第30話

 ――日曜日。


 午前中はナクルの家で古武術の修練を行い、午後一時過ぎには前から約束していたバスケをしにいく。

 結構体力は使ったはずだが、身体を休めながら昼食を取るとすぐに回復したので、これなら存分にバスケでも活躍できるだろう。


 またナクルも、前回と同様に友達を連れて応援に行くとのこと。準備があるからと、沖長は一人で先に向かうことになった。

 この地区には【グラウンド・ワン】という施設があり、その巨大な敷地内には様々なスポーツを楽しめるエリアがある。


 ボーリング、ダーツ、ゴーカート、テニス、フットサル、バッティングセンター、パターゴルフなどのエリアの他に、フードコートやカラオケなんかもあって、休日は特に家族連れは多い。


 そして一番端のエリアには、ストリートバスケのエリアがあり、その面積も広くて大人気となっている。

 ちなみにキッズたちが使うミニバスケエリアが目的だ。三つのコートがあるが、日曜日は活用する子供たちも多く、結構待たされることもある。 


 ただ待っている間に、他のスポーツを楽しんだりできるので時間の無駄にはならないのだ。前回も予約をした後に、勝也たちとストラックアウトをして遊んだのを覚えている。

 今日も恐らく待ち時間はあるだろうし、その間に何をしようか思案しながらミニバスケエリアに向かっていると、そこに人だかりを発見した。


(今日は以上に盛り上がってるなぁ)


 そう思いつつ中を覗いてギョッとする。

 何故なら勝也と他二人の同年代の子たちが、すでにミニバスケをしていたからだ。いやそれだけなら別段驚くこともない。驚いたのは、彼らが相手をしている連中のこと。


 勝也たちはまだ小学一年生であり、その身体も小さい。それに対して、相手は一回り以上も大きいのだ。明らかに上級生。もしかしたら中学生くらいはあるかもしれない。

 フィジカルも技術も段違いであり、せっかくボールを所持した勝也たちが、ほぼタックルに近い形でボールを奪われゴールされている。


 タックルをされた勝也たちは簡単に吹き飛んでしまっていた。あれでは勝負にならない。

 しかもそれを誰も咎めることもなく観戦している始末。

 沖長は吹き飛ばされて転倒した勝也に駆け寄った。


「勝也、大丈夫か?」

「くっ……お、沖長?」

「何でこんなことになってんだ?」


 当然の疑問を口にする。上級生と対決するなんて話は聞いていない。

 もちろんここはフリースタイルだから、こういった対決も可能だし、双方合意の上ならばハンデも無しである。しかしどう考えても、上級生は下級生に対してやり過ぎのように思えるし、今もこちらを見降ろしてニヤニヤしていた。


「あ、あいつら……わりこんできやがって……よ」

「はあ? そんなの職員にでも言えばいいだろ」

「そ、それが……」


 初めは別の組が遊んでいた時に、あの三人がやってきたらしい。そこでその組に今すぐ順番を変われと言ったが、当然断られた。すると今度は、自分たちと試合をして勝てば利用料を全部払ってやると言ったのだそうだ。


 自分の小遣いが浮くと思った下級生たちは、素直にもその提案に乗ってしまったという。しかしどう考えても様々な要素で上手の上級生の勝利は揺るがなかった。

 それだけなら良かったが、連中は下級生たちをまるでサンドバックを叩いて遊ぶかのように、わざとファールギリギリを攻めたり、口で罵ったりしてフェアプレーにあるまじきことをしてきたらしい。


 ただ、互いに試合を合意した以上は何も言えずに、上級生の思うがまま好き勝手にやられていた。それを見た勝也が怒り、今度は自分たちが相手だと奮起。

 けれど今度は向こうが条件を出してきた。勝也たちは一点でも取れば、勝也たちの利用料分も払ってやるが、逆にゼロ点なら自分たちの利用料を払えというもの。

 それに勝也たちは、一点だけならばと乗ってしまったわけだ。


(……なるほど。それがコイツらのやり方なんだろうな)


 恐らくはあの連中、こういうことは初めてではないのだろう。最初は利用料を払ってやるからと利を示す。そうしてボロボロにしてやれば、相手は諦めて逃げ出すか、勝也たちのように血気盛んな下級生たちが挑んでくれば、今度は負ければ金を出せと条件を出す。


 相手が逃げ出すなら、そのまま待ち時間関係なく制限時間一杯まで遊ぶことができ、勝也たちのような連中がいれば無料条件をゲットできる。


(まだガキのくせに、ずいぶんと悪知恵が回るもんだな。ていうか勝也たちにも非があったとて、それでも職員を呼べば何とかなると思うけど)


 そこは男子のプライドということなのか。負けた上に大人を頼るのは恥ずかしいのかもしれない。


(周りの連中が動いてくれたら一番だが……世知辛いなぁ)


 他人のために動いてくれるような者たちが少ない。相手が小学生とはいえ、あんな乱暴者に目をつけられたくないということなのかもしれない。それはそれで悲しい性ではあるが。

 すると耳を澄ませば、連中の噂を聞くことができた。


「アイツら、ここにも来るのかよ」

「最悪ぅ。前は隣町でも暴れたみたいだしぃ」

「何でも金持ちのボンボンがリーダーなんだってよ。金持ちなら何してもいいってのかよ」

「おい、聞こえるぞ。目を付けられると面倒だぜ」


 などなど、やはりあの連中は相当厄介なガキどもらしい。それと中学生ではなく、小学六年生とのこと。それでも上級生には変わらない。


「とにかくもう止めとけ。どうせ利用時間が過ぎれば使えるようになるんだから」

「…………くそ」


 それでも一方的にやられたのが悔しいのか、勝也は拳を震わせている。


「おいおい、もう終わりか? まだ時間はあるぜ? このままだとこっちの利用料は払ってもらうけどな」


 連中の内の一人が優越感を隠しもせずに言ってくる。


(ああそうだった。負けたら勝也がコイツらの利用料を払わないといけないんだったな)


 けれどこのまま勝也が立ち上がっても勝ち目はない。他の二人もすでに意気消沈して……いや、いつの間には逃げていなくなっていた。何と冷たい奴らである。しかしこれでは勝也一人で奴らのために金を出すはめに。


「なあどうする、武太くん? あっちはもうやる気ねえみたいだけど?」


 武太と呼ばれた人物は、三人の中で一番恰幅の良い男子だ。その名の通り〝ブタ〟に相応しいルックスである。他二人は細身の上、試合は専らその二人が動いていた。ただ指示は武太が出していたので、アイツがリーダーなのだろう。


「ブフン、金さえ出すなら別にいいぜぇ。その方がこっちも疲れねえしな」


 疲れるのが嫌なら、そもそもこんなところに来るなと言いたい。


「…………幾ら?」


 沖長が立ち上がって、武太たちに向かって尋ねた。


「なっ、お、おい沖長!」

「いいから黙ってろ、勝也」

「で、でも!」

「お前、アイツらの分のお金、持ってんのか?」

「それは……」


 俯く態度だけで十分だった。どうやら勢いで突っ走ったようだ。負けた時のことを考えないのは子供だから仕方ないと言えば仕方ないが。


「ブフン、お前が払ってくれんのか?」

「いいよ。それで幾らで――」


 ここは穏便に事を治めようとしたその時だ。


「――――待てっ!」


 その場で最も聞きたくなく声音が沖長の耳朶を打った。




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