第88話

「か、身体を糸……に?」


 見れば確かに彼女の人差し指が少し削れたようになっており、そこから長く細長い糸がユラユラと流れ出している。

 すると糸が目まぐるしい動きを見せたかと思うと、


「はい……ハシゴ」


 その糸を自在に操りハシゴを模した形へと変化した。さらに――。


「次……ホウキ。……ちょうちょ。……これは……ゴム」


 両手を叩くようにしてビョンビョンと糸が伸び縮みするような感じを見せてくる。


(これって……あやとり……だよな?)


 前世で、自分の母の世代がギリギリ遊んだことがある糸遊びのことだ。簡単にいうと両手を使って糸で様々な形態を模していくのである。中には二人で行うものもあるらしいが、さすがに沖長は手を出したことがない遊びだった。


「えっと……それが何?」


 思わず眉をひそめながら聞いてしまった。だっていきなり古臭い遊びを見せられたのだ。何を伝えたいのかサッパリである。

 するとこのえが「今のは……ウォーミングアップ」と言い、どうやらこれから見せるものこそ彼女が沖長に伝えたいものだそうだ。


 様々な形に紡がれていた糸が、今度は一つに集束し……いや、物凄い速度で編まれていく。そしてそれは一瞬にしてある形へと姿を変えた。


「…………完成」 


 このえの掌の上にチョコンと乗せられていたのは、明らかに蝶だった。しかし先ほど見せたあやとりの〝蝶〟ではない。まるでぬいぐるみのように立体的で、とても美しい造形をした蝶であった。


 その今にも動きそうなほどのクオリティについ目を奪われていると、さらにギョッとする光景が目に飛び込んできたのだ。

 このえの掌の上から羽を軽やかに動かして空を飛遊し始めたのである。


「こ、これ……壬生島が操ってるのか?」

「……そうとも言うし……違うとも言えるわ。ほら、今は糸で繋がって……いないでしょう?」


 確かに先ほどユラユラと動かしていた糸は、彼女の指と繋がっていた。しかし蝶は本物のように単独で飛来している。


「一度意思を宿せば……あとはその意思に従って……動いてくれるのよ」


 つまり作ったものに、指示を込めることで自動的に遂行してくれるとのことだ。


「さらに……糸はわたしと感覚で……繋がっているの」

「感覚? ……それってもしかしてだけど、この蝶が見聞きしたものを知ることができるってことか?」


 コクッと頷きを見せてくれたが、そのあまりにも汎用性の高い能力に沖長は舌を巻く。


(てことは、こういうのを何匹も作ればあらゆるところに情報収集に行けるってことじゃないか。しかも自分は動かなくてもいいし、相手にも気づかれにくい。ああなるほど、この能力があるから羽竹にも気づかれずに俺のことを調査できたわけか)


 まさに諜報役としては他の追随を許さないほどの能力である。

 長門にしろこのえにしろ、そして自分にしてもだが、転生特典の凄まじさは筆舌に尽くしがたいものがある。いわゆるチートと呼んでも劣ってはいないだろう。


「この能力で……あなたという人物が……どういった人格をしているか……調べて……そして今に至るというわけよ」


 彼女が言うには、一応金剛寺も沖長の傍にいたから調査したが、自分とは反りが合わなそうだからすぐに会うのは拒否したようだ。同じ用にあの赤髪少年もそうらしい。 


「……なら羽竹は?」

「は……たけ? ……ああ、あなたとよく屋上で対話をしている彼……ね」


 そこまで知っているとしたら、会話の中身も聞かれてしまっているだろう。ただ彼女曰く、原作に積極的に関わろうとしていない時点で省いたのだそうだ。

 このえの計画において、ダンジョン攻略は必須。動きそうにない長門や、話を聞かず暴走するだけの残り二名は問題でしかないとのこと。


 つまり転生者であり、かつ比較的まともな思考を持っていて話を聞いてくれる沖長にコンタクトを図ったというわけだ。


「……ん? 俺のことはいつ知ったんだ?」

「四年前……ね」

「随分と前から調べてたんだな。ならもう少し早く接触しようとは思わなかったのか?」


 沖長の人となりなら、四年もかけずに調べられたはずだ。何故ここまで待つ必要があったのか。


「わたし……虚弱なのよ」

「は? ……虚弱?」

「今は……大分マシにはなってきている……けれどね」


 このえは生まれ時から虚弱体質だったらしい。特に強い刺激に弱く、人の何倍もの感性で受けてしまうとのこと。

 例えば強い日射しに十分も当たっているだけで倒れるし、激しい動きをすれば骨にヒビが入ったことも多々あるらしい。今は大分平気になったが、幼い頃は人の怒鳴り声などでもショックを受けて気を失うほどだったようだ。


(それは何とも……生き難いな)


 外に出れば強い刺激なんて吐いて捨てるほどある。都会なんてもっての他だろう。人は多いし、車の往来も激しく様々な音が飛び交っているのだ。そんな中にこのえのような人間が放り込まれて無事なわけがないだろう。


 またこの離れも、母屋では人の往来が激しいということで彼女の父がわざわざ建ててくれて住むことにしたらしい。


「……なあこの家ってその…………極道的なあれか?」

「……ビックリしたわよね。でも……いい人……ばかりよ」


 否定はしない……か。だがそうは言うけれど、刺激に弱い彼女にとっては住み心地は決して良くはないのではなかろうか。


(そんな体質なのに家が極道って……地獄じゃね?)


 何せいかつい連中が集まっているのだ。怒号だって鳴り響くことだってありそうだし、血生臭いことだって……。

 とにかくそういう理由があり、転生者として自覚してからも寝たきりや引きこもりが続いていたそうだ。


 それでも転生特典には興味があったようで使ってみたらしいが、それもまた刺激が強過ぎたのか高熱を発して数日寝込んだとのこと。

 つまりすぐにでも糸の能力を使ってあらゆる場所へ放って情報収集したかったが、残念ながら体質的にそれも叶わず、まずは身体を慣れさせる時間を要した。


 それでも蝶一匹程度なら五歳の時でも作って飛ばすことはできたので、外に出られない自分の代わりに街の散策に出して、その感覚を共有させて遊んでいたと彼女は言う。


 その最中で沖長を調査することになったが、会って話すにはやはり今の自分では耐えられないということで、結局原作が始まるまで時間がかかったというわけだ。



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