躍る娘とマギークナード
無記名
1話 邂逅
ものすごい熱量の塊が、レオノーラの右脇を通り過ぎる。草が焦げる臭いが辺りに充満する。今のは、魔物である『まほうつかい』の魔法によるものだ。それを紙一重で躱し、高速で距離を詰め、強烈な正拳突きをお見舞いする。魔法は厄介だが、防御力が貧弱な『まほうつかい』は一撃で地に伏し、ゴールドを落として消え去った。
相手の攻撃を紙一重で回避し、相手が術後の硬直で動けないところを叩く。これが彼女の戦い方だ。同じ動作を何回か繰り返し、魔物の群れを殲滅する。
「ふぅ・・・」
張り詰めていた息を緩め、額に溜まった汗を拭う。ノーガードに近い戦法なので、消耗が激しい。仲間もいないので、致命的な怪我を負ったら誰も助けてくれない。そういう緊張感を常に感じていた。だからだろうか、魔物を倒したこの一瞬、レオノーラは気を緩めてしまった。
「痛っ・・・」
チクリと針のようなものが首筋に刺さった次の瞬間、身体全体が弛緩し、全く力が入らなくなる。そのまま地面に倒れてしまった。
(まずい・・・!)
目を見開き、助けを呼ぼうとするも、口から漏れるのはシューシューといった息だけだった。のそりと背後から一つの影が近づいてくる。『しびれくらげ』だ。こいつらは、麻痺性の毒でもって人間を攻撃する。触手を最大まで伸ばして刺したようだ。ソロの冒険者が最も警戒しなければならない相手だった。自らの失敗を深く悔いるが、全ては後の祭りだ。しびれくらげに誘われたのか、芋虫型の魔物である『キャタピラー』や、『さまようよろい』なども近くに現れ始める。
麻痺毒の中に睡眠効果が入っていたのか、意識が遠のく。
その時。
「イオラ」
魔物の群れの中心に大爆発が起こり、木っ端微塵に吹き飛ばした。
「大丈夫ですか!?」
小走りでこちらに駆け寄ってくる人影を見ながら、レオノーラは意識を失った。
――――――――――――――――
夢を、見ていた。
レオノーラは小さな女の子で、母と一緒に暮らしていた。しかし、ある日大きな黒い影が来て、彼女から母を奪い去っていった。レオノーラは泣き叫んだ。母を求める悲痛な叫びは、誰の耳にも届かなかった。
彼女はいつも、独りだった。
パチパチと焚き火の音がする。ゆっくりと瞼を持ち上げると、夜空が見えた。満天の星空だ。首を右に動かすと、そこには1人の男が座っていた。
「あ、意識が戻りましたか、よかったぁ」
「・・・誰?」
「僕はエルネストといいます。魔法使いをさせてもらってます」
ぼさぼさの頭を掻きながら黒いローブを来た眼鏡の男はそう言った。右手には身長程もある長い木製の杖を持っている。
「あのイオラは、お前が撃ったのか?」
「え、あ、はい。一応」
ありえない爆発力だった。魔法の威力は術者の魔力量に比例し、術式が単純である程強力になる。相当な技量を持った者でなければ使えない爆発魔法をあの威力で用いる時点で、この男は相当な化け物だが、この男の実力についてはひとまず脇に置いておこう。助けてもらったのだから礼を言わなければ。そう思い、レオノーラは感謝の意を示す。
「助けてくれてありがとう」
「ああいや、そんな、気にしないでください」
そういえば、とレオノーラは思い出す。
「私は麻痺毒に罹っていたんだが、それはどうやって解いてくれたんだ?」
魔法使いに解毒魔法のキアリクは使えないはずだ。
うーん・・・と少しだけ悩み、エルネストは友人に内緒話をする時のようなトーンでとんでもない事を言い放った。
「ここだけの話なんですけど・・・攻撃魔法と回復魔法の術式はほとんど変わらないんですよ。ちょっといじるだけで、僧侶でも攻撃魔法が使えますし、魔法使いでも回復魔法が使えるんです。・・・誰にも言わないでくださいね?」
「なんだって!?」
今、エルネストが言ったことは、革命と言っても過言ではない。何故なら、魔法職の区分が不要になるからだ。また、魔法職がパーティに一人でもいれば回復できるようになるわけだから、事故率も減る。多くの冒険者が恩恵を受けるはずだ。 しかし、誰にも言わない、というのは・・・
「神殿や酒場にとって不利益になるから広められない、か・・・」
「そう、その通りです。職業を分ける事によって、彼らの商売は成り立っていますから」
酒場は、職業毎に登録料が掛かる。生命線である僧侶が一番安く、その次に魔法使いが安い。その他の職業は横並びだ。そして仲間を求めるパーティに紹介する時は、登録料と反比例した紹介料を払う必要がある。需要の高い職業は出来る限り多く酒場に登録させ、必要とするパーティーに高く紹介する。そうやって、酒場は儲けている。これがもし魔法職に統一され、新たな料金が設定されたとすると、酒場の利益が大きく損なわれる可能性がある。神殿は転職による商売だから、言わずもがなだ。
「それに、賢者という職業も不要になりますからね」
「確かにな・・・どうやって見つけたんだ?」
「魔法の研究が大好きなオタク達で集まって、術式をいじくり回していた時偶然発見しました」
「へえ・・・それって相当すごいことなんじゃないのか?」
「いえ、趣味でやってただけですから」
魔法研究の歴史が長い我が国の研究機関にも匹敵するのではないか。レオノーラはそう思った。実際、エルネスト達の魔法研究は『術式の分解と再構築』という一点において、研究機関である『王立魔法研究所』に勝るとも劣らない研究レベルに達していた。
「んっ・・・よいしょっと」
雑談もそこそこに、レオノーラは動き始めることにした。まずは身体の状態を調べる。麻痺が残っている部分はないか。筋肉が硬直していないか。その他諸々を、身体を起こし、立ち上がってひとつひとつ確かめる。
「痛っ・・・」
麻痺する直前まで全力で動いていたせいか、酷い筋肉痛がレオノーラを襲う。幸い麻痺は残っていなかったが、筋肉がガチガチに固まってしまっていた。しかも疲労のせいか、立ち上がると軽い目眩がする。
「ッ・・・」
「まだ立ち上がらないほうがいいですよ」
「ああ・・・大人しくしておくよ」
固まった筋肉を揉みほぐしたり、溜まった乳酸を心臓側に流すマッサージをしたりしながら、ゆっくりと横になる。
「僕ももう寝ますね。街に帰るのは明日にしましょう」
エルネストはそのまま地面に横になる。寝袋はレオノーラが使っているから、彼はそのまま寝るしかないのだ。
「エルネスト、寝袋は君が使ってくれ。私はもう大丈夫だから」
「いやいやいや、まだ全快には程遠い状態でしょう?遠慮しなくていいですから、ゆっくり休んでください。その寝袋、結構いいやつなので寝心地は悪くないはずです」
「あー・・・なんか悪いな、さっき会ったばかりなのに」
「いやぁ、困った時はお互い様ですよ」
「ありがとう」
エルネストに感謝しながらレオノーラは再び横になる。悪夢を見たせいで全く寝た気がしなかったから、実のところとてもありがたかった。身体に残った疲労感で、すぐに眠りに落ちた。
悪夢は、見なかった。
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