第10話 老夫婦の寄り道

(老夫婦の寄り道)


 私が、夢中でお母さんとペンションの絵をかいていたころ、由加ちゃんはバス停で石蹴りをしながら、次のバスが来るのを待っていた。


 さっちゃんを時刻表の支柱に立てかけて……


「今度はさっちゃんの番よ! ……、代わりに私がやってあげるねー」

 由加ちゃんは、二つの石を交互に投げて、けんけん足で跳んだ。


「ケンパ、ケンパ、ケンケンパ」


「楽しそうだねー! お爺ちゃんにもやらせてくれないかねー?」


「いいわよ! お爺ちゃん、私が見えるの?」


「もちろんだよ! おかげ様で目はいいほうで……」


「お爺さん、駄目ですよ! 年甲斐もなく、転んで怪我して、寝たっきりになっても、私は面倒看ませんからねー!」

 後ろから付いて来ていたお婆さんが言った。


「じゃあ、石を投げるだけ……」

 お爺さんは石を取って投げた。

 しかし、的まで届かなかった。


 お婆さんは、上を向いて笑って……

「届かないじゃあないですかっ! もうろくしましたねー」


「……、そんなに言うなら、お、おまえやってみろっ!」


「……、いいですよっ!」


 お婆さんは、近くにあった石を拾って投げた。

 石は、お爺さんの投げた石の近くまで行って止まった。


「何だ、同じじゃあないか! もうろくしたなっ! 婆さんっ!」


「もう一回やれば入りますよっ!」

 お婆さんは、むきになって、もう一回石を拾って投げた。


 お爺さんも、負けまいと石を拾って投げた。

 しかし、何回やっても入らない。


「入ったっ!」


 十回ほど投げたころ、お婆さんの石が地面に書かれた丸の中に入った。


 二人の勝負はこれでめでたく終わった。


「はあー、疲れた……、朝っぱらからいい運動したわっ!」

 二人は倒れるようにバスの待合所に入って座った。


「お嬢ちゃん、可愛いお洋服だね! 今から何処かにお出かけかい?」

 お爺さんは、息を切らせながら汗を手で拭った。


「お父さんが来るのを待っているのー」


「次のバスかい?」


「わからないの……」


「それは困ったねー! お母さんは?」


「お仕事……、私の家、ペンションよー」


「そう、おじいちゃんたちも昨日、ペンションに泊まったんだよ! お嬢ちゃんのところではなかったけどね……、なかなか、家庭的で良かったよ! ゆっくりできた……、でも料理はちょっと努力したほうがいいと思ったがねー、ちょっとでき合い物がおおかったなー」


「あら私は家庭的な料理で、いいと思いましたよー」

 お婆さんは、少し遠くを見ながら、一息ついてから、話を続けた。


「それより子供が小さいときは、よくこの辺りに来ましたね……」

 それだけ言うとハンカチで額の汗を拭いた。


「死んじゃったの?」

 由加ちゃんが訊いた。


「え、えーえー、死にはしないけど、もう大人になって、それぞれに家庭があって、子供がいて、一人一人が親になったから、そのまた親のことまで気が回らないのよっ!」

 お婆さんの話は投げやりだった。


「まあー、幸せに何の苦労もなければいいんじゃよっ!」

 お爺さんのも、お婆さんに釣られてか、投げやりな言葉だった。


「私たちも、まだ元気だからね。これから青春しましょう!」

 お婆さんは、気を取り直すように、元気よく言った。


「そうだ、青春だっ! またこよう、歩けるうちに……」

 でも、お爺さんは最初は張り切って言ったが、最後まで続かなかった。


「もう、よぼよぼの爺さんみたいなことは言わないでくださいよっ!」

 お婆さんの呆れた顔……


「もう帰っちゃうの?」と由加は、お爺さんを覗き込む。


「いや、次のバスで草津の方に行こうかと思ってね、軽井沢温泉もあるけど、泊まったペンションには温泉がなかったからねー、でも、ペンションというものもよかったよっ!」


「そういえば、ケーキも美味しかったわねー」

 お婆さんは嬉しそうに付け加えた。


「私の家のケーキも美味しいわよっ! パンも手作りよ。パンは朝早くから焼くけど、ケーキはもう焼けるころじゃないかしら……、今はやっぱりブルベリーと桃ね。ブルベリーチーズケーキとブルベリームースパイ、ピーチムースパイも美味しいわよ。絞りたてのりんごジュースと一緒にどうぞって……」

 由加は、自慢げに言った。


「それは美味しそうだね! なんだか食べたくなってきた……」


 お爺さんは、ケーキの話を聞いて、元気が出てきたのか……

「婆さん、ちょっとできたてのケーキとコーヒーでも飲んでいくかい?」


「でも、もうバス来ますよっ!」

 お婆さんは、時刻表を指さす。


「バスなんか、また次もあるさ! 気ままな旅というのは、こんな風に寄り道していくもんだよ。それにお嬢ちゃんのペンションも見たいじゃないか……」


「お爺さんが言うなら、それでいいですけど、私はぜんぜんかまいませんよ。付いていくだけですから……」


「じゃあ、決まりだっ! お嬢ちゃん、そこは遠いのかねー?」


「あの唐松の向こうよー!」

 由加は、さっちゃんを抱きかかえると先を走って行った。


「そんなに早く行ったら、分からなくなっちゃうよっ!」


 二人は、また大きな手提げ鞄を持って、由加を追いながら歩き出した。



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