5.文学少女は芸術的に転ぶ。
特別棟とは、教室棟を挟んで反対側。コの字になっている校舎の逆側部分。それが部室棟だ。
コの字型の逆側部分とは言うものの、こちらのほうが若干小さ目の建物になっている。そして、その端っこから体育館やプールのある建物に直接アクセス出来る作りになっているというわけだ。
文化部と運動部は大体階層別に分かれていて、一階が全て運動部、二階が運動部と文化部が半々。そして、三階が文化部……というのが建前としての分類。実際は二階のほとんどが文化部で、三階は殆ど空室になっている。
塗装の塗りなおしなどはしている気配があるが、建物自体は大分古さがある。
と、いうことは、だ。かつてはこの三階建ての立派な部室棟もきちんと全ての部屋を稼働させ、有象無象の部活動で、少年少女たちが、青春といういう形のない幻想を追い求めたりしていたのかもしれない。
が、現在はどうかと言えばさっき言った通り。稼働率はせいぜいが七割程度といったところ。三階なんて、部活動の活動日が重ならない夕方付近は薄暗くて軽い肝試し観すらある。
そんな若干寂しさを感じる部活動界隈の事情だが、ここにもまた、ラブコメだとか、学園ものを感じる趣あるルールが存在している。
部員数の下限である。
簡単な話「部員が何人いないと廃部」っていうあれだ。
ほら、よくあるだろ?ラブコメとか、後はスポーツ系の漫画とかもそうか。大体この「廃部だなんだ」っていうひと悶着で、アニメで言えば一話を使うのがお決まりなわけなのだが、何故かこの高校にも、そのルールが存在している。
部室がこれだけあるんだから、別に残してあげてもいいんじゃないと思ったりもするのだが、それはそれ、これはこれ、なのかもしれない。もしくは、決まりを変えるのが面倒くさいとか。多分後者だな。
教師はやる気があっても、権限のある上の方に行けば行くほど、柔軟性がゼロになっていくからな。なんなんだろうな、あれ。自分がやってきたことを否定したくないのかね。面倒な老害だこと。
なんだっけ。
ああ、部活動だ。
要はこの学校の部活動にもまた「何人集まらないと廃部」みたいな決まりがあるってわけ。下限は三人。そして、俺の属する文芸部は二人。見事に足りていない為、このままいけば無事に廃部となる。
となれば、物語の冒頭ではやはり部員集めをしているべきなのだが、していない。何故かって?答えは簡単。お兄ちゃん思いの妹がいるからだ。部活動は、籍を置くだけならば三つまで可能で、妹は特に部活動に入るつもりがないと来た。だからこそ、俺が入学前に、「文芸部に籍だけ置いてくれない?」と頼み込んだのだ。
そこから先は脳内の“情報”にはない。ただ、想像には難くない。きっと「えーそんなの自分で何とかしなよ」とか「勧誘頑張って」みたいな言葉が飛んできたに違いない。
しかし、最終的には俺の押しに負けるような形で、「分かった分かった……籍、置くだけだからね。それ以外は何もしない。それでいい?」って言って渋々了承してくれたに違いない。
この辺はツンデレのうま味というか、可愛さだと思う。やっぱり一世を風靡……したかどうかは分からないけど、それなりに人気になった属性というのは、それ相応に意味があるってことだ。
もちろん、これがただただお兄ちゃんラブを前面に出すような妹でも可愛いは可愛いけどね。でも、俺はツンデレの方が好きかな。うん。
あ、暴力ヒロインは嫌です。おかえりください。あれ、結構流行ったけど、大体は可愛くないただの暴力女が出来上がってたよな。大体作者の技量不足。
話を戻そう。
そんなわけで、文芸部廃部の危機に関してはアニメ一話分をかけるまでもなく、解決済だ。それだけなら、大した問題になる要素でも無いし、そもそも話題にすら上がらない可能性すらあるだろう。
それだけならば。
部活動の人数下限に関してはいい。こまちが入部することで、ぎりぎりのぎりぎりではあるが、取り合えず存続が決定する。
問題はこの後だ。
部活動の人数に関しては、廃部となる下限以外にもうひとつ、区切りがある。
それが五人。
