第43話 決意
戦いに行かせたくなかった、ですと?そんな言い方をされては、ルシーもサラも、なんなら女神様までも、私たちを進んで戦場に送ろうとしているみたいに受け取られちゃうぞ?
『ノーム。それは許認しかねる理由だ。……わたしとて、リリーを戦場に行かせたい訳ではない。愛し子として、わたしの唯一として、甘く包んで妖精界に連れていきたい。だが、今はまだ油断のできぬ状況だ。人の王とリリーたちの動きで、かなりいい方向になっているとは思うが……いざとなれば、戦ってもらうしかない。わたしたちはその時に全力で愛し子を守る。そうだろう?』
ルシーがイルス様をしっかり諫めてくれた。
けどっ。
なっ、なんか間に甘いの入っていませんでしたか?
視線を感じてそちらを向くと、マリーアが目を細めて生温かい顔で頷きながらこちらを見ていた。姉にこんな顔をされると、更に恥ずかしさ倍増なんだけど!その隣でイデアーレ様も「あら」と声が聞こえそうな顔をしている。実際は、手で口を隠しているので声は出していないけれど、目は口ほどに物を言うってなー。
あれ?今、そんな話だったっけ?
『……勝手なのは重々承知だ。それでも、だめだ。イデアは戦闘には向かない』
だから、人を戦闘向きみたいな言い方。
……確かにちょっとだけ、ファンタジー的に魔法を使ってみたい!って欲望はありましたけど……あれ、これは向いてるってこと?いやいや、どうしても戦いたい訳ではない、うん。
「イルス!いえ、ノーム様。あなたの愛し子であるならば、わたくしは自分の義務を果たしたいです。……確かに、わたくしは身体を動かすのは得意ではありませんが、やれることがあるはずです」
『……イデア。変わらずに、君がつけてくれたイルスと呼んでよ。僕はまた、君が泣くのを見たくないんだ』
「!それは!でも、小さい頃の話です。今は、ちゃんと頑張れます」
イデアーレ様の決意に、イルス様の方が泣きそうな顔になっている。うっ、美少年にこんな顔をされると、こっちが苛めているような気持ちになってきちゃう。
『嘘だ。イデアは魔道具を子どものように愛してるよね?本当に耐えられるの?研究に集中したいんでしょ?』
「っ、そう、だけど!いえ、やれることがあるならば、リリアンナ様たちだけに丸投げするわけには……!」
イデアーレ様の研究好きは先のお茶会で認識済みだ。完全にインドアなのは承知している。いや、インドアどころか引きこもりとも言える位なのかも。そう考えると、イルス様の心配も理解できるけど。
『埒があかぬな。昔、何があった』
『……どこぞのインチキ商人がまだ5歳のイデアを騙して、と言うか口車に乗せた、が正しいか。イデアを誉めてあれこれ言いくるめて、軍事転用できる魔道具を作らせたんだ』
「イルス!」
『イデアーレ。辛かろうが、聞かせてはくれまいか?こやつも納得させなくてはいかんのでな』
「シルフ様。…………承知致しました」
イデアーレ様は少し逡巡してから、頷いて話をしてくれた。
要するに、イデアーレ様は本当の天才だった。魔道具の動きを見ると、頭の中にその魔法の回路や繋がりや、欠点などが浮かんでくるらしい。なんだ、それ。しかも、それを3歳くらいには認識していたようだ。
ひょえ~!思わず途中で「50年前の今日って何曜日か分かります?」って聞いてみたら、「木の聖日ですわ」と、さらっと返された。これはあれだ、ややこしい公式を使わずに、見ただけで数学の答えが出せるあれだ。博士になるために生まれたような人だ。本物初めて見た!
興奮してしまった。本題、本題。
そして天才あるあるで(たぶん)、誰もがそうだと思っていたらしい。言葉を話せるようになり、ここ、変よ、と魔道具玩具の故障を指摘したら、家中が大騒ぎになったらしい。もちろん、使用人を含めた全員に箝口令が敷かれたが、やはり、ポロリさんはいるもので。
イデアーレ様のお父様の弟君、つまりはイデアーレ様の叔父様な訳だが、ちょっとこう、ダメな人らしく。魔道具師の才能だけなら、むしろイデアーレ様のお父様よりあったようなのだが、素行が、ね。楽して金儲けと女遊びしたい人だったようですわ。で、そんなイルス様いわくインチキ商人の叔父様が、懇意にしていた使用人の女性からイデアーレ様の才能を聞きつけ、ある魔道具が使えなくて困っているとイデアーレ様に囁いて来たそうだ。
「それは、火炎放射器のようなものでした。農家の皆さんが魔獣の被害に困っているから、たくさん作りたいけれど、火が弱くて追い払えないのだと。
……迂闊でした。少し考えれば、いくらでも武器転用ができるのに……いえ、火力を上げたそれは、使い方でいくらでも武器になってしまうのに。……あの頃のわたくしは、なぜ出来ることを隠さなければいけないのかを理解していなくて。すごい才能は、皆のために使わないと、なんていう、叔父の甘言につられてしまって」
イデアーレさまは辛そうに目線を下げる。
5歳なんて、何でもやってみたい年頃だ。判断力だって、まだまだだ。仕方ないよなあ。しかもイデアーレ様みたいな天才さんは、興味を持つ事柄も普通よりも多かっただろうなと想像もできるし。その叔父様みたいなクズって、なぜかカモを見つけるのが得意だったりするし。子どもの責任じゃないだろう。
「あの、イデアーレ様。わたくしごときがですけれど、5歳のイデアーレ様が責任を感じるところではございませんわ」
「わたくしも、リリーと同じく思います」
私たちの言葉に、イデアーレ様は眉を下げて困ったような微笑みで首を振る。
『イデアは頑固なんだよ。まあさあ、それを使って兄貴一家を殺そうとしたからね、あのクズ』
「「えっ?!」」
『イデアーレだけ金の卵として残して、家ごと焼き払うつもりだっだようだ。火力の増した
さすがの凶行に、ポロリした使用人がうまく逃げ出して憲兵さんへと駆け込み、家の一部を燃やして火は消し止められ、イデアーレ様も無事に保護された。
けれど、5歳のイデアーレ様にはショックが大きすぎた。顔からは表情が抜け落ち、部屋から一歩も出なくなったらしい。
……子どもの心は、乾く前のセメントだと聞いたことがある。落とされたものの形のまま、跡が残ってしまうのだと。そのクズ叔父はしっかりと罰せられ、終身刑である労役についていて、二度と会うことはないとのことだけど、厳密にはそれで解決、ではないのだ。
「子どもながらにも、魔道具にはもう触らない、触ってはいけないと思っていたのですが。変わらず一人佇んでいた部屋に、イルスが現れたのです。あら?そうよね、わたくし……イルスとあんなに不思議な出会い方だったのに、今のいままで全くおかしいと思っておりませんでした」
『そりゃそうでしょ。子どもがあんなに精神的に追い詰められていたら、記憶の混濁は起こるよ。……って、それに乗じて加護をつけちゃったんだけどさ……ごめん』
「いいえ。そう、そうだわ。改めて思い出して気づいたわ。私はイルスの加護に救われたのね」
イデアーレ様の瞳が、今まで以上に強い光を湛えている。そして、真っ直ぐにイルス様を見つめた。
「イルス。貴方から受けた優しいご加護を、今度はみんなを守るために使いたいわ。魔道具師として」
『…………分かったよ』
イデアーレ様の強い決意に、イルス様は少し長い間を置いて、しぶしぶ頷いた。
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