第90話

(…………………………マジかぁ)

 もしかしたらという考えもあったのだが、現在目前に現れている画面を見て、どうにか表情には出さなかった自分を褒めてやりたい。


S カースダンジョンコア(呪核・侵食済み)1


 これが表示されているということは、間違いなく千疋の呪いを回収することができたということだ。しかも……だ。


(!? おぉ、初めてのSランクじゃんか! ……あれ? 無限化……してなくない?)


 これまで回収してものの中での最高ランクはCまでだった。だからそれを大きく跳び越えたランクの物が手に入ったのは喜ばしいが、気になったのはその〝数〟である。


 それまでは回収すると自動的に無限数となり、いくら使用しても減ることはないという凄まじいバグが適用されていたのだ。


 しかし今回は――〝1〟。


 もしかして何かしらの修正が起こって、正常に戻ったのかと呪いを回収できたこと以上に衝撃を受けていたが……。


「これ、いつまでぼ~っとしとるつもりじゃ?」

「……!? あ、えっと、悪い悪い」


 千疋の声で現実に引き戻される。慌てて触れていた手を離し苦笑を浮かべた。


(とりあえず検証は後だな。今はこの状況をどうするか……)


 回収できたということは、千疋は呪いから解放されたということではなかろうか。それを確かめるには、例の呪いの痣を確認すればいいのだが、また見せてくれと言うのも変な気がしないでもない。 

 しかしどうやら千疋には自覚がないようだから、こちらが確かめるにはその痣を見るほかないのだが……。


 ここは一旦呪いを彼女へと戻して様子を見ることもできるが、呪いを受けた際に彼女は数日寝込んだという。呪いを戻すことで、再度苦痛を味わわせることになると思ったら気が引けた。


(……まあいっか。どうせあとで分かることだろうし、そうなれば疑われるのは真っ先に俺だからな)


 それに話の持っていき方では、自分の能力を細部まで伝えなくても良いはずだと考えた。


「えっと……驚かないで聞いてくれるか?」

「む? それは話の内容次第ではないかえ?」

「まあそれはそうだろうけど……」

「何じゃ。男ならハッキリとするがええ」

「……ああもう、分かったよ。……さっき見せてくれた胸元の痣があるだろ?」

「それがどうかしたかえ? ……! もしかして今度は触りたいとか言うのか? さすがにそれはこちらも少し照れ臭いのじゃが」

「ち、違う違う! つまりは、あー……それをもう一度確かめてくれないか?」


 当然その要求に対して千疋は怪訝そうな表情をぶつけてくる。それもそのはずだ。まったくもって沖長の意図が読めないからだろう。


「俺に見せなくてもいい。自分で確認してくれ」

「一体何がしたいんじゃ?」

「……頼む」


 沖長はそう口にするしかできないから、できる限り真面目な表情を見せた。すると千疋もどこか釈然としないながらも、そのまま胸元を開いて確認する。


(自分で確認してくれるだけで良かったんだけど……まあ、これなら俺も見ることができるし助かるか)


 そして千疋が、開いた胸元に視線を落とした直後に凍り付く。その反応で十分だが、沖長もまた自身の目で確認することができた。


(ん、どうやら解放されたみたいだな)


 そこには不気味な痣などない綺麗な肌が広がっている。


「……………」


 どうやら千疋はいまだに理解が追いついていないようで時が止まったかのように硬直したままだ。

 放置をすると永遠にこのままではないかと思うほど動かないので、「おーい」と声をかけた。


 するとハッとした千疋が、ペタペタと自分の胸元に触わる。とりあえずこれ以上は見るのは申し訳ないと思ったので沖長は後ろを向く。


「ど、どどどどどどどういうことじゃっ!? 何故痣が消えておるっ!?」


 ようやく復活した意識が感情を爆発させた。


「おーそりゃ良かったじゃないか。これでもう呪いに悩まされることはなくなったな」


 背中を向けながら気軽に言うと、慌てふためいていた千疋の動きが停止する。またも驚きで固まってしまったのかと一瞬思ったが……。


「……お主が…………お主が何かしたんじゃな?」


 明らかに震えた声音。それでも期待と不安が入り混じった感情のままに問い質してきた。


「さあ、どうだろうな。でもまあ過程なんてどうでもいいだろ。こればかりは結果がすべてってことで喜ぶだけでいいと思うぞ」

「っ…………!?」


 少しして、床を叩く小さな音が聞こえてくる。それはまるで雨水でも滴り落ちているような音だった。

 それが気になって様子を見てみてギョッとする。


 千疋の強く閉じられた瞳から、夥しいほどの涙が溢れており、それが頬を伝って床に落ちていたのだ。そしてそのままペタリと座り込むと、今度は号泣し始めた。

 その泣き声は建物中に響き渡るほどのもので、そこまで泣きじゃくるとは思っておらず、どうしようかとオロオロしていると――。


「――――千っ!」


 後ろから聞こえた声。その主はこのえだった。幼馴染の異変に気づいて慌てて駆けつけてきたようだ。

 そして泣き喚いている千疋を見て彼女もまた一瞬固まったが、すぐに駆け寄って「一体どうしたの?」と尋ねた。だが当然ながら、その傍にいる沖長が原因だろうとすぐに察したこのえは、射抜くような視線をぶつけてくる。


「あなた……千に……何をしたのかしら?」


 それまで無表情を貫いていたこのえだったが、眼光が鋭くなり明らかな敵意が滲み出ていた。



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