第92話

「それにしても……どうやって千の呪いを解いたのかしら?」


 それは千疋もやはり気にはなっていたようで、真剣な目を沖長へと向けてきた。


「あー…………他言しないって誓えるか?」

「無論。我が身も心もすでに主様のもの。その御心に背くことは決してしませぬ」


 そう言いながら跪くので、その気持ちの重さに頬が引き攣ってしまったが、これはこれで安心できる要素でもある。

 これなら千疋に対してキツク言い含めておけば、本当に他言などしないだろう。問題はこのえの方だ。


「わたしも……千の主を敵に回すようなことは……するつもりはないわ」


 こちらはこちらで千疋がストッパーになってくれるか。ならば二人にある程度話しても問題ないかもしれない。もちろん正確な情報を伝えるつもりはない。だから……。


「……俺は、認識したモノを消すことができるんだよ」

「!? そ、それは真でございますかの!」


 声を上げた千疋はもちろん、このえも僅かに目を見開いていることから衝撃を受けているのは事実らしい。

 実際は回収して、再度取り出すことができるのだが、とりあえず回収までの工程だけを教えることにした。


「つまり……主様はワシの中の呪いを認識したことで、それを消すことができたと? ではあの時、ワシに触れたのは……」

「そうだ。目に見えないものでも、対象物に触れることでその対象のすべて、あるいは一部を消すことができる。もっとも俺が生物だと認識したものは消すことはできないけどな」

「そ、それは……とてつもないお力でございますな。いやしかし、さすがはワシが主と認めたお方じゃ。この胸の高鳴りは、まさに有頂天外!」


 ちなみに有頂天外とは、確か大喜びして我を忘れるといった意味だったはず。まあ自分が慕う相手が図抜けた力を持つ存在なのは誇らしいかもしれないが。


「……それが……あなたが授かった力……なのね」


 このえだけは、この力の原点を知っているはずなので、「まあな」とだけ答えておく。

 ここで〝転生特典〟という言葉を口にしないのは空気を読んでいる証だろう。

ということは、幼馴染の十鞍にも転生については話してないってことかもしれない。


「聞いて分かったと思うけど、この力は周りにとっては危険でしかない。だから他言は絶対にしないでほしい」


 二人から改めて了承を得て、とりあえず胸を撫で下ろしておく。


(回収の力だけでも教えるのにリスクはあるけど、これで二人がナクルを危険に巻き込む確率がグッと減ったことだけで良かったとするか)


 呪いがなくなったことにより、二人の目的は完遂された。すなわちもう〝ユニークダンジョン〟という迷宮を探して挑む必要がなくなったのだ。とすればナクルが巻き込まれる確率もほぼなくなったといえる。


(もしかしたら原作じゃ、十鞍と仲良くなったナクルが呪いを解くために奔走したってことも考えられるしな)


 そうだとすればガッツリ原作ブレイクを果たしてしまったが、それはそれで良しとしておく。


(ただ〝ダンジョンの秘宝〟は手にしておきたいってのはあるんだよな)


 理想が叶うというのなら、ナクルが危機に陥った時などにそれを解消することもできるということだ。所持していて損ではない。ただ、それはまたあとで考えることだろう。


「……けれど困ったこともあるわ」

「? 急にどうしたんじゃ、このえ?」


 沖長も、いきなりのこのえの発言に意識を向けた。


「〝ユニークダンジョン〟探し……お父様たちにも頼んでいるでしょう?」

「あ……そうじゃったのう」


 聞けば、この家の者たちと懇意にしている千疋を救おうと、このえのためにも彼女の父が〝ユニークダンジョン〟の探索に人員を割いているとのこと。

 しかしもう必要はなくなった……が、その理由をどう説明したものかと悩んでいる様子。

 何せ沖長が呪いを解いたことを伝えることは約束を破ることと同義なのだ。


「別に探索自体は任せておいてもいいんじゃないか?」


 そこで沖長はそのように提案した。そもそも探索したところで、挑むことができるのは選ばれた者だけだし、もしその居場所が判明すれば沖長は一人で挑むつもりだからだ。


「どうせダンジョンを見つけるには時間がかかると思うし、最近呪いが徐々に弱まりつつあるなどといったことを事前に親父さんに伝えておくんだ。そんでダンジョンが見つかるか、あるいはその前に呪いが失われたと言う」

「ふむ……弱まった理由はいかように?」

「それはどういった理由でもいいと思うぞ。何せ呪いなんて実際にかかる方が珍しいんだ。不可思議なものなんだから、誤魔化した内容でも経験者でもない限りは納得するしかないだろうしな」

「ククク、なるほどのう。どうやら此度の主様は姦計が得意なようで何よりじゃ」

「いやいや、別にこの程度姦計ってほどじゃ……って、此度? ……ああ、もしかして前の十鞍千疋が仕えてた相手がいるってことか?」

「元々十鞍というのは忍びの一族ですからのう。昔から権力者の草役を担っていたのですぞ」


 まさかここでも忍びという言葉を耳にするとは思わなかった。しかしだとすれば、あれほどの動きをしている理由にも説明がつくし。


(なるほど。主を持つことに抵抗がないのは、過去の知識が今の彼女に備わっているから、か)


 とはいっても沖長もまたどちらかというと、殿や将ではなくただの忍びだ。忍びに忍びが仕えるといった謎な関係になっているが、そこは気にしても仕方ないだろう。


(けどそう考えると、今代の勇者や候補生全員が忍びの血筋かそれに関係してる……何か理由があるのか?)


 まだ他の勇者や候補生たちに会っていないが、何かしらの因果があるのかもしれない。


(いや、あの赤髪は違うか。転生者はそもそもイレギュラーだしな)


 ダンジョンに挑むことができる存在は、勇者か候補生。あるいは沖長たちのような特別な〝ナニカ〟を有する者との話だ。

 忍びでなくとも、生まれつき身体能力が優れているとか、突出した才能があればダンジョンに入ることができるのかもしれない。


 そんな感じで思考を巡らせていると、誰かがこちらに近づいてきている気配に気づく。

 それは千疋も察したようで、襖の方へ視線を向けている。その直後だ。



「――――入るぞ、このえ」



 このえの承諾を待たずに、襖が勢いよく開かれた。





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