ここから上の部活動には、学校側から活動に対する部費が出るのだ。
早い話、学校の金で部活動に必要なものを買ったり出来るって話。
もちろん、消耗品が多い運動部とは違って、文芸部に必ず買わなければならないものが存在するとは考えにくい。が、今重要なのは部費が出るとか、それをどう使うとか、使い道に対して申請する際に、それっぽい文言を考えるとか、そんなことではない。
もう一つ、人数に関する規定が存在していることそのもの、なのだ。
ここまでに俺が出会ってきたヒロイン(と言っていいのかは分からないが)は合計で三人。俺の妹・こまちと、幼馴染・
文芸部員となる可能性のある人数はこれに俺を足した人数。つまりは四人。
このままでは一人、足りないことになる。
が。
(やっぱあれヒロイン……だよなぁ……)
思い出す。
俺は確かに、もう一人……正確にはその“可能性”に遭遇している。
交差点で、一瞬にして消えたあの少女。
ラブコメの出会いとしてはこれ以上ないくらい。百点満点で百二十点をあげてもいいくらい。
彼女が例えば、転校生としてやってきて。なんやかんやあって、文芸部に入部するとなれば、人数としては五人。ちょうどになる。
もし、これが、俺みたいに別の世界の記憶があるなんてイレギュラーのない、普通の野郎が主人公のラブコメなのであれば、きっとその手の人数に関してはわざと隠すはずだ。例えばそう、三人については言及するが、もうひとつに関しては「まあ可能性ないからいいか」みたいな感じでぼかすとかね。そんな感じ。
でも、今の俺はその情報を持っている。
そこから推察出来るのはひとつだ。
この物語に、もうひとり、ヒロインが追加される。
交差点の少女。
彼女こそが、まさに、この物語のメインヒロインに違いない。
この物語とか、メインヒロインとか一体何を言っているんだと自分でも思う。この内容をこまちや明日香に話したら、またしても「変」認定されるのがオチだ。
だけど。
けれども。
これはもう、感覚だ。他人ではけして理解出来ないクオリアのようなものだと言ってもいいかもしれない。とにもかくにも俺には今、立っているこの場所が、この人生が、
だって、そうでしょ。情報が全部それっぽいもん。廃部を阻止するみたいなひと悶着は無かったけど。
「ここか……」
と、まあ、そんなことを考えていたら着いた。
部室棟。二階の一番端に存在する一室がそうだ。
古びた木の扉。そこに付けられたプレートには確かにこう書いてある。
文芸部。
「さて、どんな文学少女が出てくるんだろうな……」
面白いもので、俺の持つ“情報”にはヒロインの大雑把なイメージしかない。
それを一言で表すのであれば、文学少女、という訳だ。
ひとつ深呼吸。
いつもはあまりノックをしていないようだけど、それはそれ、これはこれだ。やっぱり初対面ともなれば、丁寧に行きたいじゃない?
というわけで、ノックだ。
コンコン。
少しして中から、
「はぁ~い……今開け……きゃっ!」
ほぼ同時に大き目の物音がする。
大丈夫だろうか。
気になった俺は思わず「まあ返事があって、自分で扉を開けようとしているのだから、入っちゃっても大丈夫でしょ」というかなり甘い見立てでドアノブに手をかけ、回し、扉を開ける。
「あっ!ちょっと待っ」
思う。人間の持っている「慣れ」と「飽き」という仕組みは、こういう時に悪さしかしないと。
簡単な話だ。あれだけラブコメっぽいラブコメっぽいと揶揄して、その構造から、先々に起きることを予想までしていたのに、目の前にいる、文学少女が「実に都合のよい形で転んでしまっている」という可能性に全く思考が至らなかったのだ。
もっと具体的に言えって?
扉を開けるでしょ?その先には千代が転んでるでしょ?その転び方がね、
「あっ」
パンツががっつり見えるような転び方だったってことなんですよ。
もうちょっと、ベタじゃないのをお願いしたいなぁ。誰に言えばいいんだろう、このクレーム。
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