第七章 台湾ラーメン塩

第32話 ここにいる!

 興奮冷めやらぬ初朝ラーのあと、ピオッターに上げたてんやわん屋の感想ピオが夜までに五十イイねを超えた。嬉しい。

 私にはそれほどたくさんのフォロワーさんがいないのに。

 フォロワーさんたちのピオに至っては軒並み百イイねを超えていた。みんな、凄い。

 そのおかげか、新たに私をフォローしてくれる人が何人もいた。フォロワーのみんなが私のピオをリピートしてくれたから。

 その中に、ちょっと気になるアカウントがあった。

 垢名――スプリングさんという人。

 見た瞬間、心臓がギュッて鷲掴みにされた気がした。まさか、って。

 フォロー通知の中にスプリングさんを見つけてすぐ、泉くんを連想してしまった。

 スプリングは春だけじゃなくて泉という意味もあるから。

 プロフィールを確認しようと、スプリングさんのアイコンをクリックする手が震えた。

 プロフィールの画面に切り替わり一枚目の画像を見たとき、私の心臓は大きく跳ねて破裂するかと思った。

 それはてんやわん屋の朝ラーの画像だった。それも先日の。

 これは絶対に泉くんに違いない!

 と、思ってじっくりピオを遡ってみた。けれども、ピンとこないと言うか、しっくりこないと言うか。どうも文章が男性のそれではないような気がする。

 別に焦る必要はない。フォローバックしてしばらくは注意を払ってピオを見ておこう。確証が持てたら本人に問い詰めればいい。

 スプリングさんがたとえ泉くんでもそうではなくても、てんやわん屋の画像がこんなにいっぱい。しかも、全部違うメニュー。

 それは朝ラーでご一緒したフォロワーさんのピオでも同じだった。

 みんな、足繁くてんやわん屋に通っている。

 それもこれも、てんやわん屋がみんなに注目されているお店だからに違いない。

 それと、ピオッターを見ていてさらに驚いたのは、『ここにいる!』といういつものコメントと共に上がっていたてんやわん屋の看板の画像だった。その決まり文句を使うのは……

 まさかあの営業中師範も朝ラーに来ていたなんて。

 どんな人なんだろう? もしかしたら、あの日すれ違っていたかも。そんなことを思うだけで、何だか胸がそわそわした。でも、あの時間帯に師範がいたとしたらおばけ会長達と挨拶をしていてもおかしくはないし。

 てんやわん屋に来たのがみんなよりも遅かった可能性が強い、のかな? 会ってみたかったな。

 師範からしたら私なんてたくさんのフォロワーのひとりだけれども、私にはいつも親切に色々と教えてくれる初めてのフォロワーさんだから。ぶっきらぼうな泉くんとは雲泥の差だ。見習ってほしい。

 結局泉くんのことは、あの日てんやわん屋にいたフォロワーさん達に何も聞けなかった。

 会長やサブさん、他のみんなも、とてもよくしてくれるフォロワーさんだけれども友だちというわけではない。まだ知り合ってから浅いし、初めて会ったのなんてついこの間だ。

 いきなりDMを送りつけるような馴れ馴れしいことなんてできないし、かといって世界中の誰もが見られるピオで個人的質問をするのもどうかと思う。

 と言うか、泉くんのことを会長達に聞くのはお門違いだ。聞くなら泉くん本人に聞くべきだ。そうだ。うん、そうしよう。

 なんて思ったまま結局三週間がすぎていた。三週間もすぎていた。

 社内で泉くんとすれ違うこともなく、前のように朝に見かけることもなく、もちろん行った先のラーメン屋でバッタリすることもなく。

 偶然に期待せず会社で泉くんに会おうと思ったら、工場まで行かないといけない。

 工場は一階まで降りて生産管理部の前の通路を横切った先にある。

 そこに私から行ったとして、何をどう切り出せばいいのかわからない。人の目もあるし。社内で変な噂が立つのだけは、避けたい。

 かと言って、誰にも見られずに泉くんに会いに行くには変装の名人にでもならない限り無理だ。

 さて、どうしたものか。

 ――と、今日も会社帰りにてんやわん屋でラーメンに舌鼓を打ちながら、泉くんに会った時にどう切り出すかを考える。お祭りから一週間をすぎた辺りから。

 初めての朝ラー以来、ついつい寄ってしまうてんやわん屋。通勤はスクーターじゃないけれども、春日井駅から歩いて十分かからないから、電車通勤の私にはぶらり途中下車のラーメンができてしまう。

 三週間で七回目。その内四回は朝ラーの限定ラーメン。二週間限定のラーメンはあまりの美味しさに二回も食べてしまった。

 今日は七回目にしてやっとありつけたレギュラーメニュー。

 とんでもないラーメン屋を知ってしまったものだ。これだけの頻度で同じラーメン屋に行っているのに、レギュラーメニューを食べたのが一回だけだなんて。

 だって、券売機に限定メニューがあったらそのボタンを押してしまうのはラーメン好きなら仕方がない。仕方がないんだ、ラーメン屋あるあるだから。

 夜の早い時間はそれほど忙しくないと大将が言う薄暗い店内は、間接照明のおかげで雰囲気がよく、ラーメン屋と言うよりもオシャレなバーみたいな感じだった。

 店の奥にある壁掛けテレビで流れるのは外国のジャズ。今日はJ-POPではない。

 お客さんは私を含めて四人。カウンターの端っこに私と、みっつ席が離れて男の人、テーブル席にふたり。混み出す前の落ち着いた店内は、夜デートでも楽しめそうなムーディな空間だ。デートする相手なんて長いこといないんだけれども。いいんだよ、私はラーメンを食べに来たんだから。

 今日は台湾ラーメン塩。

 台湾ラーメン醤油もあったのだけれども、最近醤油ラーメンを食べる機会が多いから今日は塩を選んでみた。これがまた大正解。

 あっさりした塩スープに山盛りの台湾ミンチから辛みが溶け出して、これがまたピリリと食欲をそそる。トッピングされたもやしとニラは台湾ラーメンのド定番、ミンチとは違うしゃきしゃきとした歯ごたえがアクセント。つるしこの細麺はいい具合にスープを持ち上げてこれまた最高に美味しい。

 極めつけは、餡に名古屋コーチンを使用した雲呑二個を追加でトッピング。至福の一杯。なごり惜しくも、あっという間に麺を完食。

 最後に残ったスープをどんぶりで飲み干し一息ついてふと目線を上げると、大将が顔のシワを歪めて満足そうに笑っていた。

「美味しいかったかい?」

「はいっ! ビックリするくらい美味しかったですっ!」

 まだ初めてこのお店に来たのが二週間前なのに顔を覚えられてしまった。流石にこんな短期間で五回も食べに来れば当たり前だ。おまけに、ピオッターの私のアカウントは、バッタリしたフォロワーさんが私のことをフラワーちゃんと呼ぶからもう大将にバレている。バレついでに、大将が管理しているてんやわん屋公式アカウントからフォローバックしてもらった。嬉しい。

「いい顔でラーメンを食べられるようになってよかったな」

「……なんの、ことですか?」

 まさか……大将が私の過去を、知っている?

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