第46話 斧神のお作法

城下街への正門は大きく、開け放たれて、見るからに駆け出し冒険者の、ルウエンとアデルは、名前と出身を名乗ってだけで、あっさり通れた。

露骨な手抜き、という訳では無い。

門番は、一人前というには、若すぎるルウエンたちを見て、ギルドの場所まで教えてくれたのだ。


とにかく、城下町は次々と到着する騎士たちや、遠征に必要な物資の運び込みで、ごった返していたのだ。


アルデは、むっつりとその様子を眺めていた。

ルウエンは、彼女の機嫌をとるように言った。


「これくらいは、普通だよ。」

ルウエンは、城に向かって、アルデを促しながら続けた。

「この程度の街だと、常駐の兵士は、千人に満たない。実際に遠征に出られる馬や鎧をもった騎士階級のほとんどは、それぞれの領地で暮らしているのが普通だから。出動の翌日に二千からの戦力を揃えられる鉄道公社が異常なんだよね。」


むろん、こんな話しでアデルの機嫌がよくなるはずもなく、彼女は、言葉だか唸り声だかを発したのみ。

だが、ルウエンには素直に従って、、物見のための尖塔をいくつも備えた、ワルド城へと歩を進めた。


城門は、街への入口より、更に混みあっていた。

物語のなかに登場する騎士と、現実の騎士はなかり異なり、まずその鎧は、介添えするものが無ければ、脱ぎ着することもできない。

さらに、補助の武器や盾の交換のために随伴員は、最低2名は必要で、さらに騎士階級にとっては、戦は手柄をたてるためのチャンスである。


自分の到着をまず、主君であるワルド伯爵に報告せねばならず、ついでに自分の息子やら甥やらを紹介したがるものも多数いた。

ワルド伯爵としても、そのようなもの達の指揮を高める意味でも扱いを粗略にすることは、許されず、駆けつけた騎士たちは、もてなしのため、中の大広間に案内されていた。

そこでは、食事や酒が振る舞われ、騎士やその従者たちは大いに気勢をあげ、飲みすぎて反吐を吐いたりしていた。


そんなところに、尋ねてきた若い二人の冒険者は、当然、けんもほろろな扱いをうけた。


「ぼくたちは、鉄道公社の保安局長アイザック・ファウブル閣下からのお手紙を預かっております。」

「伯爵閣下は、出陣を控えてお忙しいのだ。」


門番は、害虫でも追い払うような手つきで、あっちへ行けという仕草をしてみせた。

それでいて、視線はアルデの身体を舐めまわすように眺めている。


たしかにアルデがいままとっている鎧は簡素なもので露出は多かったが、少なくとも、そんな目付きで見られるのは、女性にとっては、愉快なものであろうはずもない。


「ことは、まさにバルトフェルの件でございます。」

ルウエンは、恐れ入りました、という表情で、深く頭を下げている。

アデルの腰のベルトを、手でつかんでいる。

「ご出陣の件はまさにそのことでございましょう。一日も早く、手紙をお届けするべく、もっとも足速の冒険者であるぼくたちが局長から直々に指名をうけて、こちらにお伺いした次第です。」


「わかった。書状はこちらで預かろう。」

門番は、折れた。

鉄道公社の局長の名前は、無視してよいものではない。


「書面は直接、お渡しし、目前にて開封。お答えを頂戴するよう、局長閣下からご命令をうけております。」

口調は丁寧だが、言っていることはかなり無理がある。

そもそも平民が、高位の貴族と直接的話をしようと言うのが、かなり無礼なものなのだ。

門番の買おに怒りがうかんだ。


腕が伸びて、少年を突き飛ばした。


ルウエンはよろけて、尻もちをついた。

「さあ、書状を寄越して、とっとと、立ち去れ。」


大きな手が、ルウエンの胸ぐらをつかんで引き寄せた。


ルウエンは、アデルに目配せした。


“いいよ、アデル。”





広間は、ワルド伯爵の登場で大いに盛り上がっていた。

ワルドは、ルウエンの評価を待つまでもなく、無能な人間ではなかった。

ただ、古いタイプの封建領主であり、今回のバルトフェルの陥落の報告をうけ、いやそのまえに、砦が落とされた時点から、軍の召集を開始し、現在もそれを続けている。


彼は無能ではなかった。

参集に応じた騎士たちを歓待するために、蔵をあけて、酒樽を運び出し、行軍のための食糧よりも、宴会の為の食事を優先した。

ここで、ケチることが、騎士たちの戦意をいかにそぐことになるのか。

ワルト伯爵は、よく心得ていた。


そしてまた、彼は各方面に援軍や助力を要望する手紙をこの数日で数十通もしたためていた。

これは、現実にどのような効果があるのかは問題では無い。

彼の現状と、これからの行動を正当なものとし、武勲を轟かせ、派閥内での序列をあげるために必要な外交的な努力の大事なピースのひとつであった。


実際には、彼はもう少し、書斎にこもって、家令や祐筆と相談しながら手紙を書きたかったのだが、騎士たちの宴会会場に顔を出すこともまた、大事な役目であることを自覚していた。

