2.幼馴染が勝つならそもそもラブコメにすらならないって話。

 結局、少女はどこかに消えてしまった。


 こまちは俺の見間違い……というか幻覚のような扱いをしているし、あながちそれも間違いではないような気もする。


 なにせ、そもそもが現実かどうかも分からない世界なのだ。その中で、車に轢かれそうだった少女の姿が突然跡形もなく消えるくらいのことは正直、あってもおかしくはない気がしている。


 しかし、惜しいことをした。


 もし、俺がこの世界の主人公だとすれば。そして、この世界が、テンプレートなラブコメの世界であるとするならば。あの子は間違いなくメインヒロインだ。壮大な恋愛物語を繰り広げる相手になるはずだ。


 そう。


 勝ちヒロインっていうはあれくらいのインパクトを持って登場するのだ。


 よく、幼馴染が負けヒロインになることに関して物議があるが、そんなものはラブコメ……というか物語というものを理解していれば物議なんか出るはずもないのだ。


 なんてことはない。幼馴染とくっつくならそもそもラブコメの物語なんて存在しないハズだってこと。幼いころから知っている幼馴染と恋人になって結婚するなんてものは基本、物語にならない。もちろん、例外はある。ただ、例外でしかないって話。つまり、


「それを捻じ曲げることを目標にしてちゃ駄目ってそういう話だよ、こまち」


「は?」


 冷たい。


 さっきよりも体感で十度くらい冷たい。


 そりゃそうか。だってこまちからしたら「何言ってんだこいつ」って感じだろうし。


 だけど、こまちは優しく、


「で?今度はどこにトリップしてたの?」


「だからトリップじゃないって」


「そういういいから。はい、どこ行ってたの?」


 酷い。反論一つ許してくれない。まあ、聞いてくれるだけましか。


 仕方ない。かいつまんで説明しようじゃないか。


 俺はひとつ咳払いして、


「いや、ラブコメの幼馴染ってのは負けるように出来てるって話」


「へー」


 だから冷たいって。


 視線が冷たいんだよ。


 いや、視線に温度は無いんだけどさ。でもなんか冷たいんだよ。背筋がピンってなるよ。


 え、ええい。そんな無言の圧力には負けんぞ。


「や、ほら。幼馴染ってのはそれこそ物語が始まる前からずっと知り合いっていうか仲いいわけじゃない。そんな相手が勝ちヒロインになるんだったら、そもそも最初から付き合ってるって、そういう話」


「つまり、お兄ちゃんにとって明日香姉あすかねえは恋愛の対象外ってこと?」


「そんなこと……」


 言ったつもりはない。


 つもりはないが、もし俺と明日香が付き合う可能性があるとすれば、それは逆に俺には運命的な出会いと壮大なラブストーリーが無いことの証明になってしまう。


だから、否定しておきたい。


 おきたいが、この妹のことだ、きっとその内容を実に面白おかしく、俺と明日香の間にいざこざが起きるように伝えるだろう。


 ちなみに説明するまでもないとは思うが、明日香というのは俺の幼馴染だ。フルネームが時雨しぐれ明日香。家は俺んちのすぐ隣。先に住んでたのが立花たちばな家で、後から時雨家が引っ越してきたという恰好……らしい。らしいというのは他でもない。そもそも俺や明日香、さらにはこまちの物心がつく前の出来事だからだ。


 つまり、俺の記憶……と言っていいのかは分からないが、知っている限りの“情報”にはずっと明日香の存在がある。年齢は同じ。だけど明日香の誕生日が四月で、俺の誕生日が三月だからなのかは分からないが、何故かいつも“お姉ちゃん感”を出していた。


 それが小さいころだけならばともかく、高校も三年生になった今でもなお、人を弟か何かだと思っている気配がある……らしい。これもあくまで“情報”としての記憶。あれか、弟が欲しかったのか。記憶というか“情報”の限りでは、兄弟姉妹はおらず、一人っ子だしな、


「おっはよ!」


 噂をすれば影。


 違う、噂はしていない。あくまで脳内で思いを馳せ……馳せてはないか。思い浮かべていた。たったそれだけだ。なのに、


「いったいっての」


 思い切り背中を平手打ちされた。たぶん本人は軽いスキンシップくらいの気持ちなんだと思うが、割と本気で痛い。力加減って言葉を知らないらしい。


 なるほど。この時点で幼馴染・明日香の属するカテゴリが見えた。良く言えば元気が取り柄。悪く言えば考え無しの勢い任せ。元気少女とか、そういうカテゴライズ。


 そう言えば幼馴染っていうとこの系統と、ちょっと奥手の、一歩後をついていく系大和撫子の二択になる気がするんだけどなんでなんだろう。もっとこう、奇抜な幼馴染がいてもいいような気がするんだけど、世界征服を目論んでみたりとか。実家が運送会社な男勝り少女でも可。


 そんなことを考えつつも振り向くと、やっぱりというか、からりとした笑顔を浮かべた幼馴染こと、時雨明日香がそこにはいた。家を出る時には羽織っていたのではないかと思われる制服の上着は腰にしっかりと巻き付けられている。暑かったんだろうか。腰ほどまでにすらっと伸びるポニーテール。快活さをそのまま擬人化したようなやつだ。


 顔立ちで言えば悪くない。悪くはないと思う。が、油断をすればさっきのように人の背中を思いっきりひっぱたくし、それ以前に自分が女子であるという意識を母親の胎内に忘れてきてしまったのではないかと思われるその性格が、俺の明日香に対する印象を「可愛い女子の幼馴染」ではなく、「ただの腐れ縁」にグレードダウンさせている。


 いや、分かるのだ。幼馴染という響きは、ラブコメというカテゴライズの中では割と弱いものだ。所詮はインパクトのある登場をしたメインのヒロインに対する当て馬、対抗馬。最終的には負けるかませ犬。そんなイメージが先行する。


 しかし、しかしだ。そんなことはいっても、やはり幼馴染という響きは甘美ではある。なにせ、幼いころからずっと一緒だから男女という概念が希薄だし、なんだったら小学校に上がって暫くは風呂も一緒に入っていたりするんだろう?そんな概念と全く縁の無かった(正確にはそんな気がしているだけだけど)俺からしてみればやはりちょっと期待するところは正直、ある。


 情報として「そんなに期待するもんじゃない」という記憶が脳内にあったとしても、脳内にいる冷静な自分が、ちょっとドキドキするラブコメ大好きなもう一人の自分に対して指をさし、腹を抱えて大笑いしていようともなお、やっぱり気にはなってしまうものなのだ。


 しかし、改めて、実際に対峙してみて思う。


 なるほど、幼馴染が負けヒロインになるわけだ。


 幼馴染という立ち位置ははっきりいって有利だ。なにせ主人公との関係性が一番近いし、他の後から出てきたヒロインよりもはるかに主人公のことを知っている。それは間違いない。


 しかし一方で、デメリットも存在する。


 なにせ、幼いころからずっと一緒にいるのだ。いくら体が色んな意味で立派に成長していようが、それはそれ、これはこれだ。体感としては女友達というよりも、兄弟姉妹に近い感覚。


 明日香の場合は何故か俺を弟のような存在だと思っている節があるが、俺としては双子か、逆にこっちが兄か、くらいの感覚。今俺の隣にいるこまちのような例外を除いて、基本兄弟姉妹は恋愛対象にならない。それと一緒だ。


 感覚としては家族に近く、それに対して恋愛感情を抱くかと言われると現状では間違いなくノーだ。まあ、見た目は可愛いと思うし、何よりも大変立派なスタイルをしてると思うけどね。それは認めるよ。うん。

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