第28話

「……勝負? 何それ?」


 クラスメイトたちが注目する中、銀河は自信ありげな笑みを浮かべながらそれを口にする。


「男の勝負だっ!」


 こちらが聞いているのは何でそんなことをする必要があるのかということ。しかも男の勝負とのたまうが、内容すら不明とは呆れてしまう。

 ただ、宣言したあとにニコッと輝くような笑顔を銀河が見せると、周りの女子たちが彼に向かって黄色い声援を送る。一体女子生徒たちはどうしたというのか。


 確かにイケメンではあるが、ナクル以外のほとんどが心を奪われている現状は些か不気味としか思えない。まるで何か催眠術にでもかかっているかのようだ。


「……バカバカしい。ナクル、帰ろっか」

「はいッス!」


 ナクルも相手にするつもりはないようで、ランドセルを背負うと隣にやってくる。そのまま二人並んで歩き出そうとするが……。


「…………どいてくれない?」


 星クズ少年が立ちはだかる。


「もう! じゃましないでほしいッス!」


 さすがのナクルも黙っていられないようで、口を尖らせながら言い放った。


「うっ……じゃ、邪魔なんてしてない! 俺はただナクルのために!」

「ボクのためにって何ッスか! ボクはオキくんといっしょに帰りたいのに、じゃましてるのはそっちじゃないッスか!」


 ナクルの正論に対し、一瞬気圧される銀河だがそれでも諦めない。


「いいや目を覚ませ、ナクル! お前はそいつに騙されてんるだよ! そうだ、そうに違いない!」

「むぅ、そんなことないッス! オキくんはとってもやさしくていい子ッス!」


 ナクルがそんな風に思っているなんてどこか気恥ずかしい。自分はただナクルを妹分として可愛がっているだけなのだが。


「うぐっ! ……一体どうなってんだよ……マジでコイツ誰なんだ? 俺がまだやってなかったゲームに出てきたキャラとかか?」


 だからブツブツ言おうがこちらは聞こえているのだ。


(ゲーム……ね。じゃあ原作はゲームなのか? それともアニメが人気になってゲーム化したのか?)


 憶測はできるが、少なくともゲームが出ていることだけは分かった。それも恐らくは複数。ということはかなりの人気作だった可能性が高い。


(俺もゲーム好きだったし、RPGだけじゃなくいろいろ手を出したけど、ナクルが出てくるようなゲームは知らないよなぁ)


 当然すべてのジャンルを網羅したわけではないし、好きなRPGにも知らないゲームは存在する。だから沖長が知らないのも無理からぬこと。


「と、とにかくナクルはこっちに来い!」


 口では勝てないと察したのか、焦ったようにナクルを腕を握った銀河……だったが、


「触らないでッス!」


 相手が悪かったと言うしかない。

 ナクルはこう見えて古武術を習い続けているのだ。普通の女の子だと思って甘く見ると痛い目を見る。


 その証拠に、銀河はナクルによって投げ飛ばされてしまった。


(今のは確か空気投げだったけか?)


 柔道にある技であり、足を掛けたり背負うことはせず、手の崩しだけで投げるのだ。かなり難易度の高い技であるのだが、ナクルはいとも簡単に繰り出してみせた。

 銀河は「ぐへぇ!?」とカエルが潰れたような声を上げて床に叩きつけられている。


「……! あ、ご、ごめんなさいッス!」


 ナクルも反射的に起こした手段だったのか、慌てて銀河の心配をする。やはりナクルは優しい子だと感心する。

 しかしその時だ。


「――大丈夫。そんな奴に謝らなくていいから」


 そんな声とともに教室へ入ってきた一人の女子生徒がいた。

 一気に場がざわつき始め、特に男子たちがそのあまりの可愛さに見惚れてしまっている。


 といっても沖長は、その女子生徒のことを知っていたし見惚れるほどロリコンではない。間違いなく可愛いとは思うが。


「……っ!? あ、あああ姉貴!?」


 銀河がその女子生徒を見て愕然とする。

 そう、登場したのは彼の姉。名前は……そう言えば知らない。


「アンタ、やっぱりまた騒ぎを起こしてるのね」

「な、何でここにいるんだよ! ここは下級生の教室だぞ!」

「授業中ならともかく今は放課後だし。昨日も言ったでしょ。アタシは美化委員なの。放課後に定期的に学校内を見て回る仕事だってあるのよ」


 なるほど。委員会というのは前世の時もあったけど、なかなかに面倒そうだ。必ず何かに入らなければならないのであれば、できれば自分の時間をあまり削らない、あるいは利点の多い委員会に入りたい。


 図書委員とか保健委員なら何となく楽そうだし、いろいろ回収もできそうなので推奨である。


「でもやっぱりここに来て正解ね。大きな粗大ゴミがあるし」

「だ、誰が粗大ゴミだよ!」

「アンタよ、ア・ン・タ! また人様に迷惑かけて! もういい加減にしなさいよね!」


 そう言いながら銀河の耳を引っ張り上げ、彼はその痛みに顔を歪めている。


「アンタはこれからアタシの仕事を手伝いなさい。ううん、アタシが卒業するまで放課後はずっとね」

「ふ、ふざけんな! 何で俺がそんなことを――」

「ああん?」

「い、いや……だって……お、俺にだって用事があったり……」


 どんどん語気が弱くなっていくのが分かる。


「いいからお姉さまの言うことは聞くの。それが弟の使命なの。生きがいなの。運命なの。分かった?」

「そ、そんな理不尽な……」


 沖長もそう思うが、心の中では「いいぞ、もっとやれ」と姉を応援している。


「文句あんの? ああ?」

「…………分かりました」

「ん、素直な子は好きよ」


 そう言いながら銀河の頭を軽く撫でる。そしてその顔が彼からこちらへと向く。


「あなたたちはあの時の……ね。何度もごめんね、このバカが」

「え? あ、ボ、ボクは大丈夫ッス!」

「あは、確かにそうね。コイツを投げ飛ばすくらいだもん。あなたは何もされてない?」


 今度は沖長に尋ねてきたので、「問題ありません」と簡単に答えておく。


「それは良かったわ。あ、そうそう。アタシは四年生の金剛寺夜風よかぜよ、このバカともどもよろしくね」


 次に他のクラスメイトたちにも夜風は謝罪をし、意気消沈している銀河を引き連れて去って行った。



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