ミステリアスなメイドと女主人が住まう幻影の世界

碧居満月

プロローグ

 ある朝のこと。県立海ヶ丘高校うみがおかこうこうに通う十七歳の杉浦美果子すぎうらみかこは聖堂へと赴いた。

 徐に観音開きの扉を開け、朝の陽光で明るい聖堂の中に足を踏み入れる。

 ところどころひび割れた、石造りの床。左右に並ぶ木製の長椅子。奥には主となる金色の十字架と祭壇。その両脇には白い像となっているジャンヌ・ダルクと、クリスティーヌ・ジュレスが、重厚な雰囲気をまといながらも勇ましく台座の上に佇んでいる。

 真剣な表情になるほどの決意と覚悟を胸に、しっかりとした足取りで聖堂の奥へと進んだ美果子は、甲冑に身を包み、勇ましく旗を掲げた等身大のジャンヌ・ダルクの像の前で立ち止まった。

「今の私に出来ることはもう、これしかないわ」

 そっと右手を伸ばし、面前に佇むジャンヌ・ダルクの像に触れる。

 次に、刃の先端が下に向いている剣の柄に両手を重ねて佇む、クリスティーヌ・ジュレスの像の前まで移動した美果子は、ジャンヌの像と同じく右手を伸ばし、凜々しい表情をしているクリスティーヌの像にも触れた。

「もしかしたら、私がここに来るのも、今日が最後になるかもしれない。ジャンヌ、クリスティーヌ、万が一、私の身に何か起きたら……その時は像から人間となり、私の代わりにこの町を護って」

 ジャンヌ・ダルク、クリスティーヌ・ジュレス、双方の像が見える位置に佇み、両手を組んで祈りを捧げると美果子は、足元に置いた旅行用のトランクを片手に聖堂を後にした。

 決断して聖堂から出たものの、とある場所へ向けて歩を進めるミカコの頭は不安でいっぱいだ。

 これから未だかつてない経験をするのだから、不安になるのも当然と言えば当然だが……それでも自分自身で決めたことなのだから、行かないと言う選択肢はない。

 万が一、私が元の世界に戻れなくなった場合は、聖神力せいしんりょくとひとつになった私の魂がジャンヌ・ダルクとクリスティーヌ・ジュレスの像に宿り、力を貸してくれる筈……柴崎さん、シュオンくん、ティオ。後は頼んだわよ。

 

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