第32話

 突然現れた沖長たちと同年代の少年。


 黒髪のおかっぱ頭で眼鏡をした見た目は大人しそうな雰囲気だが、その目つきは細くてまた吊り上がっていることもあり鋭く見えてしまう。ただ顔は整っているので、成長すれば少し陰のあるイケメン男子になる気がする。

 そんな少年が、沖長と銀河に対し視線を向けた。


「何だよ、お前。関係ねえ奴は引っ込んでろよな!」


 やはりとばかりに噛みつく銀河。だが少年は表情を変えることなく、銀河の傍によると小声で彼に何かを言った。銀河の呟きなら聞こえたのだが、雑踏の中であり少し距離もあったことから沖長には聞き取れなかった。


 少年の言葉を聞いた銀河は「お、お前まさか……っ!?」と信じられないといった面持ちだが、少年の「だから安心してもいいと思うけどな」と続けて口にすると、銀河は少し考え込んだあとに「分かった」と了承した。


(おいおい、あの金剛寺が素直に認めた? あのガキんちょ、アイツに何言ったんだ?)


 脅した……というわけではなさそうだ。もしそうなら単純な銀河はさらに激昂するはずだから。まるで互いの利害が一致したような感じである。

 そして今度は、沖長へと少年の視線が向けられた。


「で? 君はどう?」

「はい?」

「時間を無駄にしたくないんだから察してほしいな」


 ……なるほど。コイツはコイツでムカつく性格をしているらしい。


「つまり、チームメンバーに入ることに異論はないかってこと?」

「異論? …………まあ、そういうことだね」


 異論という言葉に引っ掛かりを覚えたようだが、追及はしてこなかった。そしてそれは沖長もまた同じ。


(…………コイツは……)


 しかしそれを確かめるのは今ではない。とりあえずこの状況に結果を出してからだろう。


「いいよ。勝也も、それでいいよな?」

「お、おう……何だかよく分からねえけど、たのんだわ」


 こうして外から来た謎の小学生を加えて三人のメンバーが揃った。


「よっし! このチーム銀河がお前らの相手をしてやるぜ!」


 いつからそんなチーム名になったのか。まあ即席だしこれっきりだから別に構わないが。

 武太たち上級生たちは大げさに肩を竦めて笑みを浮かべる。明らかに自分たちの敗北を微塵も想像していない顔だ。それもそのはずだ。いくらメンバーを集めたところで、どう見ても下級生である沖長たちが勝てるわけがない。

 それは周りにいる野次馬たちもそう思っているだろう。


 そんな中、先手は沖長たちで試合が始まった。

 ボールを持っているのは銀河だ。彼はそのままゴールへ突っ切ろうとしたが、そこに上級生の一人が立ちはだかる。銀河は鬱陶しそうに脇を通り抜けようとするものの、上級生も素早く対応して足を止めさせた。


「ぐっ……邪魔すんな!」

「威勢がいいな、ガキ。ほれ!」


 隙を突かれボールを弾かれてしまう。ボールはそのまま転がり助っ人少年が拾い上げた。

 上級生はマークに行くわけでもなく、余裕を見せながら「さあ来いよ」とだけ口にしている。だがそれが油断だった。


 まだ結構ゴールから離れているにもかかわらず、助っ人少年はシュートホームを取る。皆がギョッとしたがもう遅い。

 少年の手から放たれたボールが、そのまま真っ直ぐゴールへと向かい――シュパッ!


 見事美しい音を響かせて通り抜けたのである。


「「「「んなぁっ!?」」」」


 上級生たち、いや、彼らを含めて野次馬や銀河もまた同時に声を上げた。

 そして愕然として少年を見やる者たちに、少年は一言を突きつける。


「油断大敵だよ、お兄さんたち」


 まるで漫画の主人公のようなセリフに、ちょっとカッコ良いと思ってしまった沖長。


(やるなぁ、アイツ。しかもスリーポイントラインからなんて)


 助っ人少年の腕前に感心していると、ハッとした銀河が上級生たちに向けて高笑いをする。


「ハッハッハ! どうだチーム銀河は! まさに作戦どーりっ!」


 いつそんな作戦を立てたのかと言いたいが、ナクルが見ている手前、少しでも自分を大きく見せたいのだろう。


「フン、たかだか3Pシュートをまぐれで入れただけだろうがぁ」


 そう武太が言うが、銀河はニヤリを勝者の顔を浮かべる。


「いーや、これで俺らの勝ちだぜ! 何せ三点取ったんだからな! こっちが三点取れば勝ちなはずだ!」


 一瞬上級生たちがポカンとするが、すぐに大笑いして銀河が「何がおかしいんだよ!」と叫ぶ。


「あのなぁ、銀髪のガキィ、俺の話をちゃーんと聞いてなかったのかぁ? まだ勝負は終わってねえんだよ」

「は、はあ? 何を言ってやがんだよ?」


 困惑する銀河をよそに武太は呆れながら頭を横に振っている。

 どうやら本当に分かっていない様子なので、仕方なく沖長が説明してやった。


「金剛寺、アイツらの言ってることは間違ってないぞ」

「あ? どういうことだよ、札月?」

「いいか、アイツらは俺たちが3ゴールを決めたらって言ったんだ」

「そうだぜ。だから三点決めたじゃねえかよ!」

「よく聞け。三点を取っても、それはただの1ゴールだ」

「…………はい?」

「アイツらは得点……三点を取ったらなんて言ってない。3ゴールを決めたらって言ったんだ。だからいくら3Pを決めようが、あと二回ゴールしなきゃ勝ちにはならないんだ」

「………………! そ、そういうことかぁ!」


 どうやらやっと理解してくれたようだ。


「はぁ……何て頼りにならないチームリーダーなんだか」


 助っ人少年が大げさに溜息交じりに言うと、銀河は顔を真っ赤にして「何だとこらぁっ!」叫ぶ……が、少年がナクルの方を指差す。


「いいの? あんまりバカなことをしてると好感度が真っ逆さまだけど」

「うっ……くっ…………お、俺はこっからだ! こっからは全部俺が点を取ってやんよ!」

「はいはい。期待してるよ、リーダー」


 助っ人少年も銀河の扱いが分かっているようだ。


(やっぱりコイツ、普通じゃないねどうも)


 少年に関して抱いていた疑心が確信へと変わった瞬間だった。



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