第9話 勇者は自ら命を絶った⑨~無様で惨めな王家の終焉〜


  ……煌めくような地獄が歌っている。


  十字のように炎が王都を走り、分断された王都で民衆は各個に踏みつぶされ、蹂躙されつくしている。

 既に魔物の侵入を押しとどめるものなどおらず、兵士は死ぬかか逃げ出したかのどちらか―――戦う意志があった者は地べたに這いつくばって呼吸をしていない。

 魔物の群れの中にはそれなりの数、炎魔法を使える魔物がいるようで人の営みの痕跡を焼きながら命を灰にしていく。

 破壊された建物から降り注ぐ硝子の雨は逃げ惑う人々を襲い、顔や体に硝子片が数多刺さった人間がのたうち回る。

 それだけでなく走る人の背後から投げ槍や矢が雨の如く降り注ぎ、貫かれ地面に倒れた事で動けなくなった人間を踏みつけ、その背に刺さった槍を何度も抜いては突き刺す小鬼(ゴブリン)。

 抵抗しようとした戦士らしき男の頭を掴むとそのまま頭ごと脊髄をぶっこ抜き、引き抜いた脊髄で逃げる民を力任せに両断する暴鬼(オーガ)。……いやぁ、あれは伝説の脊髄剣、じゃないか凄いな魔物!!


―――王都は今や魔物達の餌場だ。あそこに、ここに、そこかしこにごちそうがいっぱい。


 足早に動く魔物の足音と人の悲鳴は時間と共に静かになっていく。

 玩具のように弄ばれて悲鳴をあげさせられ続けている者の姿を見ると喰うために殺されるものはまだ楽な死に方だなと思わされる。

 豚鬼(オーク)達が広場のたき火に串刺しにした若い娘をくべて焼いている。

 蜥蜴人(リザード)が器用に人を解体していく。

人狼(ワーウルフ)が赤子を口に咥えながら武器を振り上げて勝ち誇る。

……そして魔物達の瘴気故か、殺された死体が起き上がり屍人(アンデッド)となり緩慢な動きで生者を求めて練り歩く。

 断末魔の声が小さくなるにつれて代わりに響くのは低く唸るような呻き声。魔法の残滓で燃え続けている街の中を闊歩するのは人間ではないものの姿ばかり。炎に照らされた壁面には影絵のように映し出される歩く死者の影。


「……業火だな」


「本当、豪華ですね」


 俺の独り言に魔神が合いの手を淹れてくるが、言葉のニュアンスが違うような気がする。まぁ、突っ込む気力もないけど。


そして魔物と死人の濁流は王城へと迫り、あっけなくその中へとなだれ込んでいく。 城にいる兵士は街にいた者達よりも練度が高いのか、力の弱い魔物は返り討ちにしていたが、それも束の間の事。

 悲鳴や救いを求める声は、王宮に住む王族や侍女や従者のものだろう。品のない豚のような、あるいは耳障りで甲高い金切声のような絶叫が城の下から上へと徐々に上っていく。


 ついに最上階の屋根や城壁が中から吹き飛び、ここからでも謁見の間がハッキリと見えるようになった。

 おぉ、謁見の間では王や姫をかばうように前に出た王子様がアルベリクの剣を構えている。そう言えばアイツらに渡してたな。


「よくも好き放題に暴れまわってくれたな下賤な魔物どもめ。この俺の聖剣で貴様らを一匹残らず殲滅してやるぞ!!」


 おーおー、王子様すっごい自信。でもその剣に勇者の力はもうないんだ。大丈夫?ただの剣だよ??


「おおっ、それでこそ王子、我が息子じゃ!!このわしの優秀な血をついでおるのう!!立派に成長して嬉しいわい」


 王子の啖呵に涙を浮かべて歓喜と安堵をしている王様。


「そこで俺の勇姿を見ているんだぜ親父ィッ!はあーっ、くらーえー!!」


 剣技もクソもない隙だらけな構え、カッコつけて剣を握ってるだけの態勢で豚鬼に突っ込んでいった王子が一撃で張り倒されて地面にめり込んでいる。


「ぎょっぱぁぁっ?!?!」


 その場の一同が呆然とした後、衛兵が豚鬼を後退させて王子様を地面から助け起こすが、本人は何が起きたかわからないという様子で目を白黒させている。


「にゃ、にゃんでぇ?!しぇいけんでしょ?!おりぇはさいきょうっ!のはずなのになんでぇ?!?!ゲホッ、ゴホッ……そうか、魔物が卑怯な手をつかったんだな?!このゲスどもがぁっ!!」


 自分から突っ込んでいってワンパンされたのに卑怯もラッキョウもないと思う、というか王子が普通に弱すぎるのか、はりたおした豚鬼の方が困惑している。


『―――貴様は退け、やつが何を言っているのかはよくわからんが勇者の剣を持っている。私が相手をしよう』


 そう言って豚鬼を退かして出てきたのはアルベリクの村で出会った魔物の将だった。


『我ら竜王先遣隊、―――汚物は消毒させてもらうぞ』


 外套を脱ぎ捨てると全身を細身の甲冑のようなもので覆っており、兜の奥で赤い双眸が光っている。どこか忍者を連想させるようでもあり、やはり強力な力を持つ魔物なのだろう。しかし人を汚物あつかいかぁ……まぁいい得て妙だけど汚物みたいなものではあるので否定できない。さぁ王子はあの強い魔物に勝てるのかな?


