第42話 誰も知らない決着

刻は少し遡る。


貴族の王とも神とも言うべき、真祖ロウ=リンドには、身長ほどもある大太刀を振るうマシュケートと、切り結んでいた。

ロウの獲物は肘から生えた歪曲した紅い剣である。魔法の産物であることはまちがいなく、それを維持するだけでも大変な魔力を使用するはずだが、ロウは気に求めていなかった。

そして。

剣技ではマシュケートが、上回るのか、いくども、人間ならば動けなくなるほどの傷をロウに負わせている。だが、真祖はそれもまた気に留めていなかった。

“勝負を長引かせろ。”

そう言ったルウエンの指示を、守っているのだ。

かわしたはずのマシュケートの剣筋が死角から飛んできた。

腕が肘から飛んだ。

ロウ=リンドは、自己愛の塊のような性格だったが、顔やおっぱいなど、相手の好みが大きく別れる部分よりも、しなやかな、腕を誇りに思っていた。

飛ばされた右腕を、左手でキャッチする。

そのまま、傷口に押し当てると、腕は癒着した。

だが愉快なはずは無い。

大きく太刀を振り上げたマシュケートから、距離をとるために、後方に飛んだ。

剣は、ロウの鼻先から顎までを深深と切り裂いた。

愉快ではない。

いくら治癒が早いといっても痛みはある。

不愉快だ。

だが、ロウは、ルウエンの指示を守り続けた。

それが何故か分からずに。



アデルは、顔をしかめている。

目の前はまるで、個体にように濁ったカバロの吐息が蠢いている。

かわし損ねて、触れてしまった左手は焼けただれて、動かそうとすると、激痛が走った。


「全てを腐食するカバロ婆の吐息はどうじゃ?」


煙幕の向こうで、老婆は笑った。


「三日三晩ヤツガ草のみを食べ続け、腐った葡萄酒を樽いっばいあけると、この息が出せる。早めに降参すればきれいなママで死ねるぞ、小娘。」


アデルは、斧剣を力いっぱい地面に突き刺した。

衝撃音が走り、剣圧は、そのまま斬撃となって、カバロの吐息の雲を割いた。

だが、それはほんの一瞬、雲の進行を遅らせただけだった。

別れた雲は、再び混ざり合い、いっそうおぞましい色に姿をかえた。


その僅かな時間に。

アデルは、取り出したいくつかの丸薬と粉薬を口に放り込むと、頬の肉を食いちぎって、出血した血でそれを混ぜ合わせた。


ブフウッ!


守るも攻めるも、かなり、汚い。

呼気と唾の集合体は、迫り来る雲にふれた途端に劇的に変化した。触れたとこらから、雲は消滅していく。


「くそっ! なぜ腐食の吐息に対抗出来るのじゃ!」

婆さんは地団駄を踏んだ。


「だから、どんな攻撃かいちいち教えてくれたら、いくらでも対処できるんだって。」


ただれた左手に、治癒の光を明滅させながら、アデルは言った。


「お、おのれ! ならば! ならば剣で勝負じゃあ!

我が剣は、邪剣。その昔、ミトラ真流から別れた、その名もミトラ暗流天破。

思いもよらぬ角度から、放たれる必殺の一撃、かわせるものなら、かわしてみるがよい!」


「だから、なんで説明したがる!」


カバロの魔法の強化、制御のためのものと思われた魔法杖は、なかに刃が仕込んであった。

それに気づかすに、接近戦に持ち込まれて、不意の一撃をくらったらならば、それはずいぶんと危険なものとなっただろう。

だが、予告された斬撃は、たしかに速く、鋭いものだったが、アデルは自分の斧剣の重みを利用してそれをはじき飛ばした。



「なかなか、ユニークな配下をおもちみたいですね。」


頭上の虚空に、結跏趺坐したブテルパに、ルウエンは、話しかけた。


彼のにぎる「光の剣」の切っ先には、ブテルパの「影の矢」で組み上がった「影の獣」が蠢いていた。

もともと、物理的なダメージを受けないはずの合成獣であったが、「光の剣」との相性は、無茶苦茶に悪かった。

もがきながら、獣は急速にその体積を縮めていく。

一呼吸する間にそれは、萎び、消滅した。


「“貴族”を超える魔力をもち、“貴族”を超える力をもち、さらに“貴族”を超える再生力をもつから“貴族殺し”。」


感慨深げに、ルウエンは、光の剣を眺め、そして手を一振してそれを消滅させた。


「魔力については、もういいですか?

では、次に“力”のほうを試しましょうよ。

まさか、腕相撲ってわけにもいきませんから、得物をもっての接近戦ってことで。」

「小僧が……」


ブテルバは、結跏趺坐をといて飛び降りた。

その体が。細身の体が内側から膨れ上がるように膨張していく。

盛り上がった胸筋は、顎をうめ、肩の筋肉と相まって頭が埋まったように見えた。


数倍にふくれあがった右腕腕が、剣を握っていた。柄まで金属でできた幅広の大剣だった。

左手と、もう一本、背中から生えてきた3本目の腕が、太い棒を握っていた。材質は、石に見えた。磨き抜かれていて、黒色に輝いでいていた。


「“光の剣”は使わない方がいいですね。魔力くらべとかわらなくなるから。」


ルウレンは両方の手を上げた。


「おいで、ニーサ・ガーダ。」

右手に出現した剣は、歯先まで黒く塗られた曲刀だった。

「出番だよ、ガンマ。」

左手は、半透明の剣身を持つ直刀だった。


ブテルパの剣は風を巻き、金棒が唸りを上げた。


少年の姿は。


少しよろめいたように、見えた。


ブテルパの右手は付け根から。

左手は、肩口から切り下げされて、力を失って垂れ下がった。


ブテルパは、両膝をついた。


この程度の傷は、修復できる。

できるはずだ。

だが、曲刀に切断された傷口は、強烈な毒に侵されたように、溶け崩れ続け、直刀に切り裂かれた傷は、チリチリと 細かい傷がさらに増えていく。


「剣技は、ぼくが上のようです。」


ルウエンからは、まるきり闘志というものをなんも感じられない。


ただ、静かに笑って、ブテルパを見下ろしていた。


「“再生力”を試しましょうか?」


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