第2話 大樹の国、ルルードゥナ①
〜*〜*〜*〜*〜*
私たちの住まうたった一つの大きな大陸、ジーランディア。そしてたった一つの島と呼称される小さな大陸にある一つの国、ルルードゥナ。その島に立つ大樹は、その土地の八割を占拠するほどの巨大さを誇り、人々はその大樹の上に国を築いているという。
この国を訪れたとある冒険家はこんな言葉を残した。
———まるで、人々が空に住んでいるようだ。
* * *
「お前ら、少し大人しく待っていろよ」
そう
いつも不機嫌そうな態度だけど刺激しない限りは無害だ。私たちは値の付いた商品とも言えるから、下手に何か手を出すと男の稼ぎに支障が出るからだろう。でもだからと言って、好き勝手にしてもいい訳にはならない。
なので、私とマゼルは隣のコールに目線で注意を促している。大人しくしていて、と。
コールは見るからに不満の表情を見せていて、今にも大口を開けそうに口元はわなわなと震えている。
マゼルが追加で人差し指を自身の口元へと運んでさらに注意を示すと、コールは分かったというかのように、両手を小さく掲げて降参の意を表した。
御者の気配がなくなってからも用心深く沈黙を保ち続け、マゼルと二人で挟みながらコールを
「……もう国内かな?」
「いや、これからだろう。まだ外も暗い。そうなると、どんな理由があろうと
「……なぁ、なんか外盛り上がってないか?」
なにやらそわそわしているコールがそう言って口を挟んだ。
コールの言う通り、布越しから
「大丈夫だ、御者は見当たらない。ただ人が多いから、あまり目立つことはするなよ、コール。あと、ここから一歩も出るな。分かったか、コール」
そう注意に注意を重ねて告げたマゼルの言葉が終わって直ぐ、外へ飛び出る勢いで布から顔を出したコールは興奮冷めやらぬ声を上げた。
「でっっけぇー!! 二人も見てみろよ!」
「おい、コール……。今俺が言ったこと、聞こえなかったのか……?」
呆れたように口にするマゼルなどお構いなしに、コールは小さな子供みたいにはしゃいでいる。
私はマゼルとお互いに目を合わせて苦笑いを
外に顔を出して直ぐ、私の
空はまだ暗みを残していて、辺り一面に広がる大海原は空と同様に薄暗い群青色に染まっている。その景色が持つ色と雰囲気は、何か引きずり込まれそうな不思議な感覚を覚えてしまう。
そして私たちの正面に大きな何かが
「気持ちいいな、ルル」
隣のコールが爽やかな笑顔を見せてそう呟く。
「うん。ずっと引きこもってたしね」
無邪気な笑みを見せるコールに私も微笑み返す。こんなに風が心地良く感じるのは初めてかもしれない。
そんな私たちの目の前で空は段々とその色を変えていく。
薄暗い群青色から黄身がかった薄紅色へと変化していく。
「……コール、
鮮やかに色を変えていく空と海の段階的な色模様に目を
「ん? なんだ、それ」
「知らない? この色をそういう言い方したんだって、昔は」
「昔って、いつの話だよ?」
「……いつだろ? 多分、何かの本で読んだと思うけど……」
無意識に飛び出た言葉だったから、どこから得た知識だったかは
そんな私の様子をじーと見つめているコールは、突然何か思い出したように目を見開いて言う。
「もしかして“ガーナの冒険記”じゃないか? あの本そういう幻想的なの多いだろ。というか、以外にルルはあの本好きだよな。まぁ、俺も好きだけどさ」
どこか馬鹿にするように口の端を吊り上げて笑うコール。私らしくないと馬鹿にするような笑みで、私はそっぽを向くことで答えた。
『ガーナの冒険記』は文字通り、ガーナという男性が世界を冒険した記録を物語調に書いた本になっている。昔に実在し世界を救ったと言われている
内容は至って普通の冒険
私はちらっと隣のコールに顔を向けて、一応釘を刺しておく。
「コール、この国に“魔法”なんてものはないからね」
「はぁ? まだ分からないだろ」
不満そうに目を細めてこちらに振り向くコールに、私は
「……そんなもの、世界中探したって有りはしない。もう十五だろう、いつまでそんな子供みたいなことを言っているんだ」
そう言ってマゼルも私たちの身も
「あのなぁ……、二人はいつもそう夢のないことばっか言っ——————」
コールが私たちに文句を言おうと身を乗り出したその瞬間だった。
大きな地響きが私たちの耳に
「な、なんだ!?」
驚き慌てる私たちを
「お前たちも聞いたことがあるだろう。ルルードゥナ名物の“開門”だ」
マゼルの指差した先、薄暗闇の中に感じた巨大な何かは陽光によって
それは一本一本が大木のような太さで
それは“根”だった。ルルードゥナという国の土地の基盤になるほどの大樹のほんの一部分。それがまるで意思を持った生物のようにうねり動き、引きずられるように地中へと下がっていった。そして眼前に姿を現したこの国の外形に、この場にいた全員は首を
大きい、巨大、どの言葉を持ってしても、私の瞳に映るこの光景を言い表せないと思う。まるで天まで届くような大樹の幹。上空には雲のように大樹の樹冠が生い茂り、隙間から雨のように光が降り注いでいる。この空は我がものとばかりに自由に展開された大樹の巨大な枝たちは、まるで大地のように力強く存在感を
「すげぇー……なぁ……」
「……うん」
「実際に見ると壮大なものだな」
私たちはそれぞれ
(人々が空に住んでる……か。確かに、これはそう見える)
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