第2話 動揺する姫と何も知らない宰相

「早速だが、フィリオーネ姫。同じく国の頂点に立つ人間としての提案をしたい」

「……というと?」

「弟、ライリーンの君ではなく、私と結婚するのはどうだ?」

「…………は?」


 フィリオーネはエアフォルクブルク帝国の第一皇子からの申し入れに、王女とは思えない反応を返した。目の前に座る男は堂々と真っ直ぐフィリオーネを見つめてきており、冗談を言っているようには見えない。


「つまり、私との結婚は形だけ。私はエアフォルクブルク帝国で、フィリオーネ姫はこの国で愛する人と過ごせば良い。私はあなたとの間に子は望まないから……そうだな、あの宰相の子を成せばいいだろう」

「ちょ……ちょっと、どうしてそんな話を?」


 突然すぎる上、ライアスが引き合いに出されたことに動揺したフィリオーネは、王女らしからぬうろたえ方をしてしまった。目の前の第一皇子は、フィリオーネのそんな様子に小さく目元をゆるめた。


「我が国まで噂が届いたとかそういう話ではない。昨日のフィリオーネ姫とアルバストゥル宰相の様子を見て思うところがあったのと、メイドたちの噂話から思いついただけだ」


 そうして、彼は見聞きしたことを語った。

 フィリオーネとライアスの視線の交わり方に普通の関係ではないと感じたこと。メイドたちの中で帝国との婚約話は宰相と姫の関係を勘づいた父王の策略だという噂話や、第二皇子との結婚前に最初で最後の恋を楽しんでいるのだという噂話。勉強嫌いだったはずの姫が賢姫と変わった原因はライアスとの燃え上がるような恋ではないか、などなど。

 つらつらと知らない世界の話をされたフィリオーネは、メイドの教育のやり直しを決意しながら反論の姿勢に入った。


「私とアルバストゥル宰相は、そんな関係ではないわ」

「だろうな。だが、互いには想い合っているだろう? だから、どうでもいい正体不明の男と結ばれるよりは、と思ったんだがな」


 あくまでも親切心なのだと言ってくる男は、美しい虹彩を煌めかせながら笑う。その笑みはなぜかライアスがフィリオーネを褒める時の表情に似ていた。


「確かに、私の弟はフィリオーネ姫を気に入っているが、我々は決してあなたの幸せを邪魔したいとは思っていない」


 メタリナの君は、いったい何を考えているのだろうか。フィリオーネは彼に負けじと口を開く。


「二人きりの空間ですし、いずれは王として相対する相手、そして義理の兄となるあなたへの敬意として正直に申し上げるわ。確かに、私はライアスに思慕の念を抱いている。でも、それとこれは別の話よ。

 私は次期女王となる為にエアフォルクブルク帝国の第二皇子を夫に迎えるし、彼は宰相として任期を全うして、去るの」


 ライアスを失うのは、想像したくないし、認めたくなかった。かと言って、別の人間と結婚してからライアスと関係を深めるつもりはない。フィリオーネは己を奮い立たせながら語ったつもりだった。しかし、相手は頷くだけで心に響いた様子はない。

 メタリナの君は帝国を背負う為に育っただけあり、かなりの曲者のようだ。


「国家の元首たる者、愛も国も両方手玉に取るくらいでいてほしいがな。まぁ、私はフィリオーネ姫ならば本当の夫婦になっても良いぞ。弟よりはよほど私の方ができた男だ。少し歳は離れるが、気にするほどの差ではあるまい」

「そんな………こと……」


 フィリオーネが言葉に詰まると、なぜか彼は立ち上がった。まだ話は終わっていないのに、とフィリオーネがその姿を目で追えば、メタリナの君が振り返る。

 その顔には小さな笑み。


「まぁ、当事者が揃っていない状態で話を続けるのも問題だからな。ちゃんと呼んである。……そろそろ頃合いか?」


 当事者、ですって?

 フィリオーネが反応する前に、扉が開かれる。やはり、その向こう側にいたのはライアスだった。


「早いな」

「お呼びになったなら、私は時間通りにまいりますよ。メタリナの君」

「さすがは優秀な男だ」


 含みを持ったメタリナの君の言葉に、珍しくライアスがむっとした表情を見せた。

「お前はグライベリード王国側の人間だから、フィリオーネ姫の隣に座るがいい」

「……かしこまりました」


 外交も得意なライアスがエアフォルクブルク帝国の次期皇帝に雑な対応をするのは何とも不思議な光景であったが、ライアスとライリーンの君の血縁関係を考えると、あながち不思議な話でもないのかもしれないと思い直す。

 ライリーンの君の兄である。血が繋がっていないとは言っても、いとこのような存在には違いない。


「……それで、どうして私をこの場に呼び出されたのですか?」


 フィリオーネの隣に、己のいら立ちを主張するかのように音を立てて座ったライアスに向け、メタリナの君がにっこりと笑んだ。

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