第32話 おびき出されたもの

「わたしたち『城』は、完全中立をうたいながらも、実質的には『黒き御方』の派閥に属している。」

「リウんとこの舎弟なわけですね。」

「鉄道公社は完全中立を宣言しているが、どっちにもいい顔をしつつ、自分の勢力を伸ばしたいというのが、実情だ。今回の件はその典型だな。

もともとは、ギウリーク諸侯連盟に属していたバルトフェルだが、今回の侵攻で、運行に支障が出て、鉄道設備に被害があったのを理由に、鉄道公社は、バルトフェルへの派兵に乗り出している。

ククルセウ連合から、バルトフェルを奪還しても街をギウリークに返すことはない。そのまま、自分の直轄地として運営するだろう。

一方で、ククルセウ連合は、『災厄の女神』にがっちりと首根っこを掴まれている。」

「フィオリナんとこの下僕、というわけですか。」


言ってはいけない名前を、平気で口にするルウエンだが、そのことについては、諦めたように、アイシャは、続けた。


「実際のところ、ククルセウの指揮官は、進撃しすぎた、ど思っているだろう。ただ、奪った街をそのまま、放棄するのは納得がいかない。一戦しなければ、引くに引けないのだろう。」

「そんな馬鹿な!

食料がつきれば黙っていても、敵は、撤退すると分かってる街を、武力を使って奪還するんですか?」

「そうだよ。武力をもって、ククウセウ連合を打ち破った、という実績をもって、鉄道公社は、バルトフェルを支配する正当性を主張する。わたしたちは、それに一役かったという実績をもって、鉄道公社に恩を売るんだ。」


「聞けば聞くほど、バカバカしい。」

ルウエンの可愛らしいとさえいえる顔が、曇っていた。

「そんなことのために、冒険者たちは戦地に駆り出されたっていうのですか。」


「もちろん、公式には、バルトフェルの難民から懇願されたため、一部の冒険者が有志を募って押しかけた、ということになっている。」

アイシャは、タバコを取り出して火をつけた。

「これはまったくの嘘ではなく、おまえたちと一緒に『城』に着いた代官からは言質をとってある。」


アイシャは、胸いっぱいに吸い込んだ煙を、ルウエンに吹きかけた。

ルウエンは、ちょっとかおをしかめたが、別にむせたり、咳き込んだりはしなかった。


「だから、無駄な血は流すつもりはないんだ。

いっただろ、わたしの命令に従って入れば死なないって。こちらの損害を減らすためにわたしがいるんだ。」


「わかりました。」

「そうか、わかってくれたか。」

「だから、ロウが着いてきたんですね。『城』の冒険者に死者が出ないように。」


げほげほげほ。


いや、アイシャは呼吸などいらない体の作りだ。それが、わざわざタバコの、煙をすいこんで、おまけにむせている。


「おまえは、なにか?」

アイシャは、吐き出したタバコを踏みつけてから、ルウエンの胸ぐらを掴んだ。

「ロウさまのお心のうちが、正確にわかるのか?

ロウさま以外にも、『黒の御方』や『災厄の女神』も知り合いだとでもいうのか!?」


「こっちは、知り合いのつもりでも、むこうは、ぼくのことなんて、なんにも覚えちゃいませんよ。有名人の知り合いなんてそんなもんです。」

ルウエンは、ポイ捨てはだめですよ、と言いながら吸殻をひろって、アイシャに手渡した。

「さすがは、ロウです。でも見落としが無いわけじゃない。」


“貴族”の怪力が、ルウエンの胸元を締め上げた。


「な、ん、だ、と!?」


「ククルセウが、得るものなくバルトフェルを撤退してもなお、勝ったと主張できる条件がひとつあります。」

「なんだ、それは!」

「名だたる将の首を上げること。」


少年は、世にも恐ろしい笑いを浮かべた。


「ロウ=リンドの首とかぴったりじゃないですか。」


■■■■■


先にも述べたように、車両間の移動は禁止されている。

もちろん例外はある。

列車の乗務員だ。


鉄道保安部のナゼル保安官も、もちろんその一人だった。


「アイシャ隊長は、どこだ。おまえらの仲間と一緒に出て行った、と聞いている。」


仮面のロウ=リンドが応じた。

「まだ、戻ってないよ。あんまり、ひどく痛めつけられてないといいけど。あいつは、あんまり場の空気を読んでやらないんだ。」


ナゼルは、そのロウの胸ぐらを掴んで引き寄せた。

ロウは、女性にしては背が高かったが、ナゼルに比べると頭半分ひくく、骨格もキャシャだった。

噛み付くように顔を近づけてから、ナセルは囁いた。


「保安部からの緊急連絡です。これは罠、です。」


仮面の奥のロウの藍色のひとみが、ゆっくりと紅く染まる。


「ククルセウの占領軍のなかに、『災厄の女神』直属の『百驍将』のひとり“貴族殺し”ブデルパがいるそうです。狙いは閣下以外にありません。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る