第34話 心の成長≠あたしの成長

 やはりあたしには分からないことが多すぎた。生きることとか死ぬこととさ。こんな話は誰かに相談出来るものではないしね。あたしが死にたがっているのではないかと勘違いされてしまうもうざいもの。


いやいや、いるじゃないか。なにを話しても絶対に話を他の人にも漏らさないし、あたしが言いたい放題言える友達でもなんでもない便利なヤツが。そう言えばここ最近まともに話をしてないな。たまにはかまってやろうかな。


お~い。出ておいで。あたしの可愛いデッド。ちょっと小馬鹿にした様な誘いの言葉にふてくれさて出てくるものかと思いきや、ヤツはとても堅苦しい顔色をしてあたしの目の前に羽をパタパタ小さく揺らしながら現れた。真剣、というよりは神妙な顔つきなのか。悪魔の表情は非常に読み取りにくい。


「優江。思っていたよりずっと元気そうだな。もっと泣いたり怒ったりして、またしばらく学校に行かなくなっちゃうんじゃないかって心配していたぜ。」


あたしは一瞬キョトンとした。だがすぐにヤツの言っていることの意味が分かった。悪魔がそんなことを気に掛けるなんて不思議なものだ。


「岳人のこと?ありがとう。すごく悲しいし、寂しい。よく思い出すよ。可愛かった笑顔もすねた顔も。たくさんのことをお話したことも。でもね。もっと悲しさに浸っていたいのにそれが出来ないんだよ。不思議だけどね。」


「優江の心が強くなったんじゃないのか。」


あたしは苦笑しながら言った。


「そんなことはないと思うよ。あたしの心は暗いまんま。理由もなくふさぎ込んだり、悲しくなったり不安になったり怯えたり。初めてあんたと会ったときからなにも変わってないよ。


でも心を閉じることが多くなってきたかな。岳人のことを思い出すと悲しくなっちゃうから思い出しちゃ駄目だよ、あまり考え事しちゃうと悲しくなっちゃうから駄目だよってあたしの中のなにかが、心を閉じるように指示しているような気がする。」


「それを心が強くなったって言うんじゃないのか?」


「ううん。だってちゃんと自分の心と向きあえてないんだもん。心が強い人は逃げ出したりしないよ。」


デッドは羽を少し折りたたんであたしの目の高さの位置から膝の高さまで降りてきた。


「そうか。じゃあきっと自分との向き合い方がコントロール出来るようになってきたんだな。心は昔のままでも優江の技が上達したんだよ。なんでも心のせいにしちゃ可哀想すぎるぜ。」


心のせいじゃなくて、あたしの心の扱い方の技の問題かあ。心だけが悪い訳ではないのだね。そう思うと少し気が楽になった。上手いこと言ってくれるね。


「なあ優江。今は色々大変なことが多いかもしれないけど、出来たらもっと笑っておくれよ。」


甘くて切ない声であくまは懇願する。そんな事言われてもあたしはマイナスの感情が強すぎててあまり笑いたい気分ではない。あたしがよく見せる笑いは殆どが作り笑いなのだよ。そもそもどうしてそんなことを言うの?


「オレ達デモンはさ、主が笑って幸せそうにしているのを見るのが喜びのひとつなんだ。誤解されることが多いけど、オレ達デモンは別に死期の分かった人間をあざ笑ったり、苦しんでいる姿を見て楽しんでいるわけじゃないんだぜ。ただ、寄り添って生きるようにそらに命じられているだけで。人間の表情は色々種類があって見ていると楽しいし、感心もする。だけどオレは人間の笑っている顔が一番好きだ。」


少し驚いた。あたしも勝手にデッドは陰であたしの不幸をせせら笑っているものだと思っていたもの。でも、そんな急に笑えって言われてもねえ。


「優江は果歩とか美羽とかと話しているときによく笑うじゃないか。話をするのが好きなのか?じゃあオレと楽しい話をしようぜ。」


あたまの悪い男子が気になっている女の子の気をひこうとしているような言い方で。ちょっと笑った。


「ほらほら!笑ってくれたじゃないか。なんの話にする。果歩や美羽の話も聞きたいな。それともあの亮ってやつの話にする?」


まるで悪びれた様子も無く、亮君の話をしようと言ってくる。まあ、悪気はないんだろう。全然悪魔っぽくない。だけど、これはちょっといいタイミングかもしれない。亮君についての話なんてこれまでしたことない。果歩ちゃん、美羽ちゃんにもいじられる一方で真面目に話したことなんてないものなあ。


「ねえ。進路相談のときにあたしを助けてくれた亮君ってちょっとかっこよくなかった?」


デッドも話が出来るのが嬉しいのか微笑んで、(悪魔の表情は読み取りにくいけどあたしにはそう見えた。)


「ああ。あれはいい男だな。突然現れたのは驚いたけど、あの堂々とした態度はかなりかっこいいな。」


「なんかね。前からいい人だなってくらいは思っていたんだけど、あのかっこよさを見て、ますます凄いなって感激しちゃったの。なんて言ったらいいのか、すごく近い存在にも思えるし、遠い存在にも思えるし。」


あたしはあえて廻りくどい言い方をした。自分の口から出すにはちょっと照れくさいあの言葉をヤツから引き出そうと思っていた。ヤツは細い腕を組みながら熟考してから答えたわ。


「うん。優江。それはオレの経験から言うと、人間がよくする恋というやつだな。」


そうそう!それだよ。あたしは自分の今抱えているこの気持ちが恋なのか愛なのかなんなのか分からずにいた。それを他人の口から答えを出してほしかったのだ。それにしてもその話し相手が悪魔とは、自分はつくづく寂しい存在だ。  


目を輝かせるあたしを見て、いい気になったようにデッドは続けた。


「きっと優江は亮に恋をしているんだ。今まで張り付いた人間達も何度も何度も恋をしてきた。オレには分かるよ。優江は亮に抱き締めてもらいたいのだろう。あたまを優しく撫でで欲しいのだろう。キスしたいのだろう。セックスしたいのだろう。」


「ちょっとちょっと。最後の方話が飛躍しすぎだからね。」


デッドはしれっと、


「そうそう。人間の女はみんな最初はそう言うんだよな。一緒に色んなことをしたいと思っているのにやけに体のガードが堅いんだよな。」


あくまはひとりで頷いている。


「キスとかそういうのはさあ、恋が続いて愛に変わったときにするものじゃないの?」


あたしは大した考えもなしに軽く答えた。するとデッドはしまったなあ、困ったなあという表情になって、


「ごめん。知ったかぶったってしまって。オレには人間の言う恋とか愛って気持ちが分からないんだわ。今まで一緒に過ごした人間全員に話を聞いたけど、みんなそれぞれ言っていることが違うし、なんだかオレにはピンと来ないんだ。」


あまりにも拍子抜け、そして期待外れだった。あたしもそれが分からないからデッドに聞いてみようと思ったのに。ため息を軽くついてこの会話をこう締めた。


「あたしが岳人に持っていた気持ちは愛。亮君に今もっているのは憧れ。それ以上でもそれ以下でもないよ。はい、この話はこれでおしまい。」


随分ぶっきらぼうに終わりにしたけど、それでいいのだ。どうせあたしには縁遠い話なのだから。死期の近いあたしは男の人に恋する暇も愛し合う時間も残されていないのだから。

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