第75話
かつてそのダンジョンブレイクによって妖魔たちが地球へと侵入して来た時に、修一郎たちが対応したことは先ほど聞いた。
ただ一度ダンジョンブレイクが発生すると、それは日本だけではなく世界各地で起こる、いわゆる災害のようなものらしい。
一体いつ頃から地球はそんな未曽有の状況に苛まれていたのか、修一郎たちにも詳しいことは分からないとのこと。
しかし放置することはできない。何故なら妖魔は人間の敵であり、環境をも破壊するような存在なので、平和を維持するためには駆逐するしかない。
「じゃあ今も世界のどこかでダンジョンブレイクが?」
沖長の質問に対し、修一郎が「恐らくはね」と答える。
「でもそれほどの大事だったら世間でも有名な事件になってるんじゃないですか?」
「ダンジョンの存在は国家の重要機密らしいぜ。だからお偉いさんどもは、毎回毎回隠蔽するのに必死ってわけだ」
大悟がそう教えてくれたが、ナクルが「いんぺいってなんスか?」というので、隠すことだと沖長が教えると、「じゃあ何で隠すんスか?」と疑問を口にした。
「当然大騒ぎになるからだよ。だから一般人にはダンジョンや妖魔の存在は伝えられていないんだ」
「修一郎、もっとハッキリ言ってやったらどうだ? お偉いさんがダンジョンの存在を隠すのは、自分たちだけが美味しい思いもしたいからだってよぉ」
「大ちゃん、子供たちの前なんだよ!」
「フン、もうコイツらは当事者だろうが。ナクルに至っては勇者として覚醒してるんだ。そのうち奴らの汚い部分を知ることにもなるだろうよ」
「け、けど今そんな話しなくてもいいでしょ?」
「だったらいつすんだよ。それに話しときゃ、そう簡単にクズな大人に騙されることはねえだろうしな」
沖長はどちらかというと大悟を支持する。どんな情報でも事前に教えてもらっていた方が助かる。都合によってはそのための準備や覚悟だってできるし、知らないであたふたするよりはずっと良い。
しかしまだ十歳の子供に話すような内容でもないというトキナの気持ちも分かる。わざわざ大人の、とりわけ権力者の汚い部分を教えるには早いかもしれない。
どちらも自分たちのためを思っての言葉なので、どちらが正しいか間違っているかなどという論争は意味を持たない気がした。
二人がまた例の如くヒートアップしそうになったところを、ユキナの「二人とも?」という短いながらも威圧感を含ませた声音が飛び、一気に静寂さを取り戻したのである。妹のトキナはともかく大悟も、ユキナには真っ直ぐ反抗はできないらしい。
「まあ大悟が言ったことも一面では正しいかもな。ダンジョンには地球人にとって利益になるようなものがたくさんあるから」
修一郎曰く、ダンジョンには同一のものは存在せず、中には地球には存在しない物質があるとのこと。
食料、植物、鉱物など、人類の生活を豊かにできるものが存在するらしい。実際に日本でも何種類かダンジョン内から物資を持ち帰ることに成功しており、資源として活用しているとのこと。
当然それらは巨大な利益を生み国を豊かにする。その中で、当然そのまま得た利益を懐に入れる権力者だっているだろう。だからこぞって国の権力者たちは、ダンジョンの存在を公にすることを否定している。
この背景にはダンジョンに入ることができる者が限られているという現実にあるだろう。
仮に誰でも入れるのであれば、公益化した上で、そこから税収として確保した方が、より儲けは多くなるはず。
だが残念なことに、勇者やその候補生と呼ばれる者たちしか入れないとなれば、獲得できる利益もそれほど多くはないだろう。
つまりダンジョンから得られる利益は、現状高質ではあるが少量なのだ。ならその利益は、少数で分配した方が旨みは大きい。下手に公にすれば、その旨みを寄こせと飛びついてくる連中も増えるだろう。
(まあ、国が抱えてる大部分なんて、庶民は知らないことの方が多いだろうけど)
というより興味のある者など少ないのだろう。実際沖長も前世では特に気にしたことなどない。それなのに何か汚職が起きれば、政治家たちに攻撃が集中するのだから国民なんて現金なものだ。
「実際ダンジョンのことを知ってる人ってどれくらいいるもんなんですか?」
聞いてもあまり意味がないような気もしたが、どことなく気になったので聞いてみた。
「そうだね。国家運営に携わっている政治家のお偉方は知っていると思うよ。まあ中でも重鎮クラスだろうけどね」
つまり官職の重要なポストについている人物は認知しているということ。
「……だからさっきいらっしゃってた七宮防衛大臣もダンジョンのことを知ってたんですね」
「! 七宮さんのことを知っているのかい?」
「この国の防衛大臣ですから、名前くらいは」
とはいっても知りたくて知ったわけではない。長門から原作において蔦絵が重要なキーパーソンになると聞かされた時に、一応彼女の……七宮の家について軽く調べただけだ。まあ調べたといっても誰でも簡単に知ることのできる情報のみではあるが。
七宮恭介――まだ四十代という若さにもかかわらず、防衛省のトップである防衛大臣として辣腕を振るっている。防衛省といえば、国防を担う守護役だ。ダンジョンブレイク時には、当然対応における優先順位が最も早い機関であろう。
チラリと蔦絵を見ると、彼女は何を思っているのか目を閉じたまま黙したままだ。
「もう知っているかもしれないが、七宮さんは蔦絵くんの御父上だよ。ここに直接来た理由は、ダンジョンの発生を確認するためと……勇者を確保するためだね」
「だからナクルを預かるって言ってたんですね。でもよくナクルが勇者に覚醒したって分かりましたね。ダンジョン内での出来事なのに……。そういえば修一郎さんたちもどうやってナクルが勇者になったことを知ったんですか?」
「我々が知ったのは、その七宮さんが来訪して伝えてくれたからだよ。そして七宮さんは恐らく…………前もって知っていた可能性が高いね」
「前もって? どうやって知ったっていうんですか?」
もしかしたら早めにダンジョンから離脱した千疋と七宮恭介が繋がっていて、そこから情報共有を図っているのかと思ったがそうではないようだ。
「おい小僧、ちょっと前に籠屋について説明したことあったろ?」
そこでいきなり話しかけてきた大悟に全員の視線が向く。沖長は風呂場で一緒になった時に聞いた話を思い返す。
「あ~確か……籠屋家が昔国家の占術師だったってことですよね?」
「ああそうだ。そんで今も政治家どもは占術師を抱えてんだよ」
「…………もしかして」
「察しが良いな。国家が抱える現在の占術師。そいつはたった一人だけ」
「一人……」
「それが――――七宮恭介のもう一人の娘ってわけだ」
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