第49話 裁定のとき
「世には!この世にはたとえ、乱世であっても守るべき道理がある。」
アイザック・ファウブルは、なおも言った。
「さきにもお話したが、わたしが請求したのは、最小限の経費だ。
初動の遅かったワルド伯爵にかわりバルトフェルの住民を保護し、街を占拠したククルセウの軍を追い払った。
契約上は、駅をはじめ鉄道設備の保護義務は、ワルド伯爵にあるのも目をつぶり、自力で修理を始めている…」
小柄な「調停者」真実の目を持つランゴバルドのルールス姫は、小柄で、アイザック局長は老いてもなお、すわりと背が高かった。
ほとんど真上から覗き込むように、アイザックは言葉を続けた。
「あなたがいかなる裁定案を出そうが、いまのわたしたちの請求額を下回ることは、断固拒否します。」
「も、もし、」
ワルド伯爵は、強気なアイザックに気圧されたようだった。
「支払いができないならば」
「現状復帰です。バルトフェルは、ククルセウに返還いたします。その上で、鉄道公社は、あらためてククルセウと契約を結ぶでしょう。」
「け、ケチなククルセウがそんな金を出すものか!」
「その場合は、『城』への路線を廃止することになるでしょう。その賠償額が、お手元の請求額程度ですむか、よくお考えいただきたい。」
伯爵は、顔を赤くして黙り込んだ。
封建貴族、それも古いタイプの貴族である彼は、鉄道公社などというわけのわからない連中に、意見をされるだけで、はらわたが煮えくり返っていた。だが、反面、鉄道公社が「賠償額」という言葉を口にした以上、おなじ派閥の貴族たちも、蜘蛛の子を散らすように、逃げ去るだろう。
「問題は支払いの額ではなく、その方法でしょう?」
ルールスは、アイザックを睨み返した。
「戦力を集めるのにも!昔ながらの陣触れをだしてひとを集めているワルド伯爵領に、そのような多額の現金が存在すると思いますか?」
「それならば、こちらも譲歩は、出来る。」
アイザックは、しぶしぶ、と言ったほふうに答えた。
「例えば、バルトフェルの管理を公社に移管させ、その税収をもって返済にあてることは、可能です。調停者。」
「ば、バルトフェルは、わたしの街だ! 渡さんぞ!」
伯爵が叫んだ。
「お気持ちはわかります。」
ルールスが浮かべた優しげな笑みは、前にルウエンも使ってものかもしれなかった。
「では、返済が終わるまでの一時的な管理を任せるというのはいかがでしょう?」
「い、一時的?」
「そうです。」
ルールスは、真摯な顔で、伯を見つめた。
「期間としては十年はいかがでしょう。期間を決めて、バルトフェルの税収権を鉄道公社に管理させるのです。」
「貸す? 貸し出すだけなら。」
「いや、それは困ります、ルールス姫。」
アクザックは難しい顔をした。
「現在、バルトフェルは、中心部をククルセウに焼かれ、大量の難民を出し、その再建には多くの費用がかかります。」
「もし、十年で金額が回収出来なければ、借款期間を延長すればいいだろう。」
ルールスはあっさりと答えた。
「これについては鉄道公社に一任するしかあるまい。どのような投資が必要になるが、いまの段階では算出できないのだから。」
「“調停者”殿はあまりにも、ワルド伯に有利な最低を行う。」
アイザックは、噛み付くように言った。
「ではその間の、鉄道設備保全の義務。これは伯爵に任せて良いのですな。」
「い、いやそれは」
税収もはいらぬ街の防衛義務など、とんでもない話しだった。
「それはあまりに…」
アイザックは、激怒したように、ルールスに詰め寄った。
「あまりに、一方的にワルド伯に有利な話ではありませんか。」
「その分の経費も、返済額に上乗せするしかあるまい。」
「ただえさえ、赤字経営となることが決まっているバルトフェルの防衛義務まで公社が背負い込むのですか!?」
「しかたあるまい。それは借款期間の延長で対応するべきだろう。」
アイザックは、黙り込んだがその視線は鋭く、ルールスを睨みつけていた。
「いかがであろうか、伯爵閣下。」
優雅な王族の笑みと物腰で、ルールスはワルド伯爵に微笑んだ。
「借款の期間は長くはなりますが、伯爵は一兵も失わず、バルトフェルを奪還され、しかも一ダルも経費を支払うことなく、何年か後には
再建なったバルトフェルが戻ってくるのです。」
思わず。
ワルド伯爵は、ルールスに感謝の言葉を述べた。
流石は七賢人と称される「調停者」である。
アイザック・ファウブルは、苦虫を噛み潰したような顔をしているが、ざまあみろだ。
いやいや、腹黒い鉄道公社のことだまた何か企んでいるやもしれぬ。
先回りするように、ルールスが言った。
「“調停者”を間にたてての約束はどんな公文書、あるいは契約魔法をつかった約定よりも強力で優先される。」
「分かった。この約定を認めよう。」
アイザックはしぶしぶと言った。
その姿が急速に薄れ、もとの竜珠のなかに吸収される。
ルールスは、それを無表情に見守ると、アデルに話しかけた。
「いきなり、派手なことに巻き込まれてるわね? 」
「まあ、あんまり、堅実とは言えないな。でもルウエンと一緒だと楽しいぞ?
ついこの前は、フィオリナのところの百驍将の“貴族殺し”と一戦交えさせてもらった。」
その名を聞いて、ワルド伯爵とその家臣たちはいっせいに震え上がった。
衛兵を何十人か叩きのめしたこの女戦士に、仕返しを考えていたものも複数いたであろうがそんな心根は、根本から吹き飛んでいた。
「“災厄の女神”と? でもあんたそれ、母親のとことやりあって大丈夫なの?」
広間は完全にパニックになった。
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