第183話
金剛寺銀河が家に引きこもってから一週間以上。
自分だけに与えられたはずの能力が、いつの間にか失われていたショックから立ち直れずに、ずっと絶望に苛まれていた。
ベッドの上で日がな一日横たわりながら、ぼ~っと天井を見ているか、スマホでネットで外の情報を得ているかどちらか。第三者から見ればニートよりもダメな人間に見えることだろう。
けれど外に出る気は微塵も起きなかった。何せもうこの世界に転生した意味がなくなっていたからだ。
この世界――【勇者少女なっくるナクル】の物語は、正直に言って普通に死亡フラグが乱立するような世界なのだ。
今はまだ原作初期であり、第一期もまだ終わっていないだろうから原作に積極的に介入しなければ死ぬことはない。
ダンジョンブレイクが起こっても、ナクルたち勇者たちが何とかしてくれる。地球にいる者たちに大きな被害が与えられることはない。
だが原作が進めば話は別だ。いずれは大規模な戦いが、地球にも波及するような戦闘が繰り広げられることになる。その影響は凄まじく、モブたちが次々と巻き込まれてその命を散らしていく。
言うなれば妖魔たちとの全面戦争である。
それが勃発すれば、力を持たない一般人たちは成す術がない。つまり現在無能力者である銀河もまた一般人と同じく、あの戦争に巻き込まれて死ぬ危険性が高いのだ。
これまでは自分は選ばれた人間であり、自分だけの特異能力もあって、何が起きても軽く乗り越えられると踏んでいた。だから意気揚々とこの世界を楽しむことができていたのだ。
そしていずればヒロインたちの助けとなり英雄と呼ばれる存在になる。まさに主人公たる活躍だろう。
それが今はどうだ。能力を失ってただの一般人と化した自分が、この世界で生きていく意味があるのだろうか。
(俺は……特典をくれるって言うから転生を望んだんだ……)
特典さえあれば、この世界で価値ある人生を送れる。唯一無二の存在として、ナクルたちとともに勝ち組の道を歩む。この能力があればそれが可能だ。そう、思っていた。
それなのに今は、自分にはもう何もない。それなのに死亡フラグがある世界で生きていく意味なんてない。価値なんて見い出せない。
(戻りてえなぁ……こんなことなら元の世界で生きてた方がマシだったし)
元の世界でも輝いた人生を送っていたわけではないが、少なくとも命の危険なんてそうはない。起伏のない人生かもしれないが、平和な世界を満喫することはできる。
しかしこの世界では力こそものを言う。いずれ戦争が起きると分かっている世界で、力も持たない自分がどうして生きていきたいと思えるだろう。
だが自分で命を断つ勇気もない。怖い。一度死んだ身ではあるが、もう一度死ぬことに恐怖を感じないわけがないのだ。
次に転生できるとも限らないし、痛い思いをするのも嫌だ。だからこうして無気力に引きこもることしかできないのである。
「もうどうすりゃいいのかわっかんねぇ……」
自然と口から出た言葉。もうこのままずっと引きこもっていようかと思っていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
どうせまた親だろうと思い、扉に背を向けて気づかない振りをする。
無視していれば諦めるだろうと思い目を閉じていると、今度は扉を無理矢理開けようとする音が聞こえてきた。そんなことをする人物は、この家には一人しかいない。
「ちょっと、いい加減出てきなさいよね、銀河!」
「っ……うっせえな、またアイツかよ」
新しい人生で与えられた家族の一人。姉の金剛寺夜風である。
毎日毎日、こうして扉の向こうで騒ぎ立てる。正直いって鬱陶しいことこの上ない。
「銀河! 何があったのか知らないけど、甘えるのもいい加減にしなさいよね!」
「うっせえなっ! もう放っておいてくれよ! アンタには関係ねえだろうがっ!」
銀河の怒鳴り声が響くと、即座に静寂が訪れる。諦めてくれたのかとホッとしたが……。
――バキィィィッ!
凄まじい破壊音が聞こえてくると同時に、何が起きたのかと思い跳ね起きて扉の方を向くと、何故か鍵をかけていたはずの扉が開いていた。
よく見ると取っ手の部分が破壊されている様子であり、それを成したであろう人物は蹴り繰り出している格好をしている。
まさか花も恥じらうはずの思春期の乙女が、そんな乱暴な手段で扉を開けるなんて誰が想像しようか。
「ちょ、壊してまで入ってくんなよ! 何考えてんだアンタはっ!?」
凶暴過ぎる夜風に向かって不満を口にするが、そんな銀河をギロリと睨みつける夜風。その射抜くような視線に、思わず「ひっ!?」と怯えた声が出てしまう。
しかし足を下ろした夜風は、そのまま踵を返して去っていく。
「え……ええ?」
どうして何も言わずにいなくなったのかと混乱していると、すぐにまた姿を見せた。そしてその手にはトレイがあった。
「ったく、相変わらずきったない部屋ね。少しは掃除くらいしなさいよね!」
部屋には菓子の袋や空のペットボトルなどが散乱している。それを嫌そうな表情で夜風が見回している。
「ほら、これでも食べて元気出しなさいよね」
そうして彼女が差し出したトレイの上には、湯気を立ち昇らせる物体Xがあった。
「……何だよソレ?」
「ホットケーキよ」
確かにその面影はあるし甘い匂いもするが、崩れに崩れたお好み焼きのように見えてしまう。正直口にしたくはない。
「……作ったのか?」
「そうよ。このアタシがわざわざね。だからありがたく食べなさい!」
「いや……それ食べられんのか?」
「何よ! 今回は上手くできた方よ!」
この姉においては料理が超苦手なのだ。何故かいつもレシピ通りにしているのに失敗するし、普通に砂糖と塩を間違えたりする。いわゆるメシマズ属性がついているのだ。
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