フェンリルちゃんも肉を食う。
「いつもどおり配信しただけなのに、すごいことになってしまったな……」
配信を開始してから数時間。
メンタル安定のためにコメント欄を無視し、ひたすら燻製をつくる。
すこしお腹が減ってきた。
川魚を串焼きにして、かじる。
ほんのちょっと垂らした醤油(おれを見て逃げた冒険者のバッグから回収した)がいい味を出していた。
名前も知らない川魚だが、お醤油にあう魚はいい魚だ。
「こんなバズることあるんだな。いい意味でも悪い意味でも……」
ポジティブに考えると、ガチ底辺配信者からチャンネル登録者数1万人越えのアカウントに大成長した。
ネガティブに考えると、ギルドにチャンネルの存在がバレて、ついでに冒険者たちにもユニークモンスターだと認知されちゃったことかな。
「デメリットがでかすぎるだろ……! 命がけの鬼ごっこは、前世でやった『魔王領名物、アンデッド軍団と大運動会 ~逃走者の首がポロリしても《蘇生》させるので死んでも終わらない~』だけで十分なんだよ……!」
:奇祭ってレベルじゃねーぞ
:いまさらっと《蘇生》スキルがあると言ってないか!?
:使い捨て魔導書でもオークションで数百億の値が付くとか付かないとかいう
:待てよ 勝手に言ってるだけかもしれないぜ
:実在するとはまだ分かってないからな?
あれは恐ろしい祭りだった。
アンデッドの軍勢と撤退戦をおこない、たまにゾンビに食われてゾンビの仲間になったり、デュラハンに首を切られてデュラハンの仲間になる奇祭だった。
最後まで生き残れるようになったのは5年目からだったか?
それくらい過酷な祭りだった。
まれに四天王がうっかりゾンビに噛まれて敗退していくし。
「三回目に生き延びた時のご褒美が、フェンリルの子犬だったか」
あのころは可愛かった。
なにをするにしてもおれの後を追いかけて、おれの真似をしていたな。
それがすっかり反抗期になっちまって。
「フェンリルー……帰ってこーい……ドラゴンステーキがお前を待ってるぞー……」
:完全に扱いがペット
:エリアボスは実家の犬じゃねーんだぞ
ひとりで齧る魚の燻製はほろ苦い。
これが孤独の味ってヤツか。
違うわ、これ内臓の処理ができていなくて苦いだけだ。
がさごそ、と叢が揺れた。
うちのワガママ狼の帰還だ。
:フェンリルまってた
:ワンちゃんたすかる
:推しの配信者が炎上したせいで、ペットとの触れ合い動画しか見れない体になってしまってな
「ごすずーん」
ひょこ、と銀髪の少女が顔を出す。
髪の間には葉っぱや枝がくっついている。
うちのワガママ狼は、たまに人間の姿になる。
理由は知らないが、この方が過ごしやすい時もあるらしい。
:あの えっ?
:ワンちゃん、どこいった?
:銀髪赤目の美少女たすかる
:もしかしてですけどぉ これがフェンリル ですかねえ?
「こら、人の姿をしている時に駆け回るなって言ったろ」
「ごすずん、知ってるか? 急いでるときは走った方が速い」
「口答えなんか覚えやがって」
「ふぇんりるの勝ちだな~?」
「はいはい、お前の勝ちだからこっちに来い。毛づくろいしてやるよ」
膝の上にフェンリルが飛び乗ってくる。
ちっこい体を、ぽふ、と受け止める。
「うーむ。やはり膝はごすずんの膝が一番だ」
「他の膝を知らない癖に」
:は? 匂わせか?
:キレるなよ、おれたちが後から来てるんだぜ
:勇者が手作りした燻製を食べていいのはオレだけだ
:ワンちゃんじゃなくて勇者狙いの方でしたか……
髪の毛が痛まないように、慎重に葉っぱや枝をとる。
ちょっと赤くなってる房があった。
「もしかして返り血か?」
「うむ。魚を食ってきた。美味だった」
こいつはたまに狩りをして拾い食いをしてくる。
おれが食べさせてやっているのにそんなことをするのは、自分が一人前だというアピールらしい。
そんなことをパン屋のケンタウロスさんが言ってた気がする。
「おれの料理よりうまいか?」
「どうかな~? 最近食べてないから、ふぇんりる分かんないな~?」
:動悸がしてきた
:陰キャにラブコメの波動はきつい
:勇者君、お兄ちゃん属性もあるんだ? ウチでご飯作ってかない?
:さっきからママさんが湧いてねえか?
「はい、ドラゴンステーキ。一切れだけ、燻製にしないで炙っておいたぞ」
「やったー!」
《フロストドラゴン》の霜降り肉。
前は貧乏してたから食べたことないが、神戸牛の霜降りってこんな感じなんかな。
「こっちは付け合わせのキノコ」
「キノコは……いらぬ……」
:味覚が子ども
:キノコおいしいだろ!
「おれは好きなのにな……」
ドラゴンの脂身を使ってフライパンで網焼きにしたキノコ(シイタケっぽい)を食べる。
肉厚の身に脂が染みていて、おいしい。
ドラゴンステーキは一切れが分厚い。
というか飛竜種が基本的にバカでかいから、切り身も大きくなる。
フェンリルも一口では嚙み切れなくて、食らい付いたまま咀嚼している。
「うまいか?」
「ひゃっこい」
「脂身がおおいのか? 霜降り肉とか食べたことないから分からないんだよなー」
というか霜降り肉はステーキにしてよかったんだろうか?
アメリカ人がBBQで作るようなサイズに切り分けてしまった。
燻製にしてるのは一口サイズだけど。
「うーん、美味なり」
「食べながら喋るんじゃない」
ようやく一口噛み切ったフェンリルがもぐもぐと嚙みしめる。
口の端から脂がこぼれるくらい、ドラゴンステーキはジューシーみたいだ。
こぼれた脂をハンカチでふいている間にも、フェンリルは次の一口にとりかかり、ステーキに食らいつく。
:お兄ちゃんだ……
:妹ちゃんのしつけをするお兄ちゃんがおる……
「おれもそろそろ食うか~?」
自分用にスライスしたドラゴンの薄切りステーキを、焚火にかけた串から拾う。
表面がよく焼けて、肉汁がしたたっている。
「ごすずん、なんか光る板がうるさいぞ」
「スマホ? なんの通知かなぁ」
:取材依頼とか?
:ユニークモンスターがなんでスマホを持ってるか気になりすぎてワンちゃんしか目に入らねえ
:ステーキも見ろ
:スマホカバーがクマちゃんで笑っちゃった
「えーと……『コラボのご依頼』……?」
要約すると、こうだ。
『花形サキです! コラボさせてください』
コラボしたいらしい。
「ごすずん、その女、だれだ」
「さぁ……? 聞き覚えはあるんだけどな」
:先日アンタが助けた冒険者だよ!
:名前も聞いてないのかよ!
:もしかして冒険者のネームプレートが見えてないのか?
花形サキ、今おれが食べてるドラゴンに追いかけ回されてた女の子。
言われるまですっかり存在を忘れてた。
「いつも……助けた後に逃げられるから……」
:ユニークモンスターだからね……
:モンスター VS ユニークモンスター
:勝った方が冒険者の敵になるやつじゃん
:人助けしても指名手配って悲しすぎる……
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