第73話

 ダンジョンとは、一定の周期で出現する領域のこと。そこでは妖魔と呼ばれる存在が生息し、外界――いわゆる地球に害をもたらすのだという。

 ダンジョンが何故生まれるのか、妖魔とは何なのか、果たして何のためにダンジョンが存在するのかなど現状不明なのだそうだ。


(原作を知ってる長門ならその解明もできそうだけどな)


 ダンジョンという存在があることは聞いていたが、それらの疑問に関する答えは知らない。原作でそれが語られているのであれば、長門に聞けば自ずと真実を知ることができるはずだ。


 そういえばダンジョンから出た後、長門からスマホに連絡が入っていたが、事情が込み入っていたこともあって返事ができていない。彼もこちらの状況がどうなっているかはやはり気になる様子だ。


「ただ分かっていることは、ダンジョンに住まう妖魔と呼ばれる存在が人間の敵だということ。それは実際に相対した君たちなら理解できているはずだ」


 修一郎の言葉に沖長たちは頷く。問答無用で攻撃を仕掛けたり、蔦絵を連れ去っていくなど好意的な相手とは到底思えないだろう。


「妖魔はダンジョンからこちら側へ侵入してくることも可能であり、過去もそれで多くの人間たちが被害に遭った」

「……もしかして修一郎さんたちは妖魔と戦ったことがあるんですか?」

「ああ、かれこれ十三年ほど前の話だけどね。ここにいる全員が妖魔との戦闘経験があるんだよ」

「じゃあダンジョンに入ったことも?」

「いいや、ダンジョンには入っていない。というより入ることができないといった方が正しいな」

「え? どういうことッスか? ボクたちは入れたッスけど……?」


 ナクルの言う通り疑問が浮かぶのは無理もない。蔦絵は知っているようで表情を一切変えていないようだが。


「どういうわけか、妖魔はこちら側に干渉することができるが、我々は向こう側に行くことができないようになっているらしいんだ。ただし、例外もある」

「例外……ッスか?」

「ああ。その存在こそ、ダンジョンの主――妖魔頭を打ち倒す力を持つ〝勇者〟と呼ばれる者たちだ」


 勇者――RPGなどでは有名な俗称だろう。魔王と対を成す正義の使者。それが一般的な理解だと思う。

 しかしこの世界での勇者とは、ダンジョンの主である妖魔頭を滅することのできる唯一の存在らしい。


「……? ちょっと待ってください。じゃああそこに入れた人は全員が勇者ってことですか?」


 沖長が当然誰もが気になるであろう質問を投げかけると、修一郎は軽く首を左右に振る。


「より噛み砕いていうならば、勇者とその候補生……だね」

「候補生ですか?」

「そう。これもまだ完全に解明はされていないが、勇者はもちろん、その勇者と最も近しい者や、何か特別な稀少能力を持った者をダンジョンは呼び込むと言われているんだよ」


 稀少能力と聞いてピンとこないわけではなかった。

 何せこちとら原作には存在しないキャラクターであり、なおかつ《アイテムボックス》という神から授かった力があるのだ。 


 そしてそういうことなら、あの赤髪少年が入って来られたことにも説明がつく。奴もまた沖長と同じ立場に在る者だから。


「しかし候補生とは別に、〝珍種〟やら〝稀少種〟と呼ぶ者もいたがね」

「候補生がそのまま勇者になった例はあるんですか?」

「少なくとも我々が知っている中ではたった一人だけ……かな」


 大人たちが互いの顔を見合わせながら頷き合う。


「……それじゃあ俺がダンジョンに入れた理由も、その勇者候補生だからってことですか?」

「元来、勇者とはどういうわけか女性が選ばれる傾向があるらしいんだよ」

「そうなんですか? じゃあ俺は……」

「だから風呂場でも言っただろう、少々難儀なことになったと。恐らく君は、君にも気が付いていない特別な何かがあるのかもしれないな。それこそダンジョンが求めてしまうような稀少な力が」


 ジッとこちらを観察するような眼差しを向けてくる。しかも修一郎だけでなく他の人たちまでもがだ。顔には出さないが沖長の背中にはじんわりと冷たい汗が流れている。


 チラリとナクルを見やると、彼女もまたチラチラとこちらを見ていた。蔦絵を生き返らせたことを知っている彼女からしてみれば、その力こそが特別な力だと思い込んでいるのだろう。ただ黙ってくれているので、本当に助かっている。


「蔦絵くん、ズバリ聞くが、どちらが勇者として覚醒したんだい?」

「…………ナクルです」

「やはり……か。七宮さんがナクルの確保を求めていたからまさかと思っていたが……」

「父が申し訳ございません」

「いや、君が謝る必要はない。それにこうなる可能性を考えていなかったわけでもないからね。ただ、本当にナクルや君が勇者とその候補生になってしまい驚きは隠せないけれどね」


 またも誰も喋らなくなる空気が流れ居たたまれない気持ちになってしまう。するとようやく修一郎が口を開き、今度はダンジョンからの脱出についての話になった。


「ダンジョンから脱するためには――」

「コアを破壊するか掌握するか、ですよね?」

「! ……そうか、蔦絵くんから話を聞いたんだね」


 沖長の先回りの回答に修一郎が見解を述べたが、沖長は「違います」と言って、ダンジョン内で遭遇した十鞍千疋のことを話した。

 すると修一郎だけでなく、大人たちがこぞって怪訝な表情を浮かべたのである。


「本当にその子は十鞍千疋と名乗ったんだね?」


 修一郎の問いに沖長が「間違いありません」と答えると、他の二人も賛同した。


「そうか……彼女はいまだに囚われたままなのだな」


 何やら重苦しそうな言葉を吐いた修一郎に対し説明を求めるが、それに答えてくれたのはユキナであった。


「十鞍千疋……彼女は――――十三年前にも勇者をしていた人物なのです」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る