なので、教皇庁宛の手紙に封をしたところで、作業を中断し、会場に顔を出したのだ。


「ワレス閣下!」

すでに、酔っ払った騎士の1人がグラスを掲げた。

みなが、伯爵に気づき、歓声をあげ、グラスを掲げる。なかには、食いかけの骨付き肉を掲げるものもいたが、まあ、無礼講というやつだ。


「バルトフェル防衛のために集まった勇者たちよ。お主らの勇気と忠誠に感謝する。」


伯爵がそう挨拶すると歓声は、一段と大きくなった。


伯爵は。

繰り返しになるが無能では無い。

魔道をよく使う特務戦力も配下にもち、すでに、バルトフェルには、鉄道公社の派遣軍と、『城』の義勇軍が到着し、ククルセウの軍は撤退したことはわかっていた。


つまり、彼は政治的なアピールのためだけに軍を動かそうとしていた。


繰り返す。

ワルトは、この時代の特にギウリークの貴族としてはけっして無能ではなかった。

だが、かれが集めつつある軍団、そしてかれがしようとしていることには、特に意味はなかった。


ルウエンならば、にこにこと笑いながら「そちらの方向に努力していることを見せつけられれば結果なんかどうでもいいという上司の典型」とでも言っただろうか。


彼が気分よく、演説をはじめようとしたそのとき。


大広間の扉が開かれた。


開いたのは、人間の手によるものではなかった。

なにか凄まじい剛力に寄って、投げ飛ばされた衛兵の身体によって、ぶち破られたのだ。

何人もの騎士、それにテーブルとご馳走を巻き込んで、衛兵の体はやっと止まった。

もちろん、目を回している。


「な、なにごとだ!」


伯爵は叫んだ。

その前に影のように、人影が立ち上がる。伯直属の特務占領『朧影』のメンバーだった。

人数は少なく、主に諜報と、主の護衛がその任務だったが、戦闘力は単騎で完全武装の騎士数人分に値する。


盾をピン曲げられ、兜を割られた衛兵が転がり込んできた。


「て、てきしゅう・・・」


酔ってはいてもそこは騎士たちだった。

金属製の重い鎧兜は、身につけてはいないものの、いっせいに得物二手をかける。


「なにものだ! 敵は何人・・・」

「ひ、ひとりです。」


もうひとりの衛兵が、槍を杖代わりによろめきながら入ってきた。


「女冒険者です。燃えるような朱色の髪の女冒険者です。まったく武器は使っていませんが、門に詰めていた衛兵は蹴散らされました。まったく歯がたちません。」


「おのれ! ここを英雄ワルド伯爵城と知っての狼藉か!」


「鍛えたかが足りん!」

宴会場に集まってた騎士たちのざわめきをかきけす大音声とともに、入ってい女冒険者は。


武器にはでもかけず、左右の手に失神した衛兵を引きずっていた。


まだ、若い。いやわかいどころか成人してはいないだろう。

たしかに筋肉の盛り上がりは、すごいが、とんでもない大女というわけでもなかった。


顔立ちは、笑ったくちびるからのぞく犬歯が、肉食獣の牙にみえたが、けっこうな美人でもあった。


「おまえのとこの兵隊は全然ダメだ。」


少女は、引きずっていた兵士を後方に投げ飛ばした。追ってき衛兵が巻き込まれて、転倒する。


「まず、単純に戦力不足だ。つぎに、わたしたちは狼藉者ではない。

それに、一人ではない。二人組だ。

そして、来訪の目的は、ワルド伯爵あてに、鉄道保安部

アイザックからの書簡を預かっている。」


「アイザック・ファウブルだと!」


おこったざわめきは好意的なものてめはない。


鉄道公社というここ数十年で、存在をました新興勢力については、否定的な封建領主が多いのだ。

だが、その力を甘く見るものはもう居なかった。

実際に、ワルド伯爵がこうしてバルトフェルの奪還軍を組織しているのも、鉄道公社へのアピールもかねている。 バルトフェルはあくまでもワルド伯爵領であることを鉄道公社にアピールするための。


「その手紙は」

「それは、ぼくが預かっています。」


少女の影から顔を出した少年は、駆け出しの魔法士のようか出で立ちだった。

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