第35話

「やれやれ、どうやら向こうは手段を選ばないことにいたようだね」


 助っ人少年が呆れた声音で冷静に口にした。

 つまりは今までと違い、勝也の時と……いや、それ以上のラフプレーを行っているらしい。


 ストリートといえど、ちゃんとした審判がいたら間違いなくファールだろうが、それを追及したところで証拠が無い。どうせ白を切られる。


(相手はあと2ゴール。こっちは1ゴールだけど……このままだとマズイな)


 銀河は最早独走状態。相手のラフプレーにキレてしまって手に負えない。こうなったら助っ人少年と二人で何とかしなければならないのだが……。


「何? こっち見て。もしかして僕に何とかしろと言うつもり? そこまで求められても困るんだけど?」


 視線だけでこちらの要求は伝わったようだが、どうも乗り気にはなってくれていない。


「じゃあ聞くけど、何で介入してきたんだ? 俺たちが負けようがお前には関係ないと思うけど?」


 それは核心に迫る質問の一つ。さあ、どう答えるか。


「……確かめておきたかったんだよ」

「確かめる? 何を?」

「僕自身の能力の正確さ……かな」

「能力の正確さだって?」


 一体何を言っているのか。彼が一体どんな能力を使ったというのか分からないので何とも言えない。


「それはバスケに関して……ってわけじゃなさそうだよな?」

「さあ、それはどうかな」


 ここで誤魔化してくるか。なかなか食えない奴だ。しかしこれでほぼ確信が持てた。


(コイツも転生者……だろうな)


 その態度もそうだが、言葉遣いや理解力も六歳児のそれとは思えない。わざと難しい言い回しを何度かこちらがしてもちゃんと理解していた様子だし。

 ただ、それは向こうも同様かもしれない。おバカな金剛寺ならともかく、賢そうな少年のことだ。こちらがいろいろ仕掛けたことにも気づいたかもしれない。


(つーことは、能力って言ったのは転生特典のことか? けどそんなものいつ使ったんだ?)


 試合中に観察していたのは何も上級生たちだけではない。さり気なくではあるが、少年に対しても注意を向けていた。しかしながら彼が何か能力を使ったように思えなかったのだ。


「ああ、それともう一つ確かめたかったことがあった」


 続いて何か情報をくれるようで、つい興味津々に耳を傾けることになった。


「君たちの〝在り方〟ってやつをね」


 また難しい言い回しをするものだ。自分が六歳児にしてはおかしいことを言っている自覚はあるのだろうか。それともわざと……か。


「まあ僕の目的は一応達したから、悪いけれど勝負についてはどうでもいいんだよね」


 これでは実質沖長一人で何とかしなければいけない状況だ。

 暴走状態の銀河と、やる気のない少年。どちらもこちらの言うことを聞いてくれない以上は。


(俺も力を使えばまあ……勝てるだろうけど)


 ただリスクもある。こんな大勢の目がある中で行うと、誰かにバレる危険性が高い。それに一番はこの少年の前でやることだ。恐らく警戒しているであろう彼の前で何か違和感のあるようなことをすれば、それが沖長が起こしたことだと追及されかねない。


(向こうも俺のことを転生者だと判断してるって思って行動しないとな)


 転生者だとバレたとしても、最悪能力さえ隠せれば何とかなる。向こうだって転生者なのだから、持ち札は同じになるだけだ。故に立場は五分。しかし能力がバレれば向こうにイニシアティブを取られる可能性があるので、それだけは避けたい。


(まあ最悪……手段がないでもないけど、あんまり使いたくはないしな)


 しかしどうしても必要だと判断したら、たとえ誰に咎められようが最終手段を使うつもりである。もっとも相手が本当に自分に害がある存在だと認めた時限定ではあるが。


「……ねえ、そんなに勝ちたいの?」

「え? ……まあ無駄遣いはしないに越したことはないし。何より……アイツらに腹が立つのは事実だしさ」


 その言葉を受けて少し考え込む少年だが、銀河がまたも一人で試合を初めてしまったので、会話は一旦中断することになった。


「こ、金剛寺! だから一人だけで突っ走るなって! パスしろ!」

「うっせえ! お前は黙って見てろ、札月!」


 やはり銀河はダメだ。何とか無理をしてでも銀河からボールを入手しないと。

 そう考え沖長は銀河に向かって駆け寄るが――。


「おっと、てめえは行かせねえよぉ?」


 目の前に武太が立ちはだかった。


「さっきの作戦、考えたのてめえだろぉ? おいたはもう終わりだぜ、クソガキィ?」


 経験年齢でいえばコイツの方がクソガキなのだが、これでは銀河の方に行けない。そうこうしている内に、また銀河はラフプレーによってボールを奪われしまい……。


「よーし、これであと一本。もう勝負は見えたなぁ」


 武太が愉快気に笑う。もう完全に勝利を確信している顔だ。


「グフン。やっぱてめえらガキはこうでないとなぁ。てめえらはただ俺様のカモでいればいいんだよぉ。弱肉強食って言葉ぁ、覚えて帰りやがれぇ。グッフッフッフッフ!」


 本当に小学生かと思うほどの下卑たような笑い声に対し、銀河はさらに怒りのボルテージを上げ、やはり次も自分一人だけで戦おうとボールを拾おうとする。


 だが――その時だ。


 ボールをサッと拾い上げたのは銀河ではなく、助っ人少年だった。


「お、おい! 何すんだよ、ボールを寄こせ!」


 当然噛みつく銀河だが、少年は眼鏡をスッとずらすと、その細い目をさらに細めて銀河を見返した。


 すると少年が何か小声で言ったあと、銀河はどういうわけか、ぼ~っとし始めたかと思ったら、ゆらりゆらりと身体を揺らしながら「……もう帰る」と呟き、そのままコートを出て行ってしまったのである。




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