「その言葉そっくり返してやる。さぁ聖剣よ、改めて俺に力を与えろ!奴らを嬲り殺しにするのだぁっ!!」


『遅い』


 王子が聖剣を頭上に掲げて何やら叫んでいるうちに、魔物の将が距離を詰めて短刀を振るう。一呼吸のうちに聖剣を持った王子の両腕が斬り飛ばされ、地面に落ちて転がっていた。


「あぇ……?!」


『他愛なし』


「お、おりぇの……うで、、あるぇ……?――――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ?!」


 自分の腕と、地面に転がっている聖剣を視た後絶たれた腕の傷口をみて絶叫と共に失禁する王子。


「あーっ、あーっ、お、おおおお、俺の腕!?返してくれよ、腕、なんでないのぉー!?ないよぉ、腕ないよぉ親父ィ!」


「な、何あっさりやられておるのだ馬鹿者!!何のためにお前に聖剣を持たせたと思っているのだこの使えないボンクラ王子がーっ!!」


 子供みたいに泣き叫んで父親に救いを求める王子を、さっきまでの態度は嘘のように叱責しながら怒鳴り散らす王。こうしてみるとどっちもどうしようもなさはそっくりなんでやはり親子ってところかな?

 アルベリクの遺品があんな風に使われるのは心外だが、武器の価値は使い手によってあんなに変わるもんだなぁ勉強になったよ。


『ヒィッ、や、やめろ来るでない!!』


『助けてお父様ぁ!』


 地面で芋虫のように転がって泣き叫んでいた王子は魔物に引きずられていき、怯えて震える王と姫を追い詰めるように魔物がゆっくりとにじり寄っていく。

 衛兵の中には武器を捨てて命乞いを始めた者もいたが即座に撲殺され、その場にいる人間の誰もが絶望の表情を浮かべていた。


『覚悟されよ。見せしめに公開処刑はするが、せめてもの情けに痛みが無いよう一瞬で斬り落として差し上げる』


 魔物の将が短刀を手に王に告げるが、その言葉に王は何かを閃いたようで、私にいい考えがあるという顔を浮かべる。


「ま、待て、待つのじゃ!貴様……いや、お主は相当に強い魔物とみた!どうじゃ、わしの娘をやる!同盟じゃ!!わしにつけ!!」


 ―――――ウソだろあのバカ王、そんな言葉が魔物に通じると思っているのか?!


「な、何を仰るのですお父様?!」


 お姫様も面食らっているが無理もない。まさか土壇場で命乞いどころか寝返れスキームなんか通じるわけないだろ、あといきなり魔物の嫁に行けと言われるようなものだからな。


「私はあんな気持ちの悪い魔物に嫁ぐなんてまっぴらごめんですわ!!」


「ええいだまれ、今は生き残るために手段など選んでられる状況では無かろう!

 それに顔の良い貴族の子息を衛兵に囲ってとっかえひっかえ放蕩していたのだ、今更身持ちがなどと言わせぬ!相手が魔物でも大して変わるまい!!」


「なっ?!知っていたのですかお父様……?!」


 うわぁ、あの姫様クソビッチじゃねぇか。もうなんか色々終わってるな、というか王様のクソ遺伝子がしっかりと子供たちに受け継がれているようで合掌しかない。


「知っておったわこのたわけ!!さぁあの魔物を誘惑して篭絡するのじゃ!!」


『……無駄だ。禍根を残さぬよう王家に連なるものは確実に首を斬った上で晒し首にすると決められている』


 馬鹿者達の滅茶苦茶な提案は対面している魔物の将にも丸聞こえなので、将も呆れているのか王の言葉に律儀に返答しているけど別に無視してひねりつぶせばいいと思うぞ。


「ぐぅぅぅぅぅぅっ、ちくしょう……!!!ちくしょおおおおおおおおっ―――っ!!天騎士もあっさりやられたのか音沙汰もない、まさかこうまで使えないゴミクズだとはわしの目でも見抜けなんだ……こ、こんな事になるのであれば勇者を斬り捨てるのではなかった……!!帝国も教会もわしに勇者の排除をすすめておきながら、救援もよこさんとは裏切り者めぇ……!!」


 怒りと悔しさで絶叫を上げる国王、……おっと今あの国王は聞き捨てならないことを言ったな。俺の事を蔑むのはどうでもいいが、帝国と教会が絡んでいる……?ロジェは……あいつなら裏切ってもおかしくないなぁ。イレーヌは聖女だけど教会と折り合いが悪くて教会を毛嫌いしてたから話を聞きに行けば何かわかるかもしれない。性癖が終わってることを除けばまともだし、今は恩賞代わりに小さい領地を貰って孤児達を引き取って暮らしてるんだったかな。


『……言いたい事はそれで全てか?では、城の外に王族を並べよ、斬首に処して晒すぞ』


「ま、待て!待つのじゃ!待ってください!わし、いえ、わたくしの命だけはどうかおたすけください!息子や娘のいのちは差し上げます!こやつらは魔物の慰み者にしていただいてかまいません!ですからどうかどうか、命だけは!!跪きます、靴も舐めます!だから―――」


 自らに迫る死に、怯え、泣き叫びながらはいつくばって命乞いをしている国王。それどころか号泣しながら魔物の将の靴を舐め始めた。


「お願いします、お願いしますぅぅぅぅぅぅっ!!」


『連れていけ』


 イヤイヤと首を振り、涙と鼻水と涎で顔面をグシャグシャにした王が引きずられて行く。一方で姫の方は恐怖で発狂していた。

 城のバルコニーに王族が並べられ、順番にポンポンと首をはねられていく。燃え上がり、断末魔が遠く聞こえる王都に王族たちの最期の叫びが重なる。

 これが勇者を用済みと切り捨てた王国の最期か。……自業自得というにはあまりにも無様で惨めな末路。それを見届けながら酒瓶を掲げる。


「恩知らずのカスどもに乾杯」


 そう言って瓶の口から直接酒をガブ飲みすると、アルベリクの村で飲んだ時のように、今日の酒も妙に美味く感じた。

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