第3話 招かれるもの

「ただの駅員さん?」

通路にも、人が座り込んでいる。倒れ込むようにして、眠っているものもいる。

行き先が不安なのだろうか。


すすり泣く声もけこえた。


手を持ったランプで、床を照らして、足場を確保しながら、彼らを、案内する駅員(乗務員?)は、そろそろ初老といってもいい少しくたびれた外見だった。


「俺のような立場は、保安官という。」

言葉は丁寧では無いが、ルウエンの質問にもきちんと答えてくれた。

「列車の運行の安全確保が、仕事だ。途中、難民を乗せたのは俺の判断だ。まさかバルトフィルまで、戦火が及んでいるとは思わなかったが。」

「ルーデウス伯爵ってどんな方です?」


足を止めて、保安員は、ランプを掲げた。

オレンジがかった灯りのなかで、少年は静かに微笑んでいる。

疲れた様子ではあったが、目に光がある。

きちんと自分の意志をもった人間の表情だった。


首筋の二痕の傷は、間違いなく“貴族”のくちづけをうけたものだった。


「閣下の“ご寵愛”をうけたおまえが、それを尋ねるのか?」

「ご寵愛!!」


一緒についてきたアデルが、吐き捨てるように言った。

ついてくるなと、いってもこの少女は言うことを聞かない。


「なにが、“ご寵愛”だ。×××風情が聞いて呆れる……」

「アデル。ぼくらは伯爵のご好意で、列車に乗せてもらってるんだよ。」


保安員が止める間もなく、ルウエンがアデルの悪態を止めさせた。

基本、この少女はルウエンの言うこと以外は、きかないようだった。


腕はいいのかもしれない。

それに伴う自身は過剰に膨れ上がっていて、それはいつか身を滅ぼす。


そう。早ければ今晩あたりに。


「アデル、とか言ったな。繰り返すが、おまえは呼ばれていない。今からでもいいから、引き返せ。」


ルウエンの笑みが嬉しそうなものに変わった。

彼にはわかったのだ。

保安員が、若い二人の身を案じてくれていることが。


「閣下のことをもっと知りたいのです。保安官さん。」

「ナセルだ。西部管理局保安部のナセル。」

「ナセルさん。閣下のことを教えてくれませんか。」

「いまさら? おまえと閣下は・・・・」

「ぼくは、もう閣下とは特別な関係ですから。」


ルウエンは、しゃあしゃあと言った。かわいらしい顔の美少年の彼がそんなことを言うと、猫がすねたようにも見えた。


「第三者のお話も聞きたいのです。閣下はどんな方ですか?」


ナセルは肩をそびやかした。


「お客様の個人情報については、我々には、守秘義務があるのでな。」

「それじゃ、ひとつだけ。」


ルウエンは、指を一本出した。


「伯爵閣下とナセルさんは、どちらが強いんですか。」


熟練の鉄道保安官のごつい顔が強張った。


「ばかな。相手は“貴族”だ。」



背中をみせて、ナセルは、歩を進める。

ルウエンは、アデルを振り返って、にやっと笑った。




通路に寝転んだ避難民を避けながら、特別車両にはいる。解除用のキーは、腰に下げた短剣の柄と解除呪文だった。

本当なら、ここにも人を配置するところだが、鉄道も人手が不足しているのと・・・。

客車の主が“貴族”であることを考慮しているのだろう。


“貴族”である以上、衝動的な暴力行為とは無縁のはずではあるが、それは建前であって絶対ではない。

そんなときに、自分で自分の身を守れない乗務員は、近づけるべきではない。


特別車両の床は、すべて分厚い絨毯が敷き詰められている。

灯りは、弱々しい光の魔法を使ったランプだ。


壁には、ところどころ美術品が飾られ、まるで、高級なホテルを思わせるつくりだったが、通路のそこここに、バルトフェルから乗り込んできた避難民がごろごろしているため、いまは高級感とは無縁である。中は、リビングや談話室、複数の寝室などに別れているが、いまはそこも避難民が使っていた。


奥まった一室は、本来は使用人用のもののようだった。

扉の装飾もあっさりしたものだったが、ここを客車の主が使いたがった理由は明白だ。

ここには、窓がなく、朝がきても陽光が差し込む恐れがない。


ナセルは、ドアをノックした。


少し間があって。

ガチャリ。

鍵の開く音がした。


「ここからは、おまえひとりだ。ルウエン。」

ナセルは少年に向かって言った。

「おまえが、冒険者学校に通っていたのなら、こうなることはわかっていたはずだ。バルトフェルの民を救うためにおまえがとった行動には敬意を払う。いくらそれが軽率で、愚かな行いだったとしても、だ。

いつの日か。

おまえが、理性のある存在にもどれたときは、酒でも酌み交わしたいものだな。」


ルウエンは、にっこりと笑って、ごそごそと懐から銀貨を取り出した。


「これで、なにかお酒と肴になるものをご用意ください。あ、ぼくもアデリアも未成年なんで、強いお酒はダメですよ。」


「あのなあ。」

話がどうにも噛み合わない。ナセルは、少年の顔を穴のあくほど見つめた。

「これから、何回かけて、主がおまえを吸い尽くすのかはわからない。だが、おまえは気に入られているようだから、いずれ閣下の眷属となるのだろう。そうなる可能性はとても高い。

だが、眷属になって、すぐのおまえは、単なる血に飢えた獣だ。言葉を取り戻すのに五年はかかる。人の血をすすりたいという衝動をおさえて、なんとか会話がかわせるようになるまでに、最低でも十年だ。

おまえと酒を酌み交わせるのは、そこからになる。

さらに“貴族”と呼ばれるようになるのは、その百年後・・・・

おい、まて!」


ナセルが慌てたのは、ルウエンがドアノブを回して、ドアを開け、アデルとともに中に入ろうとしていたからだ。


「閣下が呼ばれたのは、おまえひとりだ。その女・・・・アデルのほうは置いていけ。わかっていると思うが、その場で死ぬか・・・・おまえのように吸われるか。

いずれにしても犠牲者が増えるばかりだぞ。」



ルウエンは、振り返ってにっこり笑う。

言葉にはしないが、その笑みの意味は、ナセルにはなぜかよくわかった。


“気を使ってくれてありがとう。”


の意味だ。

いや、そうじゃなくて。


「伯爵閣下。」

ルウエンは、暗闇のひろがる闇の中に声をかけた。

「ルウエンです。遅くなりました。ぼくのパーティ仲間のアデルが一緒です。入ってよろしいですか?」


闇は、わずかに躊躇ったように沈黙した。やがて聞こえた声は、廃墟になった街をふきぬける風の音に似ていた。


“入れ。”


ナセルは、愕然として、ルウエンを見守った。血を吸われて従属化におかれた人間の要望を、“貴族”が聞き入れる。そんな馬鹿な。

いや、それ以上に、要望を伝えること自体がありえないことなのだが。

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