかい?」


「……さぁ」



「さて、あの子が女の子を連れて来たのなんて初めてだ。フードを被ったままの所を見るに、訳アリだね。でも、あたしゃそんな事を聞くほど野暮じゃない」


「……。ありがとうございます」



「さて……。どこから話そうか…………。

あの子が成人してからだから、十五歳ぐらいの時かね……。私の所に金を借りに来たのさ。珍しく神妙な面持ちでね。初めは断った。何に使うかわかりゃしない。でもね、土下座までして頼むんだ。私は折れちまって、5000エインを貸したのさ。その日の夕方に、泥だらけになったシドが向かいの肉屋でクルル鳥の丸焼きを買って帰って行った。そういう事が何度かあってね。気になって調べたんだ。何だったと思う?」


「賭博じゃなくてクルル鳥を? ……。わかりません……」


「その日はね、誕生日。孤児院にいる子は、みな拾われた日を【誕生日】というのさ。同じ孤児院にいる子達の誕生日だったんだよ」


「!?」


「8500エイン。クルル鳥の値段さ。朝、私に5000エインを借りて薬草採取に行き、そうだねぇ……薬草採取なんて、日に2000エイン稼げれば良いほうさ。手持ちと合わせて、8500エインの目処が立ったら帰って来るんだろうねぇ。そして私に見られない様に、コソコソと向かいの店でクルル鳥を買って帰る……」


「まぁ、たまに《コイツ賭博で使いやがったな!》って時もあったがね。ひゃっひゃっひゃ! でもわかってる。殆どは、同じ孤児院の子達の為さ。あの子は、この辺のババァ連中のネットワークを知らないのさ。筒抜けさね」


「……。そうだったんですか……」


「ババァ。返し終わるまでくたばんじゃねぇぞ。……その時の言葉さ」


「?」


「ちょっと前に、寝込んじまった時があってね。店も、一ヶ月ぐらい閉めちまった。あの子は、律儀に毎月返しに来ててね。その時も返しに来た。ババァそれ治んのか?ってしきりに聞いて来た。それまでは5000エインづつ返しに来てたのに、そん時から2000エインさ。少し震えた、泣きそうな目で渡してきたよ……」


「あの子は自分を、クズだクズだって言うけども、そんな事は無い。不器用で口から生まれた様な子で、アホな所もあるけども、ちゃんと優しくて真っ直ぐな子さ……」


「……。はい。知ってます」


「そりゃ良かった。ちゃんとあの子の良い所が伝わってるみたいだね」


「……。はい」


「あの子の事、宜しく頼むよ」

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