第9話 ネックレスと新生サバンズ侯爵家

「……ですから、あのとき……婚約者として初めてお会いしたあの日。旦那様に『君を愛する自信はないが、家族としての務めは果たすつもりだ』と言われたことは、当然だと思っておりました。そもそも、貴族の結婚で想っている相手と結ばれるだけでも奇跡のようなものですから」



はあ?!?!?!と言わなかった私を、誰か褒めていただきたい。さっきお父様はそこまでじゃないと言っていたけれど、結構そこまでじゃない?



そりゃ、言われた方は覚えてるわよ~。お父様、ますます冷や汗が。



「義務とはいえ、リリアンナという宝も授けて貰えて。旦那様の一番近くにいられて……それだけで、幸せだと。それ以上を望んではいけないと、自分に言い聞かせておりました」



お母様が儚げに微笑み、お父様は痛々しい顔でお母様を見つめる。もう、後悔しかないのでしょうね。言った言葉は帰って来ないからね~。せいぜい反省したらいいんですよ、本当に!



「……なのに、旦那様がマリーアを引き取ると聞いたとき、わたくし、醜い感情を抱きましたわ。その子が来たら、わたくしとリリアンナは……もう、要らなくなってしまうのではないか、と……。シンシア様の無念も、マリーアの不安も考えもせず、悋気を起こして……リリーが喜んでくれなかったら、わたくし……」


「ジョセフィーヌ。自分を責めないでくれ。全てはわたしの言葉足らずと意気地のなさが起こしたことだ。すまない、全てはわたしのせいだよ」



お父様は立ち上がり、お母様の肩にそっと手を置く。そして、セバスチャンに「を持ってきてくれ」と命じた。



セバスチャンはあっという間に戻って来た。その手には、見るからに高級そうな箱があり、それをお父様に渡す。



「ジョセフィーヌ。これを、君に」



お父様がその箱を開けると、そこには繊細な金細工にエメラルドをあしらった、豪華で優美なネックレスが。



ーーーって、これ、あのネックレスじゃん!!



この段階で既にあったのね?え、いつ準備したの?



「旦那様、これは……」


「いつもよくしてくれている君に、ずっと渡したくて……その、結婚指輪も買ったけれど……いや、わたしが不甲斐なくて既製品だったろう」



既製品でも高級品でしょうけどね。私の中でお父様の価値が一秒一秒下がっていくようだわ。



「旦那様の髪色と、奥様の瞳の色の、独占欲丸出しのネックレスでございます。リリアンナお嬢様がお生まれになられた時に作られまして、今まで渡せずにいらしたものなのですよ」



忘れた頃に、セバスチャンの口撃が!!


って、お父様、本当にヘタレ過ぎん?



「ぐっ。その、すまない……君の気持ちも知らず、本当に勇気がなくて、今になってしまった」


「素直になれずにいたのはわたくしも同じです。ありがとうございます、旦那様……とても……とても嬉しいです」



お母様の華も恥じらうような微笑みに、お父様が蕩けるような顔をする。うん、ツンデレさんのデレ多めを受けたら、そんなだらしない顔になるわよね。まあまあ、仲良く落ち着いて良かったですけども。



しかしだな。



「これ……渡すタイミングを間違えたら、大惨事だったわよね……」


「わたくしもそう思います、お嬢様」



私のぼそっと呟いた一人言にセバスチャンが反応し、二人で苦笑する。



だってそうだよね。さっさと渡していれば全く問題なかったけど、今が原作のように拗らせていたら、ただのご機嫌伺いにしかならなくて、ますます溝が深くなっていたと思うのだ。だから原作では渡せず終いだっのだろう。今回は流れがだいぶ変わったから、タイミングよく渡せたけどさ。



って、これは本当に全部お父様のせいなのでは?!



やっぱりねぇ、人の行動って、原因と結果があると思うのですよ。一部のサイコパスを除いてだけれども。



今回の、このサバンズ家のあれこれは、控え目にみても全てお父様の言動がきっかけだったよね?言葉足らずでヘタレで優柔不断の。そのせいで、お母様はツンデレ頑張ったんだもの。



やっぱり原作のリリーは巻き添えをくらっただけのような……。


マリーアも無駄に苦労しただけのような……彼女にとってはハッピーエンドだったけども。



「でも」



今回のサバンズ家は、大団円で大成功じゃない?だいぶ破滅道からは逸れたでしょう?ねっ?ねっ?そう思いたい!



まだ聖女だの王子だのとイベントもありそうだけれど、頑張れそう!いや、お嬢様生活のため、頑張るぞ!



などと私が決意を新たにしている横では、父母がイチャイチャしている。まったく、わかるけどさ。


マリーアも困って視線を彷徨わせているじゃん。



「マリーお姉さま。わたくしたちお邪魔のようですから、ティールームでデザートをいただきません?」


「え、ええ!」



マリーアはあからさまにホッとした顔をしている。今まで放置ですまん。



「リリー、マリー、邪魔などではないぞ」


「何をおっしゃるやらですわ、お父様。お父様のせいでムダにした数年以上をちゃっちゃと取り返してくださいませ」


「ぐっ。きょ、今日のリリーはすごい切れ味だな?」


「お褒めいただき光栄ですわ」



お父様がわざとらしく胸を押さえる仕草をし、お母様が優しく背中を擦り、また二人で見つめ合う。こりゃ、すぐに弟か妹ができそうだな。……コホン。9歳、9歳。



「マリーお姉さま、参りましょう。セバスチャン、お願いできる?」


「畏まりました、すぐに」



邪魔ではないと言った直後から、結局二人の世界に入った父母を置いて、私たちは食堂を後にした。



やれやれ。


世話の焼ける両親だわ。


「リリー、にこにこしてる。嬉しそう。ふふっ、お父様とお母様が仲が良いのって、安心するわよね」


ティールームに二人で手を繋ぎながら向かっていると、そんなことをマリーアに指摘され、ちょっと恥ずかしくなる。


「えー、恥ずかしいです。笑ってましたか?」

「恥ずかしくないわ!すごくかわいいもの!リリー、わた、くしをお姉さんにしてくれて、ありがとう。本当に嬉しいわ」


ヒロインのハニカミ笑顔!!貴女がかわいいです!


「わたくしも本当に嬉しいです!これからよろしくお願いします!お姉さま!」


そして私も負けずににっこりして。



うん、新生サバンズ侯爵家の再出発やー!